BS4K 2020.5.3放送 本の冒頭の1ページ
パリの郊外にある中世の趣を残す「シャンティ城」
その中に3万点もの美術品を貯蔵する「コンデ美術館」があります。壁一面に飾る方法は19世紀のまま、伝統を頑なに守るやり方です。
壁一面所狭しと飾られているのは、フランス近代の傑作やルネッサンスの名画の数々。
その古い城の奥深く、一般客の立ち入りが禁じられた部屋で「世界で1番美しい本」は大切に守られており、600年の間、人の眼に触れることがありませんでした。
美術の専門家さえ目にすることの許されない門外不出の本です。
今回、NHKの超高精細8Kカメラでの撮影が許されたということです。
本の名は「ベリー候のいとも豪華なる時祷書」。「時祷書」とは日々の日課をまとめた本のこと。この本は15世紀国王の弟、べリー候チャンが作らせました。
本の冒頭に描かれているのは1年12ヶ月の中世フランスの暮らし。季節ごとに繰り返される行事や仕事の全てが、現代のフランスにもスローライフとして引き継がれています。
そこには、ラテン語の細かな文字で祈りの言葉が書かれています。印刷技術の無い時代のため一文字、一文字が全て手書きで丁寧に書かれています。
紙は子牛の皮をなめして作った当時最高級の牛皮紙。
挿絵には金やラピスラズリ※ の顔料が惜しげも無く使われています。まさに贅の極みといえます。この本はベリー候の存命中には完成せず80年近くをかけ複数の画家により描ききりました。
※ ラピスラズリの青い色は世界で最も高価な顔料で金よりも貴重とされています。
「海を越えた」という意味の「ウルトラマリン」とも呼ばれて、芸術家に重宝されていました。
画家ミケランジェロの初期の作品「キリストの埋葬」は未完のままこの世に残っていますが、「キリストの埋葬」が未完なのは、絵を描く上で使うウルトラマリンの顔料をミケランジェロが手に入れられなかったからだと言われています。一方で、ラファエロはウルトラマリンの顔料を絵の仕上げに使い、フェルメールはふんだんにウルトラマリンの顔料を使ったが故に家族を借金の泥沼に陥れていました。
この時祷書の中でも最も貴重とされるのが冒頭からの12ページ。月ごとの生活を描いた細密画です。
そこで、この12ヶ月の細密画の中からいくつかを・・・
● 1月
宮殿で新年の宴が開かれています。召使い達は宴のために忙しく立ちまわっています。画面の右、青い色の服を着ているのがこの本を作らせたベリー候ジャン。後の金文字は「近う、近う」。気さくに声をかけています。
左上、顔が隠れている黒い服を着た人物とその隣、灰色の帽子をかぶっているのが、この絵を描いたランブール兄弟。
● 2月
暖炉に当たる農民達。奥には寒さをこらえて薪作りににいそしむ男達。
当時、農民の絵が描かれることはありませんでした。雪が描かれているのも西洋絵画では初期の頃だそうです。
● 4月
新緑の色が鮮やかな世界。城を背景に貴族の男女が婚約指輪を交わしています。
男性は青のガウンに金色の王冠の刺繍が描かれています。女性は長くて赤い珊瑚のアクセサリーをつけています。すみれ色のローブを春一番に咲くスミレに合わせています。侍女達もすみれを摘んでいます。
● 7月
男達は小麦の収穫。川の手前、女達は、羊の毛を刈っています。
● 9月
葡萄の収穫。待ちきれず中央の少年は葡萄を食べています。葡萄は城内で葡萄酒を作ります。
● 11月
豚はドングリを食べて、十分に太ってきました。男は、棒でどんぐりをたたき落としています。これらの豚は新年の大切な料理に使われます。どんぐりで育った豚は味が良いとのことです。
「時祷書」は、本の大半が福音書の引用や聖母マリアに献げる言葉からなっています。
祈祷の習慣が行われるようになるにつれ、暦、運勢、占いなど、手の込んだ時祷書が造られるようになりました。中世では人気があり、誰もが持つようになりました。なお、祈りは1日8回行われていたといいます。
ベリー候はこの時代、芸術への最も有力な支援者でした。写本や美術品にお金をかけ、多くの時祷書を持っていました。この本はその中で最高のものだということです。