この日は立秋。暦の上では秋に入ったが、秋の気配を感じるどころか朝から日差しがきつく汗が流れおちる。
立秋の翌日からは残暑となるわけだ。
『大和下市史』によれば、「下市町阿知賀(あちが」には、瀬の上・西中村・上村・野々熊・岡の五垣内に弘法大師が開いたという井戸がある。いずれもきれいな水が湧き出ている。岡以外の四垣内の大師井戸には、かたわらに弘法大師の石像を祭り、毎年四月二十一日のお大師の日にはお祭りをして、握り飯を子供たちに喜捨(きしゃ)する。瀬の上の井戸は、どういうわけか、水につかった石は赤く色がついている」とあった。
大和郡山市天井町の弘法井戸の井戸替えとともに、下市阿知賀(あちが)の瀬ノ上弘法大師井戸の井戸替えの様相をとらえた映像が奈良県立民俗博物館にビデオ映像で残されている。
大和郡山市天井町の弘法井戸は何度か取材してきたが、阿知賀は初めてである。
昨年は場所だけでも・・と思って探してみた。
阿知賀の弘法大師の井戸は瀬ノ上集落内の湧水場であった。
垣内住民の何人かが、早朝に集まって沈殿する石コロを取り出して洗っていたそうだ。
七品の生御膳を供えて念仏を唱えていたと井戸所有者の奥さんが話してくれた瀬ノ上の様相をあらためて拝見したく再訪した。
朝8時半から始めると話していたが、それより早く集まって作業をされていた。
瀬ノ上集落は45戸であるが、井戸周辺の16戸は毎月21日に弘法大師さんを祭っていると云う。
毎月交替する当番さんは段取りもあるし、生御膳も用意しなくてはならない。
7日は盆入りで清らかな湧水がこんこんと流れ出る井戸の排水栓を開けて溜まった水を流す。
作業初めに塩を撒いて清める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/7b/467266ea1c0bab708c14c7dda2e0afe4.jpg)
水を抜いた井戸の底にある石を拾い上げて金属タワシで洗う。
その数はとても多い。
底面にある石は拾い上げることなく、金属タワシで水洗いをする。
水路の蓋も上げてデッキブラシでゴシゴシと水洗いする。
この日に集まったのは男性が3人に女性が8人だ。
女性の指示に従って作業を進めていた男性たち。
気心の知れた集落の人たちであるゆえの和気あいあいの作業である。
一番上の女性は75歳。「いつもこうしていますんや」と云う。
男性も混じっているのは、「定年を迎えたからや」と云われるが、40歳代の男性も加わって作業をしていた。
男性の話しによれば、父親・母親とも亡くしたので、跡を継いで集落の行事は積極的に参加していると伝える。
水を抜いた井戸には鰻が住んでいると云う。
「ついさっき見かけたで」と云われるが、石の隙間に入り込んだようだ。
何やら紐みたいなものも出てきた。
何の紐であろうかと見ていたら、それは動いた。
全長30cmぐらいもあるハリガネムシである。
ハリガネムシは類線形動物で寄生虫。
宿主のハラビロカマキリ(カマドウマの場合もある)に寄生するムシであるが、人間に寄生することはない。
以前、自然観察会でハラビロカマキリを見つけたので、お尻を水に浸けたらニョロニョロで出てきた様子を観察したことがある。
ピンと張った状態から一転して、くねくねするハリガネムシの動き。
初めて見た人はたいがいが「キャー」と云ってその場を離れる。
見慣れていた婦人は手にしたハリガネムシをそっと水路に捨てられた。
「やまとの名水」に指定された弘法大師の湧水は山から湧き出る奇麗な水。
ありがたい湧水であると所有家の先代祖父が弘法大師さんを祀ったと云う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/47/2c4921ae41a1346d323610a57a8110c1.jpg)
やや朽ちかけていることから水を濡らした布で汚れをふき取る。
「こすったら壊れるさかい、丁寧にしてや」と声がかかる。
手早い水洗い作業は30分間で終えた。
例年の作業は実に手慣れている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/ec/7ab8a425ac208e617a767799bd56aab3.jpg)
祭壇の石板に花を飾って御膳を供える。
お供えの三方は2年ほど前に新調した。椀も朱塗りで美しい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/30/9ecb339967404ab3b9fcf027818e236c.jpg)
一つはシイタケ・コーヤドーフ・ヤマイモ・インゲンマメ・ニンジンを水引で括った立て御膳だ。
昨年に拝見した立て御膳はナス、アスパラガス、ニンジン、オクラ、シイタケにコーヤドーフだった。
特に決まりはないと話す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/94/446260da05350b58c5741cae877a3976.jpg)
洗い米や煮た小豆の椀もあれば梨1個の盛りもある。
画像では判り難いが、ミツバと麩を入れた汁椀もある。
かつてはハスの葉に供えていたというからお盆御供の在り方であったのだろう。
ハスの葉はなかったが、飾った花にはハスの蕾や実が見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/9d/f070eeec72e95fb41423886616c9e8e7.jpg)
ローソク・線香に火を灯して導師が前に就く。
ご真言、一巻の般若心経を唱えて「なーむだいしへんじょうこんごう」を5回繰り返して終わった。
9時前に終わった集落の人たちはひとまず解散する。
何人かが残って次の観音講の営み日程や御供をどうするか相談されていた。
おばあさんが云うには、「お大師さんの行事以外に17日に行われる十七夜講とか、光明寺で営む地蔵盆、カキ(柿)の観音さんもしてますんや」と話す。
機会があれば、是非とも再訪したいものである。
(H26. 8. 7 EOS40D撮影)
立秋の翌日からは残暑となるわけだ。
『大和下市史』によれば、「下市町阿知賀(あちが」には、瀬の上・西中村・上村・野々熊・岡の五垣内に弘法大師が開いたという井戸がある。いずれもきれいな水が湧き出ている。岡以外の四垣内の大師井戸には、かたわらに弘法大師の石像を祭り、毎年四月二十一日のお大師の日にはお祭りをして、握り飯を子供たちに喜捨(きしゃ)する。瀬の上の井戸は、どういうわけか、水につかった石は赤く色がついている」とあった。
大和郡山市天井町の弘法井戸の井戸替えとともに、下市阿知賀(あちが)の瀬ノ上弘法大師井戸の井戸替えの様相をとらえた映像が奈良県立民俗博物館にビデオ映像で残されている。
大和郡山市天井町の弘法井戸は何度か取材してきたが、阿知賀は初めてである。
昨年は場所だけでも・・と思って探してみた。
阿知賀の弘法大師の井戸は瀬ノ上集落内の湧水場であった。
垣内住民の何人かが、早朝に集まって沈殿する石コロを取り出して洗っていたそうだ。
七品の生御膳を供えて念仏を唱えていたと井戸所有者の奥さんが話してくれた瀬ノ上の様相をあらためて拝見したく再訪した。
朝8時半から始めると話していたが、それより早く集まって作業をされていた。
瀬ノ上集落は45戸であるが、井戸周辺の16戸は毎月21日に弘法大師さんを祭っていると云う。
毎月交替する当番さんは段取りもあるし、生御膳も用意しなくてはならない。
7日は盆入りで清らかな湧水がこんこんと流れ出る井戸の排水栓を開けて溜まった水を流す。
作業初めに塩を撒いて清める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/7b/467266ea1c0bab708c14c7dda2e0afe4.jpg)
水を抜いた井戸の底にある石を拾い上げて金属タワシで洗う。
その数はとても多い。
底面にある石は拾い上げることなく、金属タワシで水洗いをする。
水路の蓋も上げてデッキブラシでゴシゴシと水洗いする。
この日に集まったのは男性が3人に女性が8人だ。
女性の指示に従って作業を進めていた男性たち。
気心の知れた集落の人たちであるゆえの和気あいあいの作業である。
一番上の女性は75歳。「いつもこうしていますんや」と云う。
男性も混じっているのは、「定年を迎えたからや」と云われるが、40歳代の男性も加わって作業をしていた。
男性の話しによれば、父親・母親とも亡くしたので、跡を継いで集落の行事は積極的に参加していると伝える。
水を抜いた井戸には鰻が住んでいると云う。
「ついさっき見かけたで」と云われるが、石の隙間に入り込んだようだ。
何やら紐みたいなものも出てきた。
何の紐であろうかと見ていたら、それは動いた。
全長30cmぐらいもあるハリガネムシである。
ハリガネムシは類線形動物で寄生虫。
宿主のハラビロカマキリ(カマドウマの場合もある)に寄生するムシであるが、人間に寄生することはない。
以前、自然観察会でハラビロカマキリを見つけたので、お尻を水に浸けたらニョロニョロで出てきた様子を観察したことがある。
ピンと張った状態から一転して、くねくねするハリガネムシの動き。
初めて見た人はたいがいが「キャー」と云ってその場を離れる。
見慣れていた婦人は手にしたハリガネムシをそっと水路に捨てられた。
「やまとの名水」に指定された弘法大師の湧水は山から湧き出る奇麗な水。
ありがたい湧水であると所有家の先代祖父が弘法大師さんを祀ったと云う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/47/2c4921ae41a1346d323610a57a8110c1.jpg)
やや朽ちかけていることから水を濡らした布で汚れをふき取る。
「こすったら壊れるさかい、丁寧にしてや」と声がかかる。
手早い水洗い作業は30分間で終えた。
例年の作業は実に手慣れている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/ec/7ab8a425ac208e617a767799bd56aab3.jpg)
祭壇の石板に花を飾って御膳を供える。
お供えの三方は2年ほど前に新調した。椀も朱塗りで美しい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/30/9ecb339967404ab3b9fcf027818e236c.jpg)
一つはシイタケ・コーヤドーフ・ヤマイモ・インゲンマメ・ニンジンを水引で括った立て御膳だ。
昨年に拝見した立て御膳はナス、アスパラガス、ニンジン、オクラ、シイタケにコーヤドーフだった。
特に決まりはないと話す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/94/446260da05350b58c5741cae877a3976.jpg)
洗い米や煮た小豆の椀もあれば梨1個の盛りもある。
画像では判り難いが、ミツバと麩を入れた汁椀もある。
かつてはハスの葉に供えていたというからお盆御供の在り方であったのだろう。
ハスの葉はなかったが、飾った花にはハスの蕾や実が見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/9d/f070eeec72e95fb41423886616c9e8e7.jpg)
ローソク・線香に火を灯して導師が前に就く。
ご真言、一巻の般若心経を唱えて「なーむだいしへんじょうこんごう」を5回繰り返して終わった。
9時前に終わった集落の人たちはひとまず解散する。
何人かが残って次の観音講の営み日程や御供をどうするか相談されていた。
おばあさんが云うには、「お大師さんの行事以外に17日に行われる十七夜講とか、光明寺で営む地蔵盆、カキ(柿)の観音さんもしてますんや」と話す。
機会があれば、是非とも再訪したいものである。
(H26. 8. 7 EOS40D撮影)