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ミステリー ナンシー・テイラー・ローゼンバーグ「不当逮捕」

2005-09-14 13:51:09 | 読書
 夫と死別し子供二人を抱え夜勤のパトロールをする婦人警官レイチェル・シモンズ。彼女が直面する警察内部のまがまがしい現実。容疑者への巧妙な暴行や交通違反のでっち上げそれに婦人警官へのセクハラやレイプ、仲間への過剰な忠誠、裏切り者への残酷な復讐など、およそ正義の味方を標榜する警察とは思えない状態に愕然とする。

 そして自分の身にも降りかかってくる。日本の警察の現実もここまでいかないにしても、例えば、交通違反のもみ消しなどは日常行われているはずだ。私が若いとき、同僚の交通違反を知り合いの警官に頼んでもみ消した経験がある。このように人間社会には、白黒で割り切れないグレーの部分が存在する。

 こういう些細なことを題材に物語を構築するには、巨悪の存在がないとエンタテイメント性に欠けることになる。この本では、グラント・カミングスがその役割を担う。暴力的でかつ頭が切れて署で一番ハンサムな男とされ、30代前半、男女を問わず人をひきつける独特なカリスマ性を備え、冷静でもっとも有能な警官の一人とされている。

 この男から受ける数々の暴力や嫌がらせで、レイチェルが告発に踏み切ることになるが、皮肉なことにカミングスが何者かに銃撃される事件が起こる。レイチェルを目撃したという証言もあって、殺人未遂の容疑者にもされる。単なる警察小説にも思われるが、レイチェルの忌まわしい少女時代の過去や母親が売春していたという事実とともに苦悩の生い立ちや子供二人との生活が克明に語られる。

 レイチェルは悟る。「保釈されて以来自分の自由というものが、食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、行きたいところに行かれるという、これまで当たり前と考えていたいろいろなことが、新たな意味を持つようになった。それが今では、一瞬一瞬、一日一日、一つひとつの体験から得られるごく当たり前の喜びがそこいらじゅうにあると分かったのだ」自由が束縛されるということがどういうものか、体験して初めて分かる。

 この世にある病気も人間に対する諌めといえなくもない。風邪を引いたり怪我をしたりして苦しみや痛みを感じ健康のありがたさを噛みしめることが出来る。それにしても著者は非情だ。最後にレイチェルを銃弾の犠牲にしてしまう。プロットの確かさや人物造形、伏線の張り方も堅実だ。気の利いた比喩やユーモアが少し足りないかなとは思う。