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読書 ジョン・D・マクドナルド「ディベロッパー」

2008-03-31 09:57:55 | 読書

              
 いずこも同じ不動産業界の、人よりうまく立ち回り、金儲けを企む小ざかしい男の没落の物語。どうもこういう男は人望を得ることは難しく、転落は急な坂道を転がり落ちるようだ。
 実際のところ、不動産価格の上昇と下降の局面で、バブルとその崩壊が繰り返されてきた。今も去年夏から続くサブプライムローン問題に端を発した金融不安が世界の経済を混迷させている。
 ここミシシッピー州にも宅地開発に伴う人間の強欲が描かれる。タッカー・ルーミスは、誰もが避けたい土地を高級住宅地に変えて名を上げた。地元の有力者にも受け入れられているが、人間的にあまり評価されない男だった。
 そのルーミスの楽しみは、女を口説く以外に、根付を収集する趣味だった。
               
                    根付
この根付(ねつけ)の解説をウィキペディアから引用すると、江戸時代に煙草入れ、矢立(筆と墨壷を組み合わせた携帯用筆記用具一式)、印籠などを紐で帯から吊るし持ち歩くときに用いた留め具とある。
               
               根付を携帯している
実用性から出発したが装飾性に加え美術性が強くなり、海外で骨董的収集品として高く評価され好事家の関心を集めた。
 寝室の小型の金庫の奥深くに納められた長い年月を経た象牙には、時が作る小さなひびと深い艶があった。腰を下ろしている兎、柿を手にした猿、麒麟(きりん)、獅子、よく太った子犬、泳ぐ鯉、立ち姿の福禄寿、草を食む小馬、鼠などを美術館で展示するのを夢見ていた。しかし、それも虚しい夢に終わった。なんとも哀しい男だ。この作品は1986年に発表されたもので、同年にこの世を去った著者の遺作になった。

読書 ジョン・D・マクドナルド「金時計の秘密」

2008-03-26 13:09:11 | 読書

              
 モスグリーンのつぶらな瞳、少し開き気味の濡れた唇、ブロンドの髪よりも色の濃い蜂蜜色の肌。非の打ちどころのない顔のチャ-ラ・マリア・マルコポーロ。
 あまり意味のない小さな白いGストリング、カップ型をした白いプラスティックのサングラス、ターバンにしている青いタオルだけの日光浴姿を目にしても、オスの本能は刺激されるがそれ以上は進めない女性恐怖症のカービー・ウィンター。
 そのカービーに叔父のオマー・クレップスは、金時計と手紙を残して死んだ。オマーは謎の男として知られ、莫大な財産が残されたと世間は噂した。その財産を狙うのが、色仕掛けで迫るチャ-ラだった。
 ところが金時計には時空を超える仕掛けがあった。時計の竜頭を捻ると、それは赤の世界だった。赤の世界では、本人以外はすべて一瞬を固定され知覚することはない。だから、危機に直面すると容易に逃れられる。
 ある種ファンタジーの世界ではあるが、わたしはこんな都合のいい話はあまり好まない。1962年の作品。


読書 ジョン・D・マクドナルド「死のクロスワード・パズル」

2008-03-22 13:00:38 | 読書

 1947年から52年にかけて二流の出版社いわゆるパルプ・マガジンに次々と寄稿したものの中から選ばれ、五編の短編小説が収録されている。
 各編とも死や殺人が描かれ、その中で表題の『死のクロスワード・パズル』が、わたしにとってある種のヒントを与えてくれる。夫が妻を殺そうと画策する。なぜか? 八年の間にマイラの体格はずんぐりし、柔らかい肉があごの下にくっついたが、ものぐさなたちはちっとも変わらなかった。
 それに子供の世話に追われるわけでもないのに、ちっぽけな風呂、狭苦しい台所、折りたたみ式ベッドなどの手入れが楽なはずのアパートに住んでいながら、こまごまとした家事をこなすことが嫌いらしい。がらくたが八年分積もり積もって、さすがのピーターも我慢の極に達した。
 ピーターはきちょうめんな男だった。ワイシャツは毎日着替え、かみそりは浴室の棚のいつもきっちり同じ場所に置き、毎晩靴の中に木型を入れて形を整えていた。そして何より好きなのはクロスワード・パズルで、懸賞の応募を頻繁にしていた。
 そしていよいよガス自殺に見せかけて実行に移した。時間を見計らって帰宅のドアを叩いた。そのとき内部から爆風がドアをふっ飛ばし、立っていたピーターを壁に叩きつけた。
 電報局の若い女性が悲嘆にくれ、警部補が「アパートにはガスが充満していたのです。電話が鳴るとき、内部の磁石とベルを叩くアームの間に火花が発生します。ですから無論あなたがダイヤルして線がつかなかったあと、最初のベルで電話は切れてしまったわけです。あなたに分かるはずはなかったのですよ」と慰めた。
 若い女性はピーターが応募したクロスワード・パズルの当選金が五万ドルであることを知らせようとしていた。
              
             おそらくこんな電話機だったのだろう
 そこでヒント。夫婦が同時に相手を殺そうとしたら、どんなストーリーが考えられるかと思った。わたしは最後の場面を思い浮かべている。照明を絞った部屋には影が出来ていて、二本の燭台からの黄金色の光が、真っ白いテーブルクロスの上の料理に映えている。
 二人で一日かけて作った特別の夜のための特別の料理『スモークトサーモンのオーモニエール』『伊勢えびのうに仕立て』の横にナイフとフォークが並べられ、赤ワインと白ワインが栓を抜いて置かれている。赤ワインに夫は毒を入れた。白ワインには妻が毒を入れた。妻は赤ワイン、夫は白ワインで乾杯する。この毒はいずれも突然の心臓発作を起こして疑惑を持たれることはない。
 わざと相手の手を握ったりしながら、二人とも笑顔で夕食を心から楽しんでいる。そりゃそうだろう、憎しみの相手がこの世からいなくなり、独身時代に返って自由を謳歌できるのだから。料理とワインが二人の胃袋に納まったとき、肉体に異変が起きる。お互いの顔を見合せて、はっとしてこの世で最悪の事態に気がつく。こんなことも考えさせてくれた「死のクロスワード・パズル」だった。

読書 東直己「残光」

2008-03-18 12:41:46 | 読書

               
‘01年第54回日本推理作家協会賞「長編および短編部門賞」を受賞したとある。さすがに入賞作品だ! とは思わない。読み終わってあまり印象に残らなかった。なぜだろうと考えをめぐらすと、全体として余情に乏しくユーモアのたぐいにも、にやりとくすぐるところはない。緊迫感も乏しくリアリティにも欠ける。
映画でも小説でもより上質のものを求めるとどうしても辛口になる。とはいっても理屈っぽく読まなければ、決して退屈する本ではない。ヤクザから堅気になった男のハードボイルド。

読書 デイヴィッド・ハンドラー「芸術家の奇館」

2008-03-14 10:47:10 | 読書

               
 前作「ブルー・ブラッド」に続く、ミッチ・バーガーとデズ・ミトリー登場の二作目。手抜きなしできっちりと書き込んであるが、前作ほど集中しなかった。なにが原因か自分でも分からない。
 今回はデズの出番が多くなっている。映画批評家のミッチと警官のデズのコンビは、ミスマッチかもしれない。ごみ集積所で偶然顔をあわせた高名な現代芸術家ウェンデル・フライと親しくなったミッチ・バーガー。
 その娘ムースが何者かに銃撃され乗っていたポルシェもろとも爆発炎上して紙くずのような灰燼となった。その背後には、家族の相克が渦巻いていた。余情も足りなかったしクロージングは今回もミッチとデズのいちゃつきで終わるが、これを続けるつもりなのか。毎回は鼻につくかもしれない。しばらく様子を見ないとなんとも言えないが。


読書 ロバート・B・パーカー「束縛」

2008-03-10 09:59:47 | 読書

               
 女性私立探偵サニー・ランドル・シリーズ第三作目。訳者あとがきに、このサニー・ランドルを生み出したきっかけが、’97「恋愛小説家」でアカデミー主演女優賞受賞の女優ヘレン・ハントからの依頼で実現し、作品が好評だったためシリーズ化したとある。
               
               ヘレン・ハント
 人気ロマンス小説家メラニー・ジョウン・ホールが別れた夫につけまわされるのを嫌いボディ・ガードとしてサニーを雇う。メラニーの新作売り込みのプロモーション・ツアーにも同行するが、そのツアー先の書店に元夫の精神科医ジョン・メルヴィンが現れる。
 彼を見たメラニーは失神してしまう。サニーは調査を開始する。調査が進むにつれ、メルヴィンはとんでもない危険な男であることが分かってくる。サニーには今でも友人関係を維持している元夫のリッチーとも相談しながら、あくまでも自分の力でこの問題を解決したいと思っている。最後はリッチーの手助けで事件は解決するが。
 登場人物はすべて離婚経験者かゲイという設定。サニーは勿論、作家のメラニー、サニーの友人ジュリー、友人のスパイクはゲイという按配。サニーのキャラクターは、元夫のリッチーに言わせれば「君はメグ・ライアンにそっくりで、おじ貴のフェリックスよりタフだよ」ということになる。美人で自己主張が強いが心の優しい三十代中ほどの魅力的な女性探偵。
               
               メグ・ライアン
 自身の男遍歴も活発なもので、警官だったころの同僚刑事やハリウッド人種の男との楽しみも満喫するというもの。肩がこらず気楽に読み終えたが、女性私立探偵を男性作家が描出すると、どうしても男の視点に立ったものになる。
 女性私立探偵で有名なキャラクターにサラ・パレッキーのウォショースキー、スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンがいるが、それらとはまったく違ったキャラクターになっている。女性の体を持った男といえばいいのか。
“ああ、彼に会いたい。彼に抱かれたい”とサニーは思いをめぐらすが、“彼に抱かれたい”は男の視点そのもので、女性作家なら“彼を抱きしめたい”とするのではないだろうか。“彼に抱かれたい”は男の傲慢さの表れに思えてならない。

 ロバート・B・パーカーは、料理にも蘊蓄(うんちく)があるようで、食べ方にも気配りをする。串に刺したえびを食べる場面で「かぶりつくのは行儀が悪いので、ナイフで切ることにした」とか、レストランでの「彼は食べ物を少しずつ口に運んで、上品に食事をした」とわざわざ指摘している。
 そこでいつもわたしが思っているのは、天ぷらを食べるとき箸では細かく出来ないので大振りのえびなんかは、かぶりつくことになる。外から見ているとどう考えても上品さに欠けるのは確かだ。何とか上品に食べることは出来ないのかと思うが、残念ながら食べる方法はかぶりつくこと以外にない。ナイフで切る? まさか! 
 いずれにしても料理を上品に食べるという心構えは大事だと思う。着飾った美女が大口を開けて食べ物を口に運んでいるのを見るとうんざりしてしまう。

読書 マイクル・コナリー「終決者たち」

2008-03-06 11:25:44 | 読書

              
 ハリー・ボッシュは、ロサンジェルス市警未解決事件班に復帰した。相棒のキズミン・ライダーとともに、17年前に起こった高校生レベッカ・ヴァローレン殺しの事件にとりかかる。
 まずファイルの熟読玩味することから始める。というのも新しい事件は、死体があり検視が行われる物理的な事件現場がある。古い事件は、鼻がむずむずするほど埃を被った殺人調書ファイルがあるだけだ。
 検屍所見、捜査官要約報告書、火器分析報告書など詳細に語られるが、これらの部分は気をつけないと集中力を欠きやすい。それが済むと動きにリズムが出てくる。被害者の親族や友人、教師などからの再聴取。
 捜査線上に浮き上がった容疑者、その容疑者が殺される事態となり急転して意外な犯人にたどり着く。
 緻密なプロットと手抜きのない描写は相変わらず読む者を惹きつける。ところで、この本を読んでいるときいわゆるロス疑惑として騒がれた27年前の妻殺し事件の容疑者とされた三浦和義がサイパンで逮捕された。
 そのニュースが頻繁にテレビを賑わせているが、ロス市警の本部長ウィリアム・ブラットンやリック・ジャクスン刑事の写真も新聞やインターネットで公開されている。
              
              プラットン本部長
              
              ジャクスン刑事
 このプラットン本部長やジャクスン刑事には、著者から謝辞が贈られている。三浦和義逮捕で偶然謝辞の相手方がリアリティを持ったのも初体験だった。
 それにこの未解決事件班は、ロス市警で実在し名称は「コールド・ケース班」といい、市警の503号室に六人の刑事と一人の管理職が所属しているようだ。それにしても少人数の捜査班から狙われた三浦和義も不運を嘆くしかないか。ロス市警もよほど起訴に自信があるのだろう。追って、3月6日読売新聞によると捜査員は11人いるようだ。

読書 デイヴィッド・ハンドラー「ブルー・ブラッド」

2008-03-01 13:49:44 | 読書

               
 「アメリカで唯一尊敬すべき映画批評家よ。彼なら絶対ユダヤ系だわ。とっても情熱的で、とっても感受性豊かな評を書くわ」と言うのは、デズ・ミトリーの年上の友人ベラ・ティリスだ。
 その映画批評家ミッチ・バーガーは、“正真正銘の街っ子――スタイヴェサント・タウン生まれで、スタイヴェサント高校とコロンビア大学を出た。生まれつきのニューヨーカーなので、まず車の運転などしないのだ。
 しかもマンハッタンを走るのは、あのタクシー運転手、穴ぼこ、配送トラック、バイク便、それに歩行者を思えば、決して簡単な仕事ではない。
 五月の蒸し暑い金曜日の午後のラッシュアワーともなればなおさらだ。着るものといえば、しわくちゃのボタンダウンのシャツ、たっぷりしたVネックのセーター、それにくしゃくしゃのチノだ。
 スポーティなジャケットは二着持っている。オリーヴ色のコーデュロイと濃紺のブレザーだ。宿泊先のホテルの食堂で必要とされる場合に備えて、コーデュロイを持ってきた。が、ネクタイは持ってこなかった。持っていないのだ。ミッチはそのことをとても誇りにしていた”あまり垢抜けない感じで、しかもミッチの体型はやや小太りときている。わたしがイメージしたのは、ジョン・トラボルタやエルトン・ジョンなんだけどねえー。
 いま三十二歳の、そのミッチがやむを得ずレンタカーのトヨタに乗って、インターステート95号線をコネティカットの海岸線にあるドーセットという村を目指していた。
 アート編集者のレイシーが言う「ゴールド・コーストの宝石ドーセットは、ものすごい世襲財産があって――1平方マイル(おおよそ東京千代田区の1/4)あたりの百万長者の数はイーストハンプトンより多いの。それに美しくて俗化してなくて、ニューイングランド風なので日曜版の旅欄の、週末に出かける保養地の記事の対象にはいいわ」という宣告があったからだ。

 その海辺の家々は個性的で、床は磨きこんだ厚板、鏡板や木工装飾がふんだんに配置され、どの部屋も広く風通しがいい。そしてどの部屋にも薪(まき)を燃やす暖炉があり、どの部屋からもすばらしい海が眺望できる。記事を書くにはもってこいの環境だったが、ミッチは死体を掘り出してしまう。
 事件の捜査にやってきたのが、凶悪犯罪班の警部補デジリー(デズ)・ミトリーだった。その彼女は、肌は滑らかで輝いている。時々見せる笑顔は、ミッチの下半身に温かい不思議な効果をもたらす。しかもその姿は思わず息を呑むほどすばらしい。
 大柄で、少なくとも六フィート(約183センチ)はあるが、動きはしなやかで、軽やかに歩く。しかもこれまでにお目にかかった中でもトップ6に入るヒップの持ち主だ。惚れ惚れする美人で黒人だった。
 彼女の指の爪に残る木炭のかすかなかすから、絵を描くことを見抜いたミッチの観察眼に畏敬の念を抱き異性としてデズの心の隅に居座ってくる。

 事件は二人の協力もあって解決されるが、そこに至るまでこのWASPや名家に囲まれた日常が鮮やかに描写される。むしろミッチとデズのラブ・ストーリーといってもいい。面白い記述もある。
 カントリー・クラブで、この地の弁護士が「スーパーのストアブランドの中でも一番安いウィスキーを買ってきて、高価なシングルモルトのボトルに移し変えているメンバーがどれくらいいるか知ったら、君も驚くだろうよ」著者の体裁をかまうWASPを痛烈に批判する揶揄なのだろう。
 ラストはミッチの下半身を襲った暖かい不思議な効果が報われ、デズが言おうとしなかった刺青がある秘密の場所も確かめられた。
 ちなみに題名の「ブルー・ブラッド」は、貴族や名門、あるいはその血統という意味だそうだ。とにかくページに引きずり込まれて寝るのも惜しいくらいだった。