この特攻と玉砕という言葉が忌まわしい言葉として私の中に戦後ずうっと住みついている。この本でいくらかでも気持ちをなだめてくれればと思っていたが、逆にますます永住を決めたかのようになった。なぜ人間爆弾や人間魚雷と揶揄されるような作戦を発想し推し進めたのか理解できない。
しかも、戦争末期になると十代の若者の多くが犠牲になった。上層部や士官学校出のエリートには無縁の実態があったようだ。
特攻で出撃して帰還すれば「今度は死んでこい」と罵声を浴びせる。「気持ちをしっかり持って、勝つと思えば勝てるんだ」東条英機がいうこの精神論で戦争をするという考えられないこともある。
そんな中にあって9回出撃して9回帰還した特攻兵がいた。もう故人となった北海道出身の佐々木友次という人。当時、彼は21歳。彼は特攻に反逆して帰還したわけでもない。ただ心の底では「何で死ななきゃならない」という気持ちはあった。
それは日露戦争で金鵄勲章(きんしくんしょう)を貰った彼の父が「人間そんな容易に死ぬもんじゃない」と口癖のように言っていたのが頭の片隅に残っていたこともある。
それに彼は空を飛ぶのが大好きで、特攻機を操って大空を飛んでいる時でも戦争を忘れる瞬間があって、気がつけば僚機が一機もいないこともあった。命を長らえたもう一つの理由として、死を命じられた男が「駆逐艦一隻撃沈しました」や「空母に爆弾を落としました」とか言って、のこのこと帰って来ても罵声を浴びせる以外に方法がないのもあったと思う。死刑宣告をしたのに、また死刑宣告もないだろう。
さらに「死ななかった理由」も見過ごすことはできない。エンジン・トラブルなどの機体不調、悪天候、米機との戦闘で被弾や退避での不時着、片道燃料で敵艦を発見できなくて帰投不能になったり、死にたくない気持ちから故意の事故や不時着もあっただろう。実に悲しい作戦だ。
上官の中にも「良い上官」と「悪い上官」がいるのも確かだ。悪い上官の例は、富永恭次陸軍中将だ。おおよそ人の上に立つ人物ではなかった。出撃命令と敵前逃亡の疑惑などで陸軍史上最悪の軍人ともいわれる。続々と特攻隊を出撃させたこと。
出撃前の訓示では「諸君はすでに神である。君らだけを行かせはしない。最後の一機で本官も特攻する」と言う一方で機体の故障などで帰還した特攻隊員には容赦なく罵倒、62回にわたって約400機の特攻を命じ全員戦死させた。
さらに腹黒いのは、戦況いちじるしく悪化の1945年1月6日富永はマニラ撤退を決めたが、指揮下の部隊への連絡もせず、機密書類の焼却もしないで放置したまま16日に視察と称して上級司令部に無断で台北に逃れたというからまさに敵前逃亡だ。「君たちの後に続く」は戯言にすぎなかった。死んだ兵士は浮かばれない。
良い上官は、特攻を拒否した美濃部正海軍少佐。1945年2月下旬、連合軍が硫黄島まで迫ったことを受け、第三航空艦隊司令部のある千葉県の木更津基地で所属の9個航空隊の幹部を招集して沖縄戦の研究会が開かれた。ここで決められたのは、93式中間練習機別名赤トンボを特攻に使用することだった。
これに異を唱えたのが美濃部正少佐。美濃部少佐は、芙蓉部隊という夜間攻撃専門の部隊長だった。厳しい訓練で知られ「これが出来なければ特攻に出すぞ」と叱咤したという。しかし、徹底して特攻を拒否、部下を特攻に出さなかった。その代わり夜間攻撃の訓練を積み、戦果を挙げていた。
「劣速の練習機まで狩りだしても十重二十重のグラマン(戦闘機)の防御陣を突破することは不可能です。特攻のかけ声ばかりでは勝てるとは思いません」
「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!」とある参謀が怒鳴る。
これにひるむことなく「私は箱根の上空でゼロ戦一機で待っています。ここにおられる方のうち、50人が赤トンボに乗って来てください。私が一人で全部叩き落として見せましょう」
誰も何も言わない。さらに「ここに居合わす方々は指揮官、幕僚であって自ら突入する人がいません。必死尽忠と言葉は勇ましいことをおっしゃるが、敵の弾幕をどれだけくぐったというのです? 失礼ながら私は、回数だけでも皆さんの誰よりも多く突入してきました。今の戦局にあなた方指揮官自らが死を賭しておいでなのか」水を打ったように静か。返す言葉がない。
美濃部少佐は、部下思いの論理的な作戦をたてられる立派な将校に違いない。 が、なぜ上官を侮辱したような言葉が許されたのか。推測だが、軍人ならもう敗戦は間近だと観念していてもおかしくない。今更、議論を戦わせても意味がないと思っていたのかもしれない。論理的に説明できないから、精神論で逃げたのだ。
一種のエリートの無様な様子は、今に引き継がれ昨今の新聞紙上を賑わせている。「高学歴の非常識」と言われる所以だ。今こそ公務員改革をするべき時期だろう。エスカレーターで次官まででなく、途中採用してでも主なポストを民間人の採用で緊張感を高める必要がある。官僚機構に風穴を開けろ! この本を読みながら、これはつくずく思う。