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小説 囚われた男(29)

2007-01-31 11:05:00 | 小説

19

 月曜日、生実は久美子に電話をした。ありきたりの会話が続いたが、久美子の声にいつもと違う不安と苦悩が混じっているように感じられ
「どうかしたの? なんだか元気がなさそうだね」
「そう? ちょっと疲れているかもしれない。仕事が忙しくて、残業が続いているの」
「そうか。決算期はしょうがないのかなー。いずれにしても体には気をつけて。ただ、どうしているのかなと思って。それじゃ、長電話は嫌われるよね。切るよ」
「ありがとう。また会いましょう」生実は、釈然としなかった。久美子に何かある。

 月曜日も火曜日も、晴れて気持ちのいい日が続いた。生実は、午前中はジョギングに出掛け、またもやあの「ダスト」を思い出していた。午後は読書や音楽鑑賞で過ごした。
 水曜日は雨で、午後ジムに行き、いつものコースで大汗をかいた。女性の姿もよく見られ、生実の肉体をもの欲しそうに眺め回している。それらの女性の目は、スーパーでバーゲン品をあさる目を連想させる。少なくとも、生実にはそう映る。

 帰宅してシャワーを浴び、ジュースを飲んでいると電話が鳴った。
「はい」今は名前を名乗らない。詐欺師がどんな手を使ってくるか分からないからだ。不用意なことは避ける主義だ。
「わたし、さやです」
「やあ、調子はどう?」
「絶好調とはいえないわね。うっとうしい雨では気分は欝よ」
「私はジムにいって一汗かいてきたよ。気分は上々だよ。ところで用件に入ったら」
「わかった。金曜日の件は予定通り決行。わたしの車で、甲府昭和警察まで行き、そこで電気工事のトラックに乗り換える。作業服、ヘルメット、靴、連絡用の小型のトランシーバー、襟に留めて会話が出来るヤツ。それに拳銃やナイフも。大型のアルミ製のスーツ・ケース、ブツを入れるの。警察はわたしたちの会話を傍受するわ。何かあったらいつでも飛び出してくるわ」さやは一気にまくし立てた。
「完璧だ。よく警察を抑えたなー」
「そこは、貸し借りの問題よ」
「わかった。何時ごろ来る?」
「今から行くわ」
「えッ、今から? ちょっと早いんじゃ」
「あっそうか。金曜日のことね。金曜日は朝九時ごろ。今日も行くわ。だって生実さんとは、仕事が終われば二度と会えないでしょう。それに紹介したい人がいるのよ。送別会ってとこね」
「会わせたい人って、誰だい?」
「会えばわかるはずよ。それじゃその時に」さやはさっさと電話を切った。生実は生実で、男嫌いの女は余韻がないと嘆いていた。

 三十分ほどでやってきたのは、さやと塚田美千代だった。生実が玄関ドアを開けて一瞬息が詰まったのは、あの写真に写っていた女性だったからだ。東の妻? 一時は殺す相手? 複雑な気持ちで見守っていると
「紹介するわ。塚田美千代さん、生実さんがかかわった東の奥さん」と言うさやだったが、生実にしては、殺した男の妻に会うというのは、居心地が悪い。いくら魅力的であっても、塚田美千代が潜入捜査官であっても、子供と写っている写真が脳裏から離れない。さやは何でも訳知り顔で取り仕切る。ちょっと、癇にさわる。

 それでも生実は満面に笑みを浮かべ
「はじめまして、生実清です」と言って会釈する。
「こちらこそ。塚田美千代です」と言って深々と頭を下げた。生実はそんなに丁重にされるとどぎまぎする。それを隠すように
「飲み物は何にします? ワイン? ビール? それともスコッチでも」
「わたしは、ワインをいただきたいわ」美千代は妖艶な笑みを浮かべながら言った。覗いた歯は真っ白だった。生実に一瞬ぶるっと震えるような感触が襲った。
 今日冷やしてあるのは、カリフォルニア・ワインのシャルドネで、きりっとした味わいは、誰にでも口に合うはずだ。グラスも冷蔵庫で冷やしてあったので、ワインを注ぐとグラスの縁が曇った。
「さあ、どうぞ」
「ありがとう」一口飲んで
「うわー、おいしいわ。冷たくて、すっきりしていて喉越しが素敵、生き返るようね」無邪気な美千代に、生実もつい釣られて
「ありがとう。でもわたしがワインを作ったわけではないんですが、ただ冷蔵庫で冷やしただけですから。冷やし具合が良かったと言うことですね」
「そう理屈っぽいことをおっしゃらないで」と言いながら美千代は、生実の腕に手を添えてぎゅっと握った。
 生実はそれこそワオーと言いたくなったが、さやを振り返ると、さっさとビールを飲んでいた。それからは、近所のピザ屋の出前をとり、政治や経済、国内の犯罪について、ほとんど無責任な意見を交換して笑い、一切悲しむことはなかった。
 午後十時を過ぎたころ、さやは用事があるといって帰っていった。帰り際、生実に意味ありげなウィンクをして。

映画 シャリーズ・セロン「スタンドアップ(‘05)」

2007-01-30 15:30:26 | 映画


 実話をもとにした映画で、ミネソタ州北部の露天掘り炭鉱での女性へのセクシャル・ハラスメント集団訴訟を描く。この裁判に勝訴し、女性の地位向上に貢献した。
              
 二人の子持ちのジョージー・エイムズ(シャリーズ・セロン)は、暴力亭主から逃れて実家に身を寄せる。偶然出会った幼馴染のグローリー(フランシス・マクドーマンド)の勧めで賃金のいい炭鉱に就職する。
 しかし、炭鉱は女性には厳しい環境だった。この厳しいというのは、仕事そのものも重労働だったが男の女性蔑視の嫌がらせが度を越していることだった。
 その上ジョージーにはレイプされて生れた息子のサミーとの間に溝が出来ていた。おまけに父親のジョージーに対する態度も冷たいものだった。しかし、母親(シシー・スペイセク)はジョージーの味方だった。
              
 あまりにひどいセクハラに社長に直訴したが、逆に辞めるように言われ、辞めなければ態度を改めることまで告げられる。ある事件がきっかけで会社を辞めて訴訟に踏み切る。
 この映画にはテーマが二つある。一つはセクハラ訴訟で戦う女性、子供との不和という家庭の問題。その子供にレイプで生れたと真実を話すが、果たしてそれが正しいのかという疑問が残る。
 考えてみると、自分がその立場だったら、いくら母親の愛情を感じてもすっきりと受け入れられるだろうか。映画はその子供も納得してハッピーエンドに終わるが。

 見ていて男の恥さらしもいいとこで、当時は当たり前の状況だったのだろう。それにしても、本当に強いのは女だと知らされる。
 俳優たちもそれぞれの持ち味を出しているように見えた。ボブ・ディランの挿入歌が、画面の広大な雰囲気にぴったりだった。こんな風景にはやはりカントリー音楽しかない。大人の観賞に立派に耐えられる佳作だ。この映画は映倫の15歳未満の鑑賞を禁じるR―15に指定されている。

 監督 ニキ・カーロ1967年ニュージランド、ウェリントン生れ。
              
 キャスト シャリーズ・セロン1975年8月南アフリカ生れ。‘03「モンスター」では、醜女メイクで実在の女シリアルキラーを熱演、アカデミー主演女優賞受賞。
 フランシス・マクドーマンド1957年6月イリノイ州シカゴ生れ。’96「ファーゴ」でアカデミー主演女優賞受賞。
 ショーン・ビーン1959年4月イギリス、ヨークシャー州シェフィールド生れ。
 シシー・スペイセク1949年12月テキサス州生れ。‘80「歌え!ロレッタ愛のために」でアカデミー主演女優賞受賞、それ以降も何度かアカデミー主演女優賞にノミネートされている。
              

小説 囚われた男(28)

2007-01-28 13:34:34 | 小説
18

 同じ日曜日の午後六時。小暮さやと東の妻だった東桐世本名塚田美千代の二人は、マンション「信長」の近くにある、和風レストラン『秀吉』で向かい合って座っていた。
 テーブルには、てんぷら、刺身、茶碗蒸し、鯛の酒蒸し、野菜サラダそれに生ビールが並んでいる。ビールを口に運びながら
「それでどうするつもり?」さやが先を促す。
「いずれあのマンションを売って、移りたいと思ってるわ。事情を知ってる人は買ってくれないだろうし、場所柄、法人の社宅か出張社員の宿泊場所と言うのも考えられるので、法人にあたってもらうつもりよ」と美千代は言いながら鯛の刺身をつまんだ。

「仕事は続けるの?」とさや。
「もう、潜入捜査官はムリね。一回ぽっきりで、見返りの報酬も多額だったから引き受けたけど、二度としたくないわ。誰かの妻になるなんて。売春婦にでもなった気分よ。もし人権団体が知れば騒ぎ出すでしょうね。人権なんてゼロだもの」
「適当な人がいれば、再婚するとか」
「ええ、愛せる人なら考えてみる価値ありね」美千代は遠くを見つめる眼差しになった。

 美千代は急に我に返ったように
「わたしを殺す人ってどんな人? 同じ殺されるにしても、相手が分かった方がいい場合もあるでしょう」
「そうだけど、普通そんなふうに考えるかなー。まあ、素敵な人は確かね。ハンサムで筋肉質な体を鍛えてるって感じよ。それに優しいわ。それと、もう彼はわたしたちの味方よ」とさやは言いながらにこりとした。
「男嫌いのさやが言うんだから、相当素敵な人のようね。なんだか気になってきたわ」
「ところで、金曜日の件だけど確実になった?」とさやが真剣な顔で聞く。
「今週の水曜日あたりに確実になるわ。それまで待って」おいしい料理とビール、いつものように笑い声に包まれながら、夜は更けていった。


映画 ジョン・トラヴォルタ、ロバート・デュヴァル「シビル・アクション(’98)」

2007-01-26 13:02:20 | 映画
 ジャン・シュリットマン(ジョン・トラヴォルタ)の法律事務所は弁護士3人のささやかな事務所だ。それでもびしっと決めたダークスーツと真っ白なワイシャツに赤いネクタイ、乗るのはポルシェでその収入は“正直な話、重傷を負った原告の方が死人より価値がある。死に方も即死より苦しんだあげく死ぬ方が価値が高い。
 20代より中年で死亡する方が得であり、女性よりも男性、独身より妻帯者、黒人より白人、貧乏人より金持ち。一番条件のいい犠牲者は、稼ぎ盛りの40歳代で専門職の白人男性。一番損なのは? 傷害法による計算では子供が死亡した場合だ”

 これらを信条として同情や哀れみのかけらもなく稼いできたせいだった。そんなある日、ラジオの法律相談パーソナリティを務めていたとき、一人の女性アン・アンダーソン(キャスリーン・クインラン)からの電話が事態を一変させることになる。

 ボストン郊外のウーバンという小さな町では、15年間に白血病患者12名死亡うち8人は子供だった。信条に反する案件のためジャンが断りに出向き、帰路スピード違反で切符を切られた橋の上から見る川の流れに誘われるように周囲を見て歩いてみると問題の皮革工場の親会社が大企業であることが判明する。これは金になると宣戦布告する。

 しかし、決め手に欠け苦戦を強いられ事務所の財政状態も底をつく。そんな中、被告企業側の老獪な顧問弁護士ジェリー・ファッチャー(ロバート・デュヴァル)から2000万ドルの和解金の提示を受けるが、真実が必ず勝つと信じて拒否する。いよいよ窮地に立ち、同僚の弁護士たちはジャンを見限る。

 小さな事務所でただ一人細々と食いつなぐうちにも、最初会ったとき言ったアン・アンダーソンの言葉が頭から離れない。「私たちは、お金は要らない。謝罪が欲しいの」そして気がついたのは、“毒”を捨てるのを見たものでなく、痕跡を消した者だった。ある日、ジェリーのもとに一通の封書が送られてきた。発送者は、環境保護庁だった。

 映画の色調は全体に暗いトーンでまとめられ、人物が浮き立つような照明で効果を挙げている。特に印象深かったのは、評決を待っている裁判所の廊下で、ジェリーがジャンに和解金を提示する場面。
               
 映像的にも素晴らしいがジョン・トラヴォルタとロバート・デュヴァルの演技に魅了された。特にデュヴァルの老獪な弁護士役は異彩を放っている。
 そしてエンディングのジャンの申告財産確認認定で、判事が「17年間の弁護士業の末、現在あるのは銀行預金14ドルとポータブル・ラジオ? 一体どこへ? お金とか持ち物すべて」と問いかける。ジャンは暫らく考えていたが、しっかりと前を見つめ顔を上げた。そこには自信と誇りが満ちていた。

 監督 スティーヴン・ザイリアン1953年1月カリフォルニア州フレスコ生れ。
               
 キャスト ジョン・トラヴォルタ1954年2月ニュージャージ州イングルウッド生れ。
 ロバート・デュヴァル1931年1月カリフォルニア州サンディエゴ生れ。’82「テンダー・マーシー」でアカデミー主演男優賞受賞。
 キャスリーン・クインラン1954年11月カリフォルニア州パサディナ生れ。‘95「アポロ13」でアカデミー助演女優賞にノミネート。この映画でも出番は少ないが、抑えた演技が印象的だった。

小説 囚われた男(27)

2007-01-24 13:31:39 | 小説
17

 江戸川久美子は、通勤に便利だという理由で、東京メトロ東西線浦安駅から徒歩十八分の1Kのアパートに住んでいる。何しろ大手町から浦安まで、快速を使えば十六分という近さ。それに午前七時台は三分おき、八時台は二分おきに電車がやってくる。こんな便利なところは、即座に気に入ったが、アパートの狭さには閉口する。しかし、通勤時間のことと家賃の安さを考えると我慢するしかない。
 それにしても、日本の住宅事情は最悪だ。経済大国と外国からもてはやされ、主要国サミットに誘われていい気なもので、援助、援助と外国に金をばら撒き、自国民の住まいはウサギ小屋と揶揄される始末。久美子はそれを考えると革命を起こしたくなる。
               
 思い悩んでも仕方がない。暖かくなった今日の日曜日、束の間の息抜きをしない手はない。息抜きといえば、何も考えず頭を空っぽに出来るものを選ぶ必要がある。彼女の場合、それはジョギングということになる。
 クローゼットから体にぴったりとフィットする黒のトレーニング・パンツ、それにスポーツ・ブラで大きめの乳房の揺れを抑え長袖のTシャツを着る。その上に濃い紫のウィンド・ブレーカーを着込む。
 アパートから旧江戸川の堤防に向かう間、行き交う人々にことごとく注目される。注目されるぐらいはいいほうで、凝視されるほうが多い。特に男から。女からは嫉妬と羨望が入り混じる。
 それはそうだろう。ウィンド・ブレーカーといっても腰のところで絞ってあるので、ヒップラインから下は、プリンとした尻とすらりとした足の体形通りのシルエットが浮き彫りになる。せめて顔は隠したいと、ベースボール・キャップを目深にかぶる。

 旧江戸川を今井橋で渡り江戸川区に入って、サイクリング・ロードに向かう。このサイクリング・ロードをさかのぼると、寅さんで有名な柴又帝釈天にたどり着く。
 堤防でストレッチを入念に行い、上流に向かってウォーミング・アップのゆっくりとしたペースでスタートを切る。五分ほどはそのままのペース。
 目を左右に流しながら、建て込んだ人家や町工場を眺め、江戸川区は、実家があった地域だ。
 久美子の両親は、下町のよさが薄れたのを機に、千葉の郊外に引っ越した。久美子はそこで育った。大学を出て商社ユニヴァースに入社。しばらく実家から通勤していたが、時間がかかるのを口実に一人住まいを始めた。本当の狙いは、女の恋人との逢瀬を楽しむためだった。
               
 三十分ほどで折り返して、快調なピッチでスタート地点に戻る。額に薄っすらと汗が浮き、Tシャツも汗まみれだった。それでも呼吸の乱れはない。ますます調子づいてくる。しかし、ペースはきっちり守らなくてはならない。スタートしてから一時間後、約十五キロのジョギングを終える。
 下流にはディズニーランドがあり、こんな近くにいるのに一度しか行っていない。久美子はああいう人ごみは苦手だった。ストレッチのあとゆっくりとアパートに戻る。

 着ていたものを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。鏡に映る肌は、ピンク色で実に健康的だ。ジョギングによる効果が現れている。そこで唐突にクルーザーでのシーンが浮かんできた。
 男とのキスは初めてだったが、そう悪いものでもない。かといって強く求めているわけでもない。今は悩み多い段階と言ったところ。
 コーヒー・メーカーにキリマンジェロの豆を入れて出来上がりを待つ間、別の思いが浮かんできた。弟信治のことだった。三十近くにもなっているにも拘わらず、定職もなく高校時代の悪ガキ連中と今でも付き合って、何を考えているのかさっぱり分からない。悪いことに走ってくれなければいいのにと、いつも悩んでいる。
 
 そういえば、自分自身、半年以上実家に電話をしていない。信治のことばかり責めているが、自分も親不孝といわれても言葉が返せない。受話器をとってダイヤルする。三度の呼び出し音で母が出た。
「母さん? 久美子よ。みんな元気にしてる?」
「久美子かい。久しぶりの電話ね。元気にしているよ。お前も元気そうだね」
「ええ、健康だけが取り柄だから。父さんも信治も?」この質問に母は言いよどんだ。
「……」
「どうしたの? 何かあったの?」
「父さんは相変わらずよ。ただ、信治の様子がね。つまり元気がないの」といって溜息をつく。
「いつから? 信治は何か取り付く島がないように感じるけど」久美子も心配そうに言う。
「最近特に、自分の部屋に引きこもって、ものも言わないのよ」
「詳しいことを聞く必要があるわね。わたしはしばらく仕事が忙しくなるから、そちらに行ける時間が出来たら電話する」
「そうしておくれ」母はか細い声で言った。久美子は「それじゃまた」と言って電話を切ると、がくんと疲れに襲われた。

 母にはやっぱりちょくちょく電話をしなくちゃ。心配しているのは明らかで、父とは違う。父は定年のあと、どこにも勤めず家でテレビを見て過ごしている。体を動かそうともしない。病気と言うほどのものはなく、高血圧症で近所の内科医院に通って、降圧剤の処方をしてもらっている程度だ。
 現役のころの仕事は、財務部門を専門としていて、そちらの知識は豊富だった。仕事を離れると意欲がなく抜け殻同然になった。久美子の会社にも仕事人間がいる。その人を見ると父を思い出す。父も子供のことを心配しているのだろうが、口には出さない。不器用な人だ。
 よく考えてみると、苦しみや悩み、迷いといったものに、心から手を差し伸べるのは、家族以外考えられない。もしかして、信治もSOSを発しているのかもしれない。そうだ、忙しくても、今度の日曜日に実家に行ってみようと久美子は考えていた。

読書 リック・リオーダン「殺意の教壇」

2007-01-22 11:34:59 | 読書
 
              
 テキサス州南部の町サンアントニオにある、テキサス大学サンアトニオ校の中世文学者が殺さて、その後任に探偵と教授の二足のわらじを履くことになったトレス・ナヴァー。
 幾多の銃弾の巻き起こす風圧や銃創それに殺されかける危機一髪を幸運にも辛うじて避けながら真相に迫る。
 このサンアトニオはメキシコとの国境に近いせいか、スペイン語やメキシコ人それに食べ物もメキシコ料理が随所に出てくる。メキシコ料理はよく分からないのでピンと来ない。それほど熱中して読んだわけではない。お暇があればどうぞという感じだ。しかし、著者は各種賞を受賞しているようなので、力のある作家なのだろう。

小説 囚われた男(26)

2007-01-20 11:24:48 | 小説
16

 日曜日は晴れて気温も上がり、五月中旬の暖かさになる。こうなると部屋でじっとしていられなくなる。ましてや、金曜日の大仕事を前にして、筋肉のたるみを放置しておくわけにいかない。
 そこで近くのジムに出掛けレッグカールマシンやチェストプレスマシンなどを使い、やわな筋肉を目覚めさせることに専念する。二時間ほどのトレーニングで大いに汗をかき、久しぶりに爽快感に浸りながら自宅に戻った。
 熱いシャワーを浴びて冷えたビールを飲むと、この世の幸せをいっぺんに与えられたような気分になる。春のやわらかい陽射しが、リビングを覆い尽くし、目を細めなくてはならない。
 数本のビールで、ますます浮き立つような気分に見舞われ、ステレオ装置にオスカー・ピータースン・トリオのCDを挿入して、繊細で力強いタッチの演奏を聴いていると、ふと久美子のことが浮かんできた。

 そういえば、住所も電話番号も伝えていない。それに、彼女の住所や電話番号も知らない。ただ勤め先とフルネームを記憶しているだけだった。大手町にある商社ユニヴァースの総務課江戸川久美子。これだけあれば連絡はたやすいことだ。電話帳で調べてメモをして、明日電話してみようと思う。

 午後は、「ダスト」の続きを読んで過ごした。地球が焦土と化したあと、一部の科学者は飛行船で、大西洋の真ん中にあるポルトガル領アゾレス諸島に脱出し、クローン技術によって、古代から樹液にまみれて土中深く眠っていた蝶のDNAから雌雄を再生し、二十年後にようやく地球が甦る入口に達する。

 著者は、壮大な地球の崩壊を描き膨大な科学の知識を駆使し、読者を深い地球のど真ん中に引きずり込むように捉えて放さない。とりわけ、昆虫の果たす役割には畏敬の念とともに感動で震えるほどの衝撃を与えられる。
 また、著者のメッセージにも、今までにない感興をそそられ深く考え込む要因になった。つまり、“わたしは、昆虫たちに畏敬の念を抱いていた。例えば、アリの頭脳は、現在設計段階にあるどんなオートマシンよりも効率的働きを見せるし、自己増殖マシンを実現させるために必要な本質的作業の束の中には、壮大な工学プロジェクトを実現可能にするばかりか、それを低コストで実現させるためのテクノロジーの進歩への鍵が秘められているのだ。
 われわれは、誰しも昆虫に畏敬の念を抱き、昆虫に取り憑かれるべきだろう。昆虫たちが湖や川や森林、土壌、そして究極的にはわれわれ人類を、いかにして支えているか、と言う点も含めて、このちっぽけなアリが道で前を横切ったとき、読者の心にひとかけらの好奇心が――望むらくは感謝と驚異の念も――こみ上げてきたなら、作者であるわたしが望んだ役割のひとかけらなりと果たしたことになる”

 生実がジョギングへの往復で地面を横切るアリの存在に、敬意を持ち始めたのはこの本がきっかけだった。それに、本人は自覚していないが、明らかに以前の生実とは違っていた。生実は考える。人類が地球上にいなくなったとして、何か不都合なことが起こるのだろうか。いくら考えても不都合はまったくないという結論に達した。長い時間がかかったが、今、生実には人間性の萌芽が見え始めていた。

読書 フィリップ・マーゴリン「女神の天秤」

2007-01-18 11:43:20 | 映画

              
 海から押し寄せる波のように、次から次へと間断なくサスペンスとスリルを伴って襲ってくる。オレゴン州最大の都市ポートランドの大手法律事務所の弁護士ダニエル・エイムズがそれを、身をもって体験する。

 法廷での息詰まるやりとりや随所に現れるバイオレンスという具合に、エンタテイメント豊かに描き出す。法廷ものあるいは弁護士ものと一概に言えないように思うくらい。
 私はいわゆるリーガル・サスペンスが好きで、好んで読む。そのおかげで、アメリカの司法制度の一端の学習に役立った気がする。この本にも、ダニエルが殺人容疑で逮捕され保釈審理が行なわれて誓約によって保釈される場面がある。
 この自己保証保釈は、保釈金を必要としない。こういう制度もあることを知った次第。

 それに法廷が、テレビで見る日本のそれとはまったく様相が違うことだ。“見事な高い天井、華麗な回り縁、大理石のコリント式の柱、そしてつややかな木材の判事席を具備していた”
 コリント式は、ギリシャ建築で柱の装飾を示している。
             
 それにこの本の細やかな気配りにエーカーを日本の坪数をかっこ書きに示していることだ。125エーカー(約15万3千坪)と言われてもまだピンとこない。広すぎる。
 東京ドームの広さが14,168坪というから、ドーム約10個分の広さということになる。この広大な面積を墓地が占めている。
人の身長なら容易に想像出来る。身長5フィート8インチ(約172センチ)体重190ポンド(約86キログラム)など。まあ、読み出すと時間が瞬く間に過ぎていく。

小説 囚われた男(25)

2007-01-16 11:43:41 | 小説
 尾行されているかもしれない。国産のシルバーのセダンで、厭というほど見かける車カローラのようだ。
 道は下ってまた上がるがそこに談合坂のサービス・エリアがある。そこまでスピードを170キロまで上げてサービス・エリアに逃げ込むことにする。
 ぐんぐん加速しながら助手席の小暮さやを見やると、バンダナで顔を覆い寝込んでいるようだ。死んでいないことは確かだ。小山のように隆起した胸が、呼吸のたびに上下しているので分かる。
 自動速度取締機通称オービスに注意する。この付近には設置されていないはずだが、現在各地で増設中と聞く、用心に越したことはない。
 
 尾行の車は遥か後方に置き去り、談合坂サービス・エリアに入る。車を止めてエンジンを切る。彼女を起こすため、手を伸ばしかけてすぐ引っ込める。彼女がもぞもぞとしだしたからだ。
「ここどこ?」と眠そうに言う。
「談合坂サービス・エリアだよ。トイレ休憩にしよう」
「うん」と言ってゆっくりとドアを開けた。生実も降り立ちトイレに向かう。上り最後の大規模サービス・エリアで、いつも車と人で混み合っている。ここの特徴は、デパ地下感覚がコンセプトでユニークな存在といえる。

 トイレの外で待っていると、小暮さやが目をパッチリと開け、おまけに笑顔のサービスつきで戻ってきた。
「お待たせ」
「何か飲むかい?」
「そうね。眠気覚ましにコーヒーにしようかな」
コーヒー店の二人掛けの小さな丸テーブルで、コーヒーを待ちながら生実が話し出した。
「実は尾行されているような気配がするんだ」
「えっ、まさか。本当なの?」
「いや、まだ確実とはいえない。しばらく様子を見よう。それに重要な会話は避けよう。念のために」一息ついて
「映画や音楽それにちょっとエッチな話もいいかもしれない」と生実。そのときウェイターがコーヒーを運んできた。二人の会話は中断された。生実は、ランドローバーに追跡装置や盗聴器が仕掛けられているかもしれないと考えていた。

 そして来週の金曜日、どのように相手と対峙するのか、二人の役割分担まで含めて打ち合わせる。まるで会社の営業方針を真剣に討議しているような錯覚すら起こすほど熱を帯びたものだった。それは当然だろう。命を懸けた大舞台が待っているのだから。細部を詰めて確認し合い二人の乗った車は、都内に向けてアクセルが踏み込まれた。
 パーキングから本線への誘導路に差し掛かったとき、一番端に停まっている車に気がついた。どこでも見かけるシルバーのカローラ。ただ一つどこにでもないものが目に入った。
 運転席と助手席に座ったサングラスをかけ、どこを見ているのか分からない無表情な二人の男女だった。男はグレイのスーツに濃紺のネクタイ、女は白のブラウスにグレイのセーターという地味な服装だった。まるで会葬者のようだ。生実はそれらの情報を頭の引き出しに投げ込んだ。

 それからの車中は、陽気な雰囲気に包まれ笑い声が絶えなかった。主に生実の女性遍歴にまつわるものだった。アメリカでの特殊訓練中に会った女性たち。ラテン系や白人女性の性的嗜好や性欲の強さなどなど。
 小暮さやは、自身のことを、あまり話したがらない。もっぱら聞き役でうまく合いの手を入れたり笑ったりと雰囲気を壊すようなことはなかった。
 生実にとってどうしても聞きたいということもないが、少しは吐露してもらっていいだろう。
「わたしは音楽については、詳しくないんだけどピアノ・ジャズなんか大好きだね。君はどんなジャンルの音楽が好き?」と生実は水を向ける。彼女はそれに応えて
「わたしはクラシック音楽が好き。父がかなりクラシック好きだったから、その影響を受けたみたい」
「家族というのは影響しあうものなんだね。クラシックは苦手だ。それでも緑に囲まれたキャンプ場で聴くクラシック音楽もなかなか乙なものなんだな。これが」
「へえー、わたし大人になってからキャンプをしたことないの」
「そお、それじゃ仕事が落ち着いたら連れてってあげてもいいよ。君がよければね」
小暮さやは何故か間を置いて「そうね」とだけ言った。

 生実は時折バックミラーで尾行車を観察していたが、やはり見かけたあの車が追尾している。尾行が続いていることを小暮さやにわざわざ言うこともないだろう。 それに尾行者も隠密にしようとしないし、あえて撒く必要もない気がした。ただ会話には気をつけなければ。
 首都高八重洲で出て八重洲西駐車場に車を止めて、車台裏をズボンの汚れを気にしながら覗き込んだ。案の定、追尾装置が貼りつけてあった。
 大丸百貨店に向かいながら、「やはり追尾装置が見つかった。気づいていない振りをするために、そのままにしておこう。盗聴装置は見当たらないので、行きの車の中での会話は洩れていないと思うが、会話には十分気をつけよう」生実は小暮さやの腕をとりながら言った。
「そうねー。それにしても誰が何のためにしているのか見当もつかないわ」
「んー、まあ、そこのところはしばらく様子を見るしかないね。命を狙われているという感じじゃないから」
「その通りね。ところでどこへ行くの?」
「デパ地下さ。今夜のお惣菜。中華料理をね。君もどう?」
「私はいい。外食にする。それにしてもほとんどパパという雰囲気ね。男性の家庭的な面を見るのも悪くないわね。わたし、生実さんを見直しちゃう」
 新川町のアパートの前で小暮さやの頬にキスをする。ドアを開けながら「さっきのお褒めの言葉にたいしてキスを一つ」といってウィンクする。「じゃあ、連絡を待ってるよ」さやは微笑んで投げキスを返してきた。

映画 ロビン・ウィリアムズ「RV(‘06)」

2007-01-14 10:51:03 | 映画


 RVは、Recreational Vehicleレクリエーション用車両のことで、日本ではほとんど見かけない。大型バスぐらいの大きさで、キッチン、トイレ寝室、ソファなど生活に不自由しない設備が備わっている。

 数年前の北海道支笏湖畔でこのRVの持ち主の外国人(国は分からないが、日本語は流暢だった)と話しをしたが、彼曰く「日本ではRV用のキャンプ場が少なくこの車での旅は不便だ。それに車のベッドより、テントで大地を感じながら眠るほうが好きだ」というものだった。私もキャンプはよく行くが、大地で眠る心地良さはよく分かる。

 で、この映画ハワイへの家族旅行が一家のあるじの仕事の都合で、RVでコロラドまで行くはめになる。その過程のドタバタを描いたもの。気楽に観て笑っていればいい映画だ。

 ロビン・ウィリアムズだけの映画でもない。その妻を演じるシェリル・ハインズ、息子を演ずるジョシュ・ハッチャーソンや娘を演じるジョナ・ジョジョ・レヴェスクなど初めて見る顔もお目にかかれる。
 ジョジョはポップ・スターでなかなか可愛いし歌もうまく作曲もするそうだ。

 監督 バリー・ソネンフェルド1953年4月ニューヨーク生れ。‘91「アダムス・ファミリー」で監督デビュー、’97「メン・イン・ブラック」がヒットする。製作にボビー・コーエンがあたり、ソネンフェルドとはニューヨーク大学映画学科の同窓生。
 キャスト ロビン・ウィリアムズ1951年7月シカゴ生まれ、’87「グッドモーニング、ベトナム」がヒット
 シェリル・ハインズ1965年9月フロリダ州マイアミビーチ生まれ
 ジョシュ・ハッチャーソン1992年10月ケンタッキー州ユニオン生まれ
 
ジェフ・ダニエルズ1955年2月ジョージア州生まれ
 クリスティン・チェノウェス1968年7月オクラホマ州ブロークンアロー生まれ
 ジョナ・ジョジョ・レヴェスク1990年12月バーモント州バトルボロ生れ