砂と泥で作った頭と腕と脚。だがほかの部分、首から下の胸と下腹は本物だった。こうしてダーティ・サリーと仮の名で呼ばれる女の死体が発見される。そうこうするうちにテキサス州オースチンに住む裕福な男たちの元に、腕の一部や脚の一部が何者かによって届けられる。
捜査の責任者は、停職明けのオースチン警察殺人課部長刑事ダン・レリス。細い糸をたどりながら行き着いたのは大物だった。ところがとてつもなく大きな壁だった。犯人や証人の多くが死んでいて、この大物を豚箱にぶち込むよりどころがなかったうえ、レリスも罠にはめられ売春婦とのファックを撮られていた。
この大物がレリスに囁く「きみには州レベルの地位を約束しよう。今はどんな仕事をしているんだったかな? あまり急に大きな変化はないほうがいいだろうな? 殺人課の課長なんか、どうだ? それがいやだとなると、きみは悲劇的な死を遂げることになる。なにかの事故にあってね」レリスは何も答えられない。悄然と立ち去るしかなかった。
「警察に勤めて十一年の間に接したすべての犯罪の被害者を思う悲しみ。それらの魂を救ってやることが出来なかった。一人の悪人に裁きを加えることも出来なかった。自分が失敗したことを認めなければならない悲しみだった」感傷に浸りながら振り返ると、死んだ先輩刑事の妻だった魅力的なレイチェルが微笑んでいた。悲しみの中に安息を見出したようだった。
ダークな警察小説といってもいい。「ある警官が“全部”やっているという意味は警察の人間には明らかだ。ギャンブル、収賄、金のためや気晴らしに町の人間を殴る、売春婦を脅して無料でサービスさせる。ほかの警官の不正行為をかばってやる。押収した物品を横流しする。ほかにも一般市民が夢にも思わないような無数の不正行為がある。だがコカインとなると、話は別だ。たとえ売春婦をレイプしたとしても、麻薬にさえ手を出していなければ無事に済むのだ」というわけ。
そんな集団の中で苦労をするレリス刑事とはどういう男か。父親はマフィアの下働きのようなことをしていたが、何かまずいことになってテキサスに流れてきた。母親はレリス十歳のとき家出をして行方は分からない。犯罪組織に恨みを持っていたレリスは、FBIに入ろうとするが、父親のギャングとの交際がそれを阻む。ならば警察なら採用されるだろうというわけで警官になった。
腕は立つが性格が激しやすく荒っぽいところがあってたびたび問題を起こす。レリスの唯一の慰めは、ドラムを叩くことだった。「おれのレコードのコレクション――リズム&ブルースとロックンロールを中心とする、メンフィス・ミニーからローリングストーンズ、スティーヴィ・レイ・ヴォーンにいたるレコードが、おれにとって唯一意味のある持ち物だ。ドラムと、ドレッサーの引き出しにしまってあるおふくろの写真――映画スターのような大判のブロマイド――を除くと、レコードの存在だけがこの家をおれにとっての我が家と思わせている。ロックンロールは自分たちを抑圧しようとする〝男〟との対決の音楽だ。警察学校を卒業したおれは、その〝男〟になった。警官の制服を着ていると、どこに行ってもいやな顔をされた。だから制服を着て出かけていって力いっぱい犯罪者を抑圧し、家に帰ると大音響で〝ザ・フー〟をかけてドラムを叩いた」
これはアメリカの話と思っていると大間違い。日本の警察だって、相手にするのは犯罪者でいつ何時悪の手にからめ取られるか、あるいは自らどつぼにはまるか心しないと大変なことになるのは間違いない。一般のホワイトカラーのサラリーマンの世界とはまったく違うダークな世界は、それはそれで小説にすると面白いものだ。ご都合主義のところがあるが、エンタテイメントとしては読んで損はない。
著者は、1963年生まれ。舞台俳優、タクシー運転手、DJ、編集者などを経て、2004年に本書で作家デビュー。ダン・レリス・シリーズは、第三作目まで上梓されている。二、三作目は未訳のようだ。