謎の人物ジェイ・ギャツビーの隣に住むニック・キャロウェイが語る、おぞましい人間模様なのである。
時代は1922年の夏の8月、もうすぐ30歳になろうとするイエール大学卒、証券会社勤務で独身のニック・キャロウェイの住まいは、ロング・アイランドの裕福な人が住むウェスト・エッグの数十本の木々が境界を示している内側に建つバンガローなのだ。そこにフィンランド人の家政婦を雇いニック一人が住む。
ロング・アイランドの先端部分は、海峡を挟んで二つに分かれている。ウェスト・エッグの対岸には、より裕福な階層が住むイースト・エッグがある。
ウェスト・エッグにあるお隣のギャツビー邸は、本の記述を引用しよう。「まさに壮麗と表すべき代物だった。ノルマンディーあたりの庁舎として使われている館を、寸分たがわず模倣して作られたような屋敷で、片側に塔があり、それはまだ生えそろっていないあごひげのごときツタの下で、いかにも真新しく光っていた。大理石造りのスイミング・プールがあり、40エーカー(おおよそ東京ドーム3.46個分)を超える芝生の庭が広がっている」
その広大な屋敷に住むギャツビーは、執事やコックや家政婦、庭師などを雇い32歳の独身の身である。
ある日のギャツビーのいで立ちは、白いフランネルのスーツ、銀色のシャツ、金色のネクタイというスタイルだ。金の匂いがふんぷんとするのは私だけか。
対岸のイースト・エッグには、白亜の瀟洒な邸宅が海岸沿いにまぶしく輝く中に、ニックの大学時代からの友人トム・ブキャナンの邸宅もある。トムの妻ディジーは、ニックの又従兄弟(またいとこ)に当たり「彼女の顔は切なげで愛らしく、そこにはいくつかの輝かしい部分があった。輝かしい瞳、そして熱を含んだ輝かしい口元。しかしなんといっても、彼女を憎からず思っている男にとってまことに忘れがたいのは、その声にうかがえる心の高ぶりだった。歌うがごとき甘い無理じい、「ねえ、聴いて」という囁き、彼女がつい先刻このうえなく愉しい何かを終えたばかりなのだというしるし、そしてまた別の愉しくワクワクするものが、これから1時間ばかりは近くに控えているはずだという示唆」という本の記述。蠱惑的な小妖精と言ってもいいくらい魅力的な女性なのだ。
トムもディジーもニックも出自は、富裕な階層なのだ。誰も知らないがギャツビーは、貧困層の出自なのだ。彼は16歳で家を出た。心に秘めていたのは、良家の令嬢とめぐり合うことだった。
ディジーが独身で多くの男を魅了していたシカゴ時代に、陸軍将校ジェイ・ギャッツが(後にジェイ・ギャツビーと名乗る)としてディジーに恋をした。ギャツビーが受けた印象は「そこには富が幽閉し、大事に護る若さと神秘があり、数多くの衣装のもたらす新鮮さがあり、貧乏人たちのあくせくとした生活とは縁遠い高みで、安らかに誇らしげに、純銀のきらめきを放つディジーがいた」
その後第1次世界大戦末期、外地に派遣されたギャツビーとディジーの間に空白が生まれる。その空白は、ディジーにトム・ブキャナンとの結婚に踏み切らせる。
1920年から始まった禁酒法時代に、密輸で巨万の富を築いたジェイ・ギャツビーの劣等感が、ディジーの屋敷と対面する地所を買わせた。ギャツビーは、毎夜のように明かりを煌々と点して大パーティを開いた。
ギャツビーの顔見知りはわずかで、殆どは無料のシャンペンやワインや料理目当ての輩なのだ。楽団の演奏でチャールトンを踊る男と女で狂騒を極める。そんな喧騒も無関心なように海に突き出た桟橋から、対岸に光るディジーの住む桟橋の緑の光を眺めるのだった。
広大な地所、貴族が住むお城のような館であっても、心の空白は埋められない。ひたすらディジーの関心を求めてパーティを開く。ディジーからの反応はない。ギャツビーは意外に小心なところがあって、中性的な魅力の美女プロ・ゴルファーのジョーダン・ベイカーにディジーに会える算段を頼んだ。ジョーダンとディジーは親友なのだ。
ディジーとニックが遠い縁戚関係と知るジョーダンは、ニックの家にディジーを招き、そこに偶然ギャツビーが来訪したようにすればいいのではないかという意見だった。
それが実行に移された。5年の空白は、ギャツビーを変えていた。5年前あれだけ濃密な時間を過ごしたというのに、初対面のような応対なのだ。しかし、これが契機となってやがてディジーを愛していると公言するようになるギャッツビー。
トム・ブキャナンに秘密があった。鉄道線路と並行して走る道路の起点に不気味なメガネの広告看板がある。その前に自動車修理とガソリンスタンドを併設した店がある。
その店は、人相風体の貧しい男ジョージ・ウィルソンが経営している。その妻マートルは、30代半ばの肉感的で妖艶な女なのだ。トムはこの女と出来ているのだ。
その夏の酷暑と言ってもいい日、気まぐれにトム、ディジー、ギャツビー、ジョーダンそれにニックも加わりニューヨークに繰り出した。富裕層ご用達のセントラル・パーク・サウスと五番街の角にあるプラザ・ホテルのスイートひと部屋を借りる。
当時はエアコンなどはない。Tシャツ姿なんて想像外。スーツにネクタイ、しかもスリーピース。そんな暑い中、上着を脱いで額に汗を浮き出しながら口角泡を飛ばして、ディジーを巡ってトムとギャッツビーが大げんかを始める。
まるで一頭の雌ライオンを巡って取り合う二頭の雄ライオンという趣。拮抗する力は、結論を得ない。
トム・ブキャナンが言い放つ「いいから、お前たち二人で早く帰れ」ギャツビーとディジーが来るときに乗ってきた黄色い車で先発した。この黄色い車は、所有者がトムなのだ。ギャツビーの持つブルーの車をトムが運転している。
というのも出かけるときトムは聞く「それスタンダード・シフトかい?」そうだという返事で「じゃあ、運転させてくれ」といういきさつがあった。「スタンダード・シフト」がどういうものか、ネットでは分からなかった。おそらく、当時はマニュアル・トランスミッション(MT)車なので利便性を加えたものなのかもしれない。ともかく車を交換して往復することになった。
後発のトムが運転するブルーの車がジョージ・ウィルソンの店に近づくと、人だかりが見える。車を降りて見ると、女が死んでいた。カバーをはがして顔を見たとき、トムは凍りついた。女は不倫相手のマートルだった。
目撃者の話によると、夫婦喧嘩でマートルが家から飛び出してきたとき、猛スピードで走る黄色い車に撥ねられた。車はそのまま走り去ったという。ニックはギャツビーに聞いた。「運転していたのは、ディジーだった」
ここから特権階級面した金持ちの隠ぺいが始まる。トムは狡猾な奴で、マートルの夫ジョージに黄色い車はギャッツビーだと囁く。それ以後、ジョージの行方が判らなくなる。
ニックがギャツビーに「さよなら 朝食をありがとう、ギャツビー」と言ったのが最後の言葉となった。ニックが何度もギャツビー邸に電話をかけた。本人が捕まらないのでギャツビー邸を訪れた時、ギャッツビーとジョージの死体が発見されていた。拳銃がジョージの傍らに落ちており、ギャツビーの弾痕からジョージが犯人であることは明らか。
ギャツビーの死は、大きく新聞報道された。ところが誰一人弔問の電話や来訪がなかった。あのディジーすら全くない。それどころかトムとともにシカゴに旅立ってしまった。ニックひとりがギャツビーを葬ったのだ。
貧しい階層の出で成り上がり者とみなされ、寄ってたかって貪りつくした金持ち連中の寒々とした心が感じられる。いつの時代も同じで、人間の浅はかさに限度はなさそうだ。
この「グレート・ギャツビー」は、スコット・フィッツジェラルドの代表作で、現在ではアメリカ文学を代表する作品の一つであると評価されている。
この作品をベースに二度映画化されている。1974年「華麗なるギャツビー」ロバート・レッドフォード、ミア・ファーロ、ブルース・ダン、サム・ウォーターストンが主なキャスト。原作を忠実に描いている。男優の顔に汗が浮いているところまで忠実なのだ。
2013年「華麗なるギャツビー」レオナルド・ディカプリオ、キャリー・マリガン、ジョエル・エドガートン、トビー・マグワイアが出演。こちらはニックが、回想文を書くという設定。いずれも最後は、非常に寂しい幕切れである。
映画を観るとき、いつも挿入されている音楽に関心があるが、1974年の「華麗なるギャツビー」では、「What'll I Do」が頻繁に小さく流れていた。
この「What'll I Doどうしたらいいの」は、「ホワイト・クリスマス」「ゴッド・ブレス・アメリカ」「イースター・パレード」などで知られ、アメリカを代表する音楽家と言われるアーヴィング・バーリンの作曲。この曲をカバーして最もよく知られるのがフランク・シナトラ。そのシナトラでどうぞ!
What'll I do どうしたらいいの
When you are far away あなたが遠くにいるとき
And I am blue 私は落ち込んじゃう
What'll I do? 何をどうすればいいの
What'll I do? どうしたらいいの
When I am wond'ring who 誰かがあなたにキスしようと
Is kissing you あなたにキスをする
What'll I do? どうすればいいの
What'll I do with just a photograph 悩みを打ち明けるのに、あなたの写真だけ
To tell my troubles to? 悩みを打ち明けるには?
When I'm alone 一人ぼっちのとき
With only dreams of you あなたの夢だけで
That won't come true それは叶わない
What'll I do? どうすればいいのだろう
What'll I do with just a photograph
To tell my troubles to?
When I'm alone
With only dreams of you
That won't come true
What'll I do?