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イギリス本土から百キロほど北にあるシェトランド諸島。産婦人科医のトーラ・ガスリーは、死んだ愛馬を埋葬するために自宅の庭を重機で掘っていた。そして掘り当てたのは女の死体だった。しかも心臓が抉り取られていた。その死体に三つのヴァイキングのルーン文字が刻まれていた。
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この謎を追ううち、怪しげな宗教としか思われない伝承に絡む事件に巻き込まれていく。こういうテーマは私の苦手とするところで、事件よりも風景とか、会話とか、食事に何を食べるのかとか、どんな服装か、それにユーモアがあるかが関心事になった。細やかな描写には嬉しかった。
食べることについては、こんな場面がある。”ヘレン(ダンディ署警部)が海に向けて置かれたベンチを指差すのを見て、そこに腰をおろした。ヘレンの手にはコーヒーの入った大きな紙コップと、白い紙ナプキンと、油の染みがついた紙袋を持っている。
「ロブスター・ロール」ヘレンはすまし顔で言った。「今朝とれたロブスターのサンドイッチよ」素晴らしい朝食だった。濃い目の苦いストレート・コーヒーには、薬のような効果があったし、焼きたてのやわらかな白パンには、塩気のきいた温かなバターが滴るほど塗ってあった。それを頬張る私の唇は、上等のタルカム・パウダーをはたいたように小麦粉だらけになっているに違いない。身がしまったロブスターは甘く、その一口だけでもご馳走と言うに充分だった”
このブログを書いている午前11時過ぎにこういう文章に出会うと、高価な和牛のステーキよりもコーヒーとバターの匂いと白いパンの味が現実味を帯びる。そう言えば、スリランカで食べたロブスターはそれほど甘くなかった。
それに適度のユーモアも交えてあってホット一息つける文章になっている。ただ、このユーモアも緊張した場面にも現れるのが欠点かな。
ついでにもう一つ、“へレン が戸口に立っていた。男物仕立ての黒のパンツスーツにルビー色のブラウス。すてきだった”
女性の服装は、女性が描写するのが一番ぴったりくる。残念ながら「凶弾」の逢坂剛の女性の服装とは雲泥の差がある。ストーリーのほうは謎解きで読み飽きることはなかった。