自宅近くの雪原をクロスカントリー・スキーで落日を楽しんだアンダーソン夫妻。共に老いたアイオーナ・アンダーソン(ジュリー・クリスティ)とグラント(ゴードン・ビンセント)は、食事の後片付けで妻がフライパンを冷蔵庫に仕舞うのを見て精神科の診断を受ける。初期のアルツハイマー病だった。フィオーナは、施設に入ることを決心する。
この施設では、慣れるという意味で30日間は家族の面会禁止の規定がある。その30日間ルールが明けて施設を訪ねたグラントが眼にしたものは、妻の変化だった。オープリーという男性の横でカードゲーム・ブリッジの世話を焼いている姿だった。
日増しに悪化するフィオーナの病状。しまいには、夫を施設の職員と間違う始末。オープリーの突然の退所にフィオーナの落胆振りは深刻な事態を示した。妻の平穏を考えると、オープリーが必要だと判断したグラントは、オープリーの自宅を訪問して、妻のマリアン(オリンピア・デュカキス)と施設に戻す相談をする。マリアンは言う。「戻せばお金がかかって、この家を売らなきゃならない」いろんなことがあって、結局一時的に快方に向かうという話で終わる。
この映画の監督・脚本を担当した若き女優サラ・ポーリーには驚く。彼女の製作時の年齢27歳から考えると、この題材を取り上げたこと、出演者の年齢もサラより遥かに高い人たちだということにも。
映画の根底にあるのは、男と女の接点はセックスという視点にあるように思えてならない。露骨な言葉や場面はないが、台詞に散りばめたニュアンスにうかがえる。大学教授だったグラントは、片っ端から女子学生と寝ていたという身勝手な男。
フィオーナの入所日、担当職員を厄介払いする言葉。「よければ、夫と別れの挨拶をしたいの。この44年間で1ケ月も離れたことがないので、大事件だわ」そして夫に向かって「お願い、私を抱いてから行って欲しいの。そうでなければ涙だが止まらなくなるわ」(この部分は原作にはない)
施設入所者の間で男女関係に発展することもよくあることと看護婦が言う。しかも男性のベッドに女性が押しかけるとも。さらに、マリアンがダンスパーティの誘いをグラントにしてくる。その時の台詞の一部に「あなたが既婚者でも別に構わない。私も人妻だけどデートしても罪じゃないわ」とか、ダンスをしている時も「私はスリルを求める女よ」明らかに誘っている言葉だ。ドライブの車の中でグラントに「あなたの人生を決めないと……」禁欲生活が続いていた二人は、ベッドを共にする。
終わった後の二人の表情が対照的。マリアンは、「何の話をしてたっけ?」といいながら泣き出す。一方グラントは、笑顔で声を出して笑う。女はうれし泣き、男は心の解放での笑みと思う。妻や夫が痴呆で入院しているというのに、しかもそれぞれの患者の夫と妻がセックスに耽るのは容認できないという人もいるだろう。
しかし、私はごく自然なことだと思う。性別や年齢に関係なく木の幹がセックスで、分かれ出ている枝は愛や温もり癒しや希望、反面落胆や嫉妬に憎しみ哀れみ殺意までもぶら下がっているという考えがあるからだ。
一つ心残りがあって、それはラストでオープリーを車椅子に残したまま、グラントがフィオーナの病室に入る。そこには一時的ではあるが正気を取り戻したフィオーナがいた。映画はここで終わる。一体オープリーは、マリアンはどうなるのだろうか。尻切れトンボで、マリアンやオープリーに残酷な気がしてならない。夫婦の深い愛を描いた感動作に仕上がっていて、‘07アカデミー主演女優賞にジュリー・クリスティ、脚色賞にサラ・ポーリーがノミネートされた。驚くべき才女が現れた。
監督・脚本サラ・ポーリー1979年カナダ、オンタリオ州トロント生まれ。’03「死ぬまでしたい10のこと」に主演。「アウェイ・フロム──」の原作は、アリス・マンローの短編「イラクサ・新潮クレストブック」の中の「クマが山を越えてきた」。
ジュリー・クリスティ1941年インド、アンサム州チュークア生まれ。‘65「ダーリング」でアカデミー主演女優賞受賞。
ゴードン・ビンセント1930年カナダ生まれ。
オリンピア・デュカキス1931年マサチューセッツ州ローウェル生まれ。’87「月の輝く夜に」アカデミー助演女優賞受賞。‘88大統領選に出馬したマイケル・デュカキスはいとこ。
サラ・ポーリー