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読書「ボタニストの殺人THE BOTANIST」M・W・クレイヴン著 ハヤカワ・ミステリ文庫2024年8月刊

2024-12-28 11:30:24 | 読書
 ボタニストとは、「植物学者」。殺人予告に花の絵と押し花が同封されることから犯人像をそう呼ぶ。実際に犯人とされる人物は、創薬科学者で頭抜けて頭のいい男フレデリック・ベック。頭が狂っているのは確かだが、殺人方法は通常の処方薬に似せた劇薬をカプセルに入れるというもの。しかもその薬が胃の中に入っても、時間の調節も可能というから実に恐ろしいのである。

 頭のいい犯罪者に向かう捜査機関は苦労させられる。しかし、強力なメンバーを持つNCASCA(国家犯罪対策庁重大犯罪分析課)には、ワシントン・ポー部長刑事、ステファニー・フリン警部、ティリー・ブラッドショー分析官たちが、緻密な分析と卓越した判断力でまるで鋭い嗅覚の猟犬のように事件を追う。

 ここに同時に二つの事件を抱え込む事になったNCASCA。ボタニスト事件とポーと親しい病理学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で拘束される事件なのだ。ポーとドイルは微妙な関係でいる。恋愛感情の萌芽が見え始めているという段階。

 この著者は、ワシントン・ポー、ステファニー・フリン、ティリー・ブラッドショーの具体的な容貌の説明がない。過去の作品であったかもしれないが、覚えていない。ポーは周囲が羊の放牧場で古民家のような家に一人で住んでいて、年齢は40代後半の気がする。フリン警部も子供が生まれたというからポーと同年代かもしれない。ブラッドショーはまだ20代の天才数理学者。世間知らずなところがあって周辺に波乱を起こす。

 巻末の解説に「読んでいる最中ずっと楽しい。振り切った娯楽小説である」と書評家の酒井貞道が述べている。まさのその通りで、活字を追うのが楽しい。そして物語の流れは、意外性を伴って二つの事件が完璧につながるのは見事。男女のほのぼのとしたやりとりに、自らの若き頃を思い出しながらニヤリとするのである。また、ワシントン・ポーのお気に入り曲スティック・リトル・フィンガーズの「ティン・ソルジャーズ」ということなので気持ちは若々しいということだろう。その曲を聴いてみましょう。

 著者マイク・W・クレイヴン(Mike W. Craven、1968年 - )は、イギリスの作家。彼は、Washington Poe シリーズと DI Avison Fluke シリーズの著者で、2019年には、小説『The Puppet Show』が犯罪作家協会ゴールドダガー賞を受賞した。
 クレイヴンはカーライルで生まれ、ニューカッスルで育った。16歳で英国陸軍に入り、1995年に除隊し、犯罪学、心理学、薬物乱用を専門とするソーシャルワークの学位を取得した後、ホワイトヘブンのカンブリア保護観察局に保護観察官となった。16年間の勤務の後、副最高経営責任者の地位のあと作家に転進。
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読書「死はすぐそばにCLOSE TO DEATH」アンソニー・ホロヴィッツ著 創元推理文庫2024年9月刊

2024-12-16 11:02:27 | 読書
 ロンドンの高級住宅地リッチモンド。その中のテムズ川に面したリヴァーヴュー・クロースというアーチ型の電動門扉に守られた一画がある。川べりに鬱蒼とした樹林があって、リヴァーヴューと謳いながらテムズ川が見えない詐欺的ネーミングの場所なのだ。

 その中に花壇を取り囲むように、6軒の大小様々な瀟洒な住宅が建ち並んでいる。時計回りに歯科医のロデリック・ブラウンとその妻フェリシティ。特異な古書店を営むメイ・ウィンズロウとフィリス・ムーアの二人の老夫人。元法廷弁護士のアンドリュー・ペニントン。チェスのグランドマスターアダム・シュトラウスとテリ夫妻。医師のトム・ペレスフォードと宝飾デザイナーの妻ジェマ。最近引っ越してきたテムズ川に面した広大な敷地に建つヘッジハンドマネージャー ジャイルズ・ケンワージーとその妻リンダの家族。

 早朝午前4時、リバーヴュー・クロースの住民をたたき起こしたのがヘッジファンドマネージャーのジャイルズ・ケンワージ。ポルシェから鳴り響く2016年に活動を休止したワン・ダイレクションの「Best Song Ever」なのだ。他の住民からは非常識だの声が上がる。これだけではない。私道(勿論ケンワージー家の)に止めた車のせいで、医師のロデリックが出勤の時苦労するという。ある時そのせいで救急患者が死亡するということもあった。本人に抗議しても、馬耳東風で誠意のない態度をとる。そこへ景観を壊すであろう、プールの造成ときた。住民たちの不満が沸点に近づいた。

 そんな時、クロスボウで喉を射抜かれて殺されたジャイルズ・ケンワージーが発見された。担当するのはロンドン警視庁の顔ともいえる存在のタリク・カーン警視。有能なカーン警視にしてもリバーヴュークロースというある意味密室殺人に近い状況は難題と言える。助手のルース・グッドウィン巡査が察したように「ホーソーンを呼んだらどうでしょう」。

 かくしてホーソーンと助手のジョン・ダドリーの登場となる。私は退屈な気分とともに活字を追っていた。やっと事件が起こった。住民全員が容疑者であり、密室ミステリが展開され、二転三転の末ようやく結末に至る。不満もないわけではないが、ラストシーンが秀逸なのだ。その場面を読んでいて映画の一シーンを思い出していた。それは「第三の男」のラストシーンなのだ。1949年にジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ、名優オーソン・ウェルズの出演で製作された。ほんとに印象的なシーンだった。「第三の男」の詳しいことはウィキペディアで、ラストシーンはYouTubeにありますので載せておきます。

 また、密室ミステリについて著者は、「近年になってわたしは、最高の密室ミステリは日本から生まれていると考えるようになった」として、島田荘司「斜め屋敷の犯罪」やこの分野の名手として横溝正史の「本陣殺人事件」を作中で言及し、とてつもない才能だと絶賛している。なかなか嬉しい指摘ではある。それでは大音量で住民の目を覚ましたワン・ダイレクションの「Best Song Ever」を聴いていただきましょう。

 著者のアンソニー・ホロヴィッツは、イギリスを代表する作家。ヤングアダルト作品(女王陛下の少年スパイ!アレックス)シリーズがベストセラーに。また、人気テレビドラマ「刑事フォイル」の脚本、コナン・ドイル財団公認の(シャーロック・ホームズ)シリーズ新作長編「シャーロック・ホームズ 絹の家」などを手掛ける。アガサ・クリスティへのオマージュ作「カササギ殺人事件」では「このミステリーがすごい」「本屋大賞(翻訳小説部門)の1位に選ばれるなど、史上初の7冠を達成。その続編の「ヨルガオ殺人事件」も絶賛を博した。また、( ホーソーン&ホロヴィッツ)シリーズ「メインテーマは殺人」「その裁きは死」でも、年末ミステリランキングを完全制覇している。


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読書「告発者The Whistler」ジョン・グリシャム著 2024年11月新潮文庫刊

2024-12-04 13:27:40 | 読書
 司法審査会に告発状が届けられた。女性判事のクローディア・マクドーヴァーの不法な手段で私腹を肥やしているというもの。その背景には広大なインディアン居留地にあるカジノ、ゴルフ場、ショッピングモール、高級マンション群を支配しているマフィアのヴォン・デュボーズの存在がある。

 司法審査会は、調査に権限はあっても捜査の権限はない。従って銃の所持はない。しかし、調査の結果判事を辞めさせることはできる。そして今、調査官のレイシー・ストールツは、予算削減のあおりを食らって公用車廃止で自前の車、トヨタ・プリウスのハンドルを握っていた。衛星ラジオからはソフト・ジャズが流れている。助手席には黒人の大男ヒューゴー・ハッチが眠っている。四人の子持ちで最近生まれた子の夜泣きに悩まされ、睡眠不足を補うのがこの長距離出張なのだ。

 フロリダ州にある観光都市セントオーガスティンのマリーナに着いた。パナバ帽の下からもじゃもじゃとした髪がはみ出し、ショート・パンツにサンダル、派手な花柄のシャツ、太陽の下で長時間過ごす皮膚が赤銅色でパイロット・サングラスをかけた60代の男がうなずいて握手の手を出してきた。この男が告発者の元弁護士のグレッグ・マイヤーズ。

 レイシー・ストールツは34歳の美人。自らも認識していて、それを大いに利用してもいる。とはいっても私生活は良好にコントロースしていて、ベッドへの誘いは簡単には応じない。こういうタイプの女性はツンとしていて、近寄りがたい印象を持つがストーリー展開でも気の利いたユーモアも発していないことから、ジョン・グリシャムの人物造形もツンツン女なのだろう。

 そんなある日、司法審査会の委員長マイクル・ガイスマーに電話があり、カジノに勤務するインディアンと言い情報があるという。そこでレイシーとヒューゴーが出向いた。午後10時56分、情報提供者の男が指示を出してきた。対向車とぎりぎりすれ違える細い道を走ると、ヘッドライトに浮かび上がったのは古びた金属壁の建物だった。車を降りて近づくと影に男がいた。目深にキャップをかぶっていて、顔は見えない。男はいろいろと質問をしてきたが、突然姿を消した。なんの収穫もなかった。

 二人は元の道に戻った。突然強烈はヘッドライトの光を浴びると同時に衝突の衝撃でプリウスは180度回転した。助手席のヒューゴーはシートベルトの故障でフロントガラスを突き破り瀕死の状態。レイシーもエアバッグが作動して顔面に裂傷を負い気を失った。救急搬送の結果、ヒューゴーが死に、レイシーは一命をとりとめる。二人が所持していたスマホが発見されないこととレイシーのおぼろげな記憶の二人の男の存在から、殺人事件とされFBIの手に渡る。

 レイシーに気のあるFBIタラハシー支局特別捜査官アリー・パチェコが精力的に動き始める。上下二巻の文庫本で下巻の方は、淡々とFBIの捜査が進捗する様子が描かれるが、全体に余情も乏しいし迫力も感じなかった。レイシーをもう少し魅力的に描かれればいいかもしれない。当然こういう設定では悪は滅びるのである。

 そしていつも感じることではあるが、ミステリー本とはいいながらそれぞれの国の現実が垣間見られることだ。この本から拾い上げてみると、インディアン居留地のタッパコーラ族の話が出てくるが、今彼らをネイティブアメリカンと呼び人種差別はないよと言いたげだが、ジョン・グリシャムによると、彼ら自身は「インディアン」と自称しているらしい。そりゃそうでしょう500年以上も前にコロンブスが大陸を発見した時、先住民たちを「インディアン」と呼んだんだから、誇り高きインディアンなのだ。

 最近では「自家用車」という言葉を聞かなくなった。一家に一台の車が当たり前になったからかもしれない。とはいっても車によるランク付けはあるように思える。悪徳判事クローディア・マクドーヴァはレクサス、レイシーはプリウスが全壊したので、マツダのハッチバックに買い替えた。かつての公用車がホンダ車だ。ジョン・グリシャムはよほど日本車が好きなのか。

 それとデートでワインを飲む。レイシーとパチェコとの食事もワインが欠かせない。アメリカ人もヨーロッパ人並みになったのか。そんなあれやこれやを考えるというわけ。

 では、気を取り直してスロー・ジャズでも聴きますか。Beegie Adairの「スター・ダスト」なんかは如何でしょう? こういうスローテンポの曲を聴くと、20代か30代に戻って目と口元がキレイな女の子と踊ってみたい気もするが!!!どうぞ想像をたくましくしてお聴きください。

著者ジョン・グリシャムは、1955年生まれ。ミシシッピ州立大学、ミシシッピ大学ロースクールを卒業。’81から’91年まで弁護士として活躍、’84から’90年まではミシシッピ州下院議員もつとめた’89年に「評決のとき」を出版し作家デビュー。著作に「法律事務所」「ペリカン文書」「依頼人」「自白」「危険な弁護士」など多数。

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読書「正義の弧DESERT STAR」マイクル・コナリー著2023年講談社文庫刊

2024-09-09 11:19:26 | 読書
 現役を引退して私立探偵業を営むジャズ好きなハリー・ボッシュ宅を訪れたのは、ロス市警未解決事件班担当刑事のレネイ・バラード。チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、クリフォード・ブラウン、マイルス・デイヴィスなど、いずれかの曲が針を落とすLP盤からの音楽が部屋を満たしているのが常なのだ。

 しかし、今回は違った。ハリーは静かな部屋で処方薬を飲んでいたのだ。呼び鈴を鳴らして顔を見せたバラード。「音楽はかけてないの?」状況からみて愚問ではあるが、人は往々にして愚問を発する。とはいってもバラードは無能ではない。かつてボッシュとコンビを組んで多くの事件を解決してきた。

 今回市会議員ジェームズ・パールマンの妹サラが1994年に殺害された事件の再捜査とともに、当議員の肝いりの未解決事件班創設時の責任者としてレネイ・バラードが選ばれた。カリフォルニア州は民主党の青い州でおそらく警察予算の縮小の憂き目にあっているのだろうか、未解決事件班の構成はバラード以外はボランティアとして務めている。ハリー・ボッシュも例外ではない。現実の民主党政治がマイクル・コナリーの著作にも影を落としているという好例。

 ハリー・ボッシュがジャズ好きということもあって、文中に音楽に関する記述もあって楽しませてくれる。ボッシュは午前中なかばの比較的車の流れが穏やかな時間帯を、北に向かって405号線を走っていた。ボッシュは古いチェロキー・ジープを愛用している。車載オーディオからシェリー・バーグ・トリオが演奏する「ブラックバード」が単調なドライブを助けてくれる。

 また、別の日バラードが朝ボッシュ宅に立ち寄ったとき、「あなたがかけていたのは、プロコム・ハルム?」から会話が始まった。プロコム・ハルムは、イングランドのロックバンドでデビュー曲が、「青い影」でヒットした。この曲は多くのアーティストがカバーしている。私も好きな曲の一つ。

 市会議員ジェームズ・パールマンの妹サラ・パールマン殺害事件は、あろうことか未解決事件班の一員である元サンタモニカ警察のテッド・ロウルズの自殺によって解決した。ボッシュが執念で追うギャラガー一家殺害事件。フロリダ州マイアミまで犯人フィンバー・マクシェーンを追い、拳銃を構えている犯人にドライバーで突き刺し息の根を止めた。簡潔な文章と巧みなストーリー展開で、相変わらず魅了するマイクル・コナリーを満喫した。

 それではシェリー・バーグ・トリオが演奏する「ブラックバード」とプロコム・ハルムの{青い影」を聴いてみましょう。


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読書「グレイラットの殺人DEAD GROUND」M・W・クレイヴン著ハヤカワ・ミステリ文庫2023年刊

2024-08-13 08:35:59 | 読書
 映画俳優のショーン・コネリー、ダニエル・クレイグ、ジョージ・レーゼンビー、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナン、ロジャー・ムーアの面をかぶった男六人が金庫室に侵入した。近頃は貸金庫のサービスのある銀行が少ない。男たちが侵入したのは、人材派遣会社が所有する施設だ。

 何かを盗み出すのではなく、ティモシー・ダルトンの面をかぶった男の死体を置くためだった。読み手はハナから????の状態。一方、国家安全対策庁の重大犯罪分析課部長刑事ワシントン・ポーと分析官のテイリー・ブラッドショーの二人は、保安局MI5として知られている国内治安維持を担当する情報機関が指揮する殺人事件補佐する役割でカンブリア州まで出向いた。出向いたというよりMI5の出来の悪い男に連れてこられたというのが実際かもしれない。

 カンブリア州のカーライルで死体で見つかったのは、クリストファー・ビーアマン。よりにもよって古びた袋小路に建つ棟割り住宅だった。クリストファー・ビーアーマンは、ヘリコプターの会社を経営していて、この地方で近々首脳会談開催の予定があり、参加者の空港から送迎を受け持っていた。そんな背景もありMI5が主導することとなっている。当然おかんむりなのが地元カンブリア警察。どこにでもある省庁間の縄張り意識。

 そんな些細なことには馬耳東風のポーとティリーのコンビは、この二つの殺人事件を追う。まるで絡み合った糸くずをほぐすように、複雑なこのシリーズ「ストーンサークルの殺人」「ブラックサマーの殺人」「キューレーターの殺人」に続くこの四作目も堪能した。

 著者のマイク・W・クレイヴンは、イギリス・カンブリア州出身の作家。軍隊、保護観察官を経て2015年に作家デビュー。2018年の「ストーンサークルの殺人」で英国推理作家協会賞最優秀長編賞ゴールドダガーを受賞した。

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読書「弁護士の血TEH DEFENCE」スティーヴ・キャヴァナー著2015年ハヤカワミステリー文庫2015年刊

2024-07-23 09:09:37 | 読書
 わたし弁護士のエディ・フリン。今ニューヨーク・ブロンクスの中でも特に貧しい地域に車のマスタングを停め、荒れ果てた二階建ての家に向かった。ロシアン・マフィアからかすめ盗った90万ドルが入ったダッフルバッグを玄関前に置き呼び鈴を鳴らした。中から足音が近づいてくる。私はきびすを返して、マスタングを発進させた。バックミラーに目をやるとハンナ・ダブロウスキーが見える。ダッフルバッグの上に置いた手紙を読み終えて視線をマスタングに注いだ。マスタングは角を曲がろうとしていた。私はせめてもの償いをしたつもりだ。

 私の人生で最大の失敗の生きる証人がハンナなのだ。深夜の地下鉄構内でハンナをレイプしようとした男テッド・バークリーを弁護して、この男に潜む残忍な本性を予見していながら、無罪を勝ち取った。これが大きな誤りだった。警察から渡されたテッドのパソコンを返すためにハンプトンズの別荘を訪れたとき、ハンナが縛られ瀕死の重傷を負っている場面に遭遇した。警察と救急車を呼んだが醜くなったハンナの顔の傷と心の傷は回復しなかった。

 犯人のテッドは20年の禁固刑、エディには6か月の業務停止と夜な夜なハンナの姿が夢に出てくるようになった。ニューヨークのロシアン・マフィアのボス、オレク・ヴォルチェック殺人容疑の弁護を私の娘エイミーを人質に取られ強制されている今、エイミーとともにハンナも夜な夜な夢に出てくる。

 そんな重荷を抱えるエディ・フリンではあるが、若かりし頃はかなりヤバいこともやっていた。一流の詐欺師であり、スリであり、腕力も強いときている。かつての業と弁護士の経験を加え、このロシアン・マフィアのボスを叩き潰す方策を手探りながら確立しようとしている。

 陪審員には詐欺の手口の応用、マフィアたちにはスリの手口で、スマホや財布や起爆装置を抜き取ったりすり替えたりする。そして審理無効の裁判。マフィアのボスを助けた。ほとんどが法廷場面ながら、法廷の爆破というエンターテイメントもサービスされていて、興味深い展開に時間を忘れる。

 著者のスティーヴ・キャヴァナーは、北アイルランド・ベルファスト生まれ。皿洗い、警備員、用心棒、コールセンターのオペレーターなどの仕事を経て、弁護士事務所で働く。本書がデビュー作となり、北アイルランドの優れた芸術作品を表彰するNorthern Ireland Arts Council's ACES Awardを受賞。五つの言語、九つの国で刊行されている。

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読書「アンダーワールドUSA Blood's a Rober」ジェイムズ・エルロイ著 文芸春秋2011年刊

2024-07-09 10:39:41 | 読書
 悪い奴らはどこにでもいる。アメリカ大統領も、FBIとFBI長官も、警察も、当然のことながら犯罪者も、左翼も、右翼も、私立探偵も。そして男も女も。「飛んでいくタマ(弾丸)を呼び戻すことはできない」と豪語するLA市警スコッティ・ベネット強盗課刑事。

 1964年2月24日 午前7時16分南ロサンジェルス黒人居住区、ミルク配送車が右に鋭く曲がり、縁石をこする。運転手はハンドルをとられた。ブレーキが強く踏まれる。後輪が横滑りする。そこへウェルズ・ファーゴの現金輸送車が追突する。ミルク配送車の黒人の運転手がよろよろと出てくる。現金輸送車の白人の警備員3人が様子を見に出てくる。事故の後方に停まっていた62年型フォードから目だし帽と手袋、ゴム底の靴といういで立ちの三人の男が出てくる。

 銃撃戦になる。残ったのは四人の警備員の死体と強盗犯三人の死体。強盗犯の生き残りの一人が三十の現金袋とエメラルドが入ったアタッシュケースを持ち去った。警察無線を傍受して現場に最初に駆け付けたのがスコッティ・ベネット刑事。この刑事は撃ち殺した強盗犯の数を、シルクの蝶ネクタイに刺繍している。今のところ14。犯人をようとして捕まえられず迷宮入りの公算。

 時代は1968年、この年の大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンが勝利する。FBI長官は耄碌し始めたJ・エドガー・フーヴァー。第33代大統領ハリー・S・トルーマンは「ゲシュタポや秘密警察は欲しくない。FBIはその方向に向かっている。彼らはセックススキャンダルと明らかな脅迫に手を染めている。J・エドガー・フーヴァーは優位に立つためなら右目すら差し出すだろう。上院と下院の全ての議員は彼を恐れている」と。

 この本の主な登場人物を見て驚いた。48名も列挙してあるではないか。名前なんて覚えられない。いちいち主要登場人物表の参照と相成る。面倒くさい。フーヴァーの手足となって動くのはドワイト・ホリーFBI捜査官。  このドワイト・ホリー捜査官、カレン・シファキスという左翼系の大学教授とねんごろで情報源ともなっている。

 左翼系と言えば、黒人の過激派組織とも通じている謎の女ジョーン・ローゼン・クラインの存在も無視できない。終盤明らかになるが、1964年の南ロサンジェルス黒人居住区で起きた現金強奪事件にもこのジョーンが関わっていた。仕組まれた事件だったのだ。しかも行方も分からない。シルクの蝶ネクタイ男ベネット刑事の事件解決の見込みはゼロ。

 覗きと空き巣狙いが趣味で、金持ちの娘の家に入り下着を盗んだりする23歳の私立探偵ドン・クラッチフィールドがすき間を埋めるように刑事たちから重宝される。血しぶきが飛び散り、銃弾が頭蓋骨を粉々にしても、ラブロマンスは芽生えるものなのだ。FBI捜査官のドワイト・ホリーとカレン・シファキス、白人、1925年生まれ歴史学の教授。ジョーンとドワイトがセックスまでいくのを心配している。ジョーン・ローゼン・クラインは白人、1926年生まれ。世界中の過激派組織とかかわりを持つ反国家的危険人物。小柄で猫背、顔色が青白く眼鏡をかけている。灰色の髪が混じったブルネット。腕にはナイフのひどい傷跡がある。上・下800頁に及ぶ悪の世界にやや食傷気味になるのは仕方がないか。

 著者ジェイムズ・エルロイは1948年3月4日 カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。本名はリー・アール・エルロイ (Lee Earle Ellroy)。特に犯罪小説で知られている。アメリカの暗部を抉る時代描写、必要最小限まで説明を省く電文体のスタイルに特徴がある。その作風から「アメリカ文学界の狂犬」とも呼ばれている。


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読書「出訴期限Limitations」スコット・トゥロー著 文藝春秋2013年刊

2024-06-18 10:18:08 | 読書
 7年前の一時間がいまだに一生を決める力を持っているとは思いもしなかった。 と思うのはジェイコブ・ウォーノヴィッツなのだ。七年前の三月、グレン・ブレイ高校生ジェイコブ・ウォーノヴィッツの家でホームパーティを開いた。参加していた女子高校生ミンディ・デボイアーがレイプされ、一審で有罪六年の判決を受けたジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名が上訴裁判所に控訴した。

 弁護側の主張は、出訴期限法の三年が過ぎているから破棄されるべきだというもの。上訴裁判では三人の判事の合議制がとられていて、そのうちの一人ネイサン・コールが言う「そもそも出訴の期限というものは、時の経過とともに記憶が薄れ、証拠が散逸していくのに対する懸念から発生したものなんだ。今回は犯罪を記録したビデオがあるのだから、その点を心配する必要はない」

 主任裁判官のジョージ・メイソンは、気が乗らない複雑な心境にある。というのもメイソンの十代のころ、同じような性的体験があるからだ。その時の相手はロリー・ヴィッキノだが、強要はしていない。アルコールや薬物の影響が薄れる翌朝、ロリーが壁に寄りかかっていた。事情を聞くと、行くところがないという。メイソンはどうしていいか分からず、寮長に後を託した。

 そして今回のレイプ事件。これに刺激されたかのように、ロリーのその後が心配でたまらなくなる。何をいまさらと感じないでもないが、ロリーの探し方を助手に聞いてパソコンを立ち上げた。それに加えて謎の脅迫メールが届くようになる。さらにメイソンの妻が癌で放射線治療の段階に至る。そしてさらにさらに、裁判所の駐車場で車と所持品を狙った強盗に合う。一時は死を覚悟して、被害者の恐怖を身を持って体験する。

 何かと騒がしい身辺であるが、ロリーに電話する。話の断片からあの時のロリーであることが確信できた。 が、相手のロリーは「変な電話」と呟く。この辺は男の浅はかさを描いていて苦笑する。人は過去を取り消すことはできない。刻一刻と時は過ぎていく。よりよい未来のためにも考えられる最良の判断が求められる。ジョージ・メイソンはジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名に、有罪の最良の判断を下した。

 著者のスコット・トゥローは、1949年シカゴ生まれ。スタンフォード大学大学院、ハーヴァード・ロースクールを経て法曹界に入る。シカゴ地区連邦検察局の検事補を務める傍ら執筆した長編小説「推定無罪」で87年に小説家デビュー。同作はベストセラーとなり、リーガルサスペンスの古典となった。
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読書「策謀の法廷Double Tap」スティーヴ・マルティ二著 扶桑社ミステリー2011年刊

2024-06-10 10:03:29 | 読書
 本格的な法廷もので、昨今各国で浸透するインターネットの波及に乗じた政府の個人情報への干渉にも警鐘を鳴らす。フェラーリを操る見た目30代、実年齢43歳のマデリン・チャップマンは、カリフォルニア州サンディエゴ近くの400エーカーの丘陵地帯に位置するソフトウェア制作会社アイソテニックス社最高経営責任者の地位にある。金曜日の夕刻、帰宅直後に何者かに襲われて殺害された。警察は初動捜査で犯行に使われたと思われる拳銃を押収している。

 そして逮捕されたのが、アイソテニックス社の警備を担当する会社から派遣されていたエミリアーノー・ルイスだ。ルイスは陸軍の特殊部隊にも所属していたことがあって、銃器の扱いに慣れていたし、チャップマンの事務所でチャップマンとセックスにふける監視カメラの映像も押収されている状況なのだ。ルイスは「絶対殺していない」と明言する。

 この事案を担当するのは、弁護側ポール・マドリアニ弁護士とハリー・ハインズ弁護士。対して検察側には、身長135センチの小人ラリー・テンプルトン検事。かなりやりての検事で、身長135センチとなれば陪審員席の前では頭が少し出るぐらいのため、台を置いて冒頭陳述や最終陳述で、タップダンスを踊るように陪審員の心を掴む術にたけている。

 国家の安全保障を盾に、インターネットを支配しようとする政府。政府の代理人と言ってもいい検事。チャップマンとルイスの濡れ場の映像の証拠採用で、不採用を得た弁護団。しかし、状況証拠はルイスを指している。この証拠採用の権限は判事にあり、現実のトランプ裁判でもニューヨーク地裁判事のトランプ側の証拠不採用が多かったと伝えられている。判事の公平性が問われる。

 果たしてルイスは死刑か無罪か。著者が警鐘を鳴らすと書いたが、終盤で次のように書いている。「テクノロジーはとどまるところなく進化を続け、政府部内で機密の計画が爆発的な勢いで増加している現状にかんがみれば、すでに個人情報がどの程度まで盗まれているのかが明らかになる日は永遠にやってこないかもしれない。一つだけ確かなのは、この種のテクノロジーが私たちの未来に危険を及ぼすということだ。各国政府があらゆる人々に電脳時代の進歩とその進歩のペースに参加せよと命じ、この主張への賛同を命じている事実にかんがみれば、未来に発生する大暴風雨はプライバシーに計り知れない危険をもたらすばかりか、私たちが心安らかに暮らすことのできる場所、周囲から守られた静かな場所を破壊しかねないのだから」

 早急に強力なチェック・システムの構築が必要に思える。でないと民主主義国家日本も中共化の怖れ十分だろう。

 著者スティーヴ・マルティニは、1945年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学卒業。新聞記者として働いたのち、パシフィック大学で法律の学位を取得。カリフォルニア州司法省などに勤務した後、92年に第一作「状況証拠」を上梓、弁護士ポール・マドリアニ・シリーズが続く。
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読書「チャイルド・オブ・ゴッドCHILD OF GOD」コーマック・マッカーシー著早川書房2013年刊

2024-06-07 10:56:41 | 読書
 文学的評価の高いこの作品、27歳のレスター・バラードという男が森の中をさまよい林道の終点で見つけたカップル。ドアを開けると二人とも死んでいた。やおら屍姦のあと、その女性の死体を掘っ立て小屋に持ち帰り、街で赤いドレスや下着と口紅を買って死体に着せる。自らは口紅を塗り女性の衣装を着て、森の中を徘徊する。

 読んでいて気持ちのいいものじゃない。商業的には成功しなかったのは納得できる。「極端な孤立、倒錯、暴力を人間の経験を表現することに成功するとともに、マッカーシーは文学的慣習を無視し(例えば、引用符を使わない)、事実に基づく記述、非常に詳細な散文、鮮やかで絵のように美しい牧歌的なイメージ、口語的な一人称の語り口(話し手は特定されないまま)など、いくつかの文体を切り替えている」とウィキペディアにある。

 日本版においても句読点の読点がないのと会話にかっこ書きがない。まずこれに驚かされた。これは日本の翻訳者や編集者が考えたことであろうが。もともと孤独で人付き合いの下手なレスター・バラードにとって、親から受け継いだ家を競売にかけられて放り出される。ますます孤独感を強め、森の中にあるすき間の多い板壁のぼろい掘立小屋にひっそりと暮らす。
 肌身離さず持ち歩くのはライフル銃。誰も信じないし誰も信じてくれない。女が欲しいけれど、生身の女は相手にしてくれない。死体になればすべて俺の言うがまま。ライフルは非常に役に立つ。

 この小説は2012年にジェームズ・フランコが映画化している。山の岩場で片腕をはさまれ、127時間身動きが取れなくなった登山家の実話の映画化で、ジェームズ・フランコが主演している。高く評価された作品だった。この「チャイルド・オブ・ゴッド」の映画評は、平均点以下というみじめなものだった。原作に忠実すぎるというのが私の意見。丹念に屍姦を描くというのはどうだろう。描き方があるような気がする。

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