この題名を見たときゲイの映画を連想した。確かにそれなんだが、イスラエル人の彼オーレン(ロイ・ミラー)は、帰国後交通事故で死んでしまう。
ドイツ、ベルリンでグレデンツ・カフェ&ベーカリーのケーキ職人トーマス(ティム・カルコフ)をオーレンは愛した。イスラエルとドイツの合弁事業、鉄道敷設の仕事で両国を往来するオーレン。一時帰国時にはトーマスの作るケーキを手土産にする。オーレンに妻と子供があることもトーマスは知っている。
トーマスは、オーレンが帰国のとき、妻とどのような時間を過ごすのか気になって仕方がない。トーマスは聞かずにはいられないらしく、それにオーレンは答える。
「彼女を横たえ、まずキスを」
「どこに?」とトーマス。
「首筋から口へ、目にも」それを言い残してオーレンは帰国した。
寂しい日が続き、十数回携帯に伝言を残した。返事がないので業を煮やし、ベルリンにあるオーレンの会社に出向いた。そこの受付嬢からオーレンが交通事故で亡くなったことを知る。その現実を容易に受け入れられないトーマスは、少しでもオーレンが存在した空気に触れたいという思いで、イスラエルのオーレンの妻が営むカフェに向かう。
機会を見てオーレンの妻から、オーレンの一部始終と事故の模様も知りたいとも思う。そのカフェに入って行くとお客は誰もいない。コーヒーとサンドイッチを注文。料金を支払った後「ここでは従業員を募集していませんか?」と聞く。「人手が足りていますから、募集はしていません」という返事。
トーマスは、オーレンの妻と話せる機会を求めて毎日のようにカフェに通う。そんなある日、オーレンの息子を学校へ迎えに行く義兄のモティ(ゾハール・シュトラウス)が行けなくなる。困ったのはオーレンの妻。たまたま居合わせたトーマスに声をかける。「今も仕事を探しているの? そうなら、少し手伝ってほしい」オーレンの妻は、アナト(サラ・アドラー)と名乗った。
厨房の棚にクッキーが作れる材料を見つけて作った。義兄のモティは、非ユダヤ人はオーブンが使えないので、彼が作ったものは食物規定に反するから捨てろという。しかし、アナトはモティがいなくなると、美味しいから店で出すという。その目論見は当たり客が増えた。
義兄のモティは、しゃくし定規だがトーマスにアパートを紹介する。白い壁で部屋全体が明るい。モティは次のように説明する。「乳製品と肉用に分かれている。こっちが肉用で下は乳製品用の皿だ。流しも肉と乳製品は別々に洗う。君は非ユダヤ人だが、このアパートに入れる。俺のコネさ」
イスラエルは面倒くさい国だなと思う。宗教的戒律の厳しい国なのだ。「安息の日」を街のスピーカーで放送する国なのだ。カフェの経営は順調に進む。大口の注文があり、トーマスはアナトに生地の作り方を教える。
肩も触れんばかりの立ち位置から、アナトはトーマスにキスをする。寡黙ではあるが誠実なトーマスに、女が好意を寄せるのは時間の問題だった。しかし、トーマスは、驚きどうしていいのか戸惑っている。彼はゲイだから女性との交わりは未知の世界なのだ。辛抱強く待つアナト。
トーマスは、オーレンの言葉を思い出していた。「首筋から……耳、口…」彼はその通りの行為を行った。翌朝ニヤニヤ笑いのアナトの表情が変化する。亡き夫オーレンの愛撫と同じではないか。女の直感は恐ろしい。オーレンの遺品の中から携帯電話の音声通話を再生した。やっぱり、トーマスの「愛している」という言葉もある。夫オーレンが離婚してベルリンに移住すると言っていた相手がトーマスだった。
義兄のモティが険しい顔でやってきて「航空券だ。4時間後だ。これで帰れ」これは多分、アナトがモティに相談した結果なのだろう。
冷却期間を置いた結果になった3ヶ月後、アナトはベルリンでグレデンツ・カフェ&ベーカリーを遠望していた。やがてトーマスが出てきて、自転車で去って行った。それを眺めるアナトの口元に笑みが浮かぶ。そしてエンディングロールへとつなぐ。
この映画の良さは、こういうエンディングで締めるところだ。多くのラブ・ロマンス映画では、アナトがトーマスに飛びついて激しいキスとともに「愛しているわ」を連発するだろう。
それに表情の演技を要求されている場面が多く、演じる俳優もかなり苦労したかもしれない。トーマスが作る上質のケーキのように、後味のいい余情の残る映画だった。2017年制作 劇場公開2018年12月
監督
オフィル・ラウル・グレイザー1981年イスラエル生まれ。
キャスト
ティム・カルコフ1987年11月ドイツ、ハイデルベルク生まれ。
サラ・アドラー1978年6月フランス、パリ生まれ。
ロイ・ミラー出自未詳
ゾハール・シュトラウス1972年3月イスラエル生まれ。
サンドラ・サーデ1949年10月ルーマニア生まれ。
アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、自ら経営するサニーサイド花農場で一日しか咲かない「デイリリー」の生育に命をかけていると言っても言い過ぎではない。人物は万人に愛される男なのだ。
デイリリー品評会にスーツにネクタイ、粋なストローハットで現れ愛嬌を振りまく。
「ティム・ケネディ たまげたな、死んだと思っていたよ。死ぬ運もなしか?」
「クソ野郎って言われたことは?」とケネディ。
それに答えて「いつもだ。スペイン語でも」とアール。
会場を進んでいくと女性のグループに「会場を間違えてる。美人コンテストは3階だ」と自尊心をくすぐり笑いを誘う。アールの持つコーナーで花を配る。有名なアールに人が群がる。「すごいな。バイアグラを配ってるんじゃないぞ」と皮肉り、女性から「ジェームズ・スチュワートのマネ?」と皮肉を返される。
さて、ジェームズ・スチュワートが出てきた。この俳優を知るのは、恐らく高齢者たちだろう。品評会も高齢者や女性の集まり。年代を反映するセリフが埋め込まれている。
品評会で金賞受賞は、アール・ストーンに決まった。受賞スピーチ「ブーイングはなし、ありがとう。退屈なスピーチよりちょっとしたジョークでも。なぜ園芸家がホテルのロビーを歩いていたと?」会場から「なぜ?」の声。「バーに行くためだ。私も同じです。ありがとう」爆笑に包まれる。
人は意外な側面を見せる。この愛嬌のある好まし人物も家庭ではどうか。彼の妻メアリー(ダイアン・ウィースト)に言わせると「洗礼式、堅信式、卒業式にも来なかった。誕生祝いも結婚記念日も無視する」アールの娘アイリス(アリソン・イーストウッド)の結婚式にも来ない、だから別居中。アイリスは、アールとは無言の時間を12年費やす。
12年後の2017年、孫娘のジニー(タイッサ・ファーミガ)の婚約パーティにアールが現れた。ジニーはおじいちゃんが大好きで、フィアンセに紹介するからとはしゃぐ。そこへ顔を出したのは、妻のメアリーと娘のアイリス。アイリスは、まわ右して帰ってしまう。メアリーは、道路に止めてあるボロトラックの荷台を見て「わざわざ来たのでなく、行くところがないから来たのね」と辛辣。
確かにインターネットの通信販売の隆盛に種の店売りが減り、倒産に追い込まれたサニーサイド花農場だった。悄然と立ち去ろうとするアールに声をかけた男がいる。ジニーの友達の友達という男だった。名刺を渡され「車で動くだけでいい。友人がそういう人を探している」
こうして運び屋になったアール。やがて妻メアリーの死とともにやっと家族の絆が結ばれる。DEA(麻薬取締局)に逮捕され裁判にかけられるが、自ら罪を認め刑務所へ。娘のアイリスが「いるところが分かっていていいんじゃない」という。どこにいるのかと心配する親よりも、刑務所でもいるところが分かっている方が安心という子の心だ。認知症が心配される作今の様子もうかがえる。
家族の映画として仕上がっている。これは実話だそうだ。レオ・シャープという90歳の男の話で、ニューヨーク・タイムズが記事にした。アメリカのロード・ムービーは、カントリー音楽が付きもの。本作も、ウィリー・ネルソン始め多くの挿入歌がある。エンドロールに流れるトビー・キースの「老いを迎え入れるなDon't Led The Old Man In」という曲がいい。クリント・イーストウッドの映画には、ハズレがない。
老いを迎え入れるな
もう少し生きたいから
老いに身をゆだねるな
ドアをノックされても
ずっと分かっていた
いつか終わりが来ると
立ちあがって外に出よう
老いを迎え入れるな
監督
クリント・イーストウッド
キャスト
クリント・イーストウッド1930年5月カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。
ブラッドリー・クーパー1975年1月ペンシルヴェニア州フィラデルフィア生まれ。
ローレンス・フィッシュバーン1961年7月ジョージア州オーガスタ生まれ。
マイケル・ペーニャ1996年1月イリノイ州シカゴ生まれ。
ダイアン・ウィースト1948年3月ミズリー州カンザスシティ生まれ。1986年「ハンナとその姉妹」でアカデミー賞助演女優賞受賞。
アリソン・イーストウッド1972年5月カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。
タイッサ・ハーミガ1994年8月ニュージャージー州生まれ。
アンディ・ガルシア1956年4月キューバ、ハバナ生まれ。
アリソン・クラウスは、ブルーグラスとカントリーの分野で有名になった1971年7月イリノイ州生まれの47歳。1995年24歳のとき、「When You Say Nothing At All」がヒット。
このときの彼女の印象は、イリノイ州の田舎からぽっと出てきた垢抜けしない一人の女性だった。それが2003年公開の映画「コールド・マウンテン」のサウンドトラックで、「The Scarlet Tide」と「You Will Be My Ain True Love」を歌って参加。この頃から彼女は、一段と女らしくなった気が私はする。エンターテイメントの世界で垢抜けしたと言ってもいいかもしれない。数多くのグラミー賞にも恵まれ今一番脂がのっている状態なのだろう。
それでは「 When You Say Nothing At All」をどうぞ!
アメリカのカントリー・ロック・シンガーで1947年4月生まれというから、現在72歳で現役。1979年に「ブルー・ケンタッキー・ガール」でグラミー賞を受賞。2018年にはグラミー賞特別功労生涯業績賞にも選ばれているとのこと。
LP盤の頃からのファンで最近YouTubeをさまよっていると、白髪になったエミルー・ハリスの歌声を聴くと懐かしさとともに心にしみる楽曲が気に入った。近くの図書館でエミルー・ハリスのCDを探して予約注文を終えた。これにYouTubeから「Goodbye」と「If This is Goodbye(もしこれがお別れなら)」を加えて私なりのCDに仕上げようと思う。
それでは、上記2曲をどうぞ! この「If This is Goodbye」などは、ここから発想して素敵なロマンス小説を書いてもいいかもしれない。
アメリカでは6月の第3日曜日が「父の日」とされているのを、そのまま受け入れて商魂たくましい商売人の術中にはまった日本の父の日。「母の日」があるのに「父の日」がないのがおかしいと思ったのかな。
その由来を調べてみると、ずいぶん昔からなのだ。1909年アメリカ・ワシントン州スポーケンのソノラ・スマート・トッドという女性が、男手一つで育ててくれた父を讃えて教会の牧師に頼んで、彼女の父の誕生月の6月に礼拝してもらったのがきっかけという。(ウィキペディアより)
もともと宗教的な行事なのにクリスマスと同様、イベントと化した日本ではある。我が家も汚染されたのかワインとビフテキとなった。EUとのFTA(自由貿易協定)締結で関税が下がりフランス産ワインが値下げされた。我が家の近くにある「イオン」のワイン売り場でも値下げをアピールしている。丁度「おかえり、ブルゴーニュへ」というフランス映画を観たこともあって、その中から初心者でもとっつきやすいブルゴーニュのピノ・ノワールを買った。
映画「おかえり ブルゴーニュへ」は、ワイン造りの一端に触れて面白い。ワインメーカーの長男として生まれたジャン(ピオ・マルマイ)が父の危篤で帰郷する。弟ジェレミー(フランソワ・シヴィル)、妹ジュリエット(アナ・ジラルド)と再会するが、兄妹三人とも何かしら悩みを抱えている。やがて父の死。それは兄妹に難題を遺すことになる。その顛末を広大なワイン畑を背景に描きだされる。
赤ワインは温度が16度が適温らしく、一旦冷蔵庫に入れたものを食事時間の1時間半前に開栓。午後7時夕食。「フルーティな香り特にブラックチェリーの風味が印象的です。溶け込むような柔らかな口当たりで、非常に味わい深いワインです」とラベルにある。
私の舌が一流ではないので確かではないが、一応フルーティな香りはしたがカビ臭い印象もある。ただ、これ以上飲めないという段階でも口に含むとまろやかさを感じられ喉に流れた。気持ちの良い酔い心地で「Answer Me My Love」なんかを歌いたくなった。
その「Answer Me My Love」をどうぞ!
ここのところ調子をあげてきた大谷翔平ではあるが、7月9日にクリーブランドで行われるオールスター・ゲームにDH(指名打者)部門でノミネートされ、10日第1回中間発表の順位では4位に顔を出している。
1位レッドソックスのマルチネス491,955票でトップ。大谷翔平は、166,275票だ。そこへきて、今日レイズとのゲームで日本人選手初の1試合で本塁打、三塁打、二塁打、シングルヒットのサイクル・ヒットを記録した。強烈なホームランとともにファン投票が増えるのを期待したい。
1位でないとオールスターには出られない。花のあるオールスターには、大谷翔平がぴったりな気がする。それに英語が喋れるんだけど、喋れないふりをしている。 という同僚の話もある。私が最初から期待した通りの進化を遂げつつあるようで嬉しい限りだ。
では、サイクルヒットの全場面をどうぞ!
1937年の「スター誕生」からブラッドリー・クーパーの監督で4度目のリメイク。今回のスターは、レディ・ガガ。過去を振り返ってみると1937年はジャネット・ゲイナー。
映画スターに憧れる一人の女性が巡り合った大スターをしり目に成功への階段を上る。大スターの人気に影が落ち、酒におぼれて悲劇的な最期を迎える。
このジャネット・ゲイナーは、サイレント映画時代からトーキー映画時代へうまく乗り替えた女優でもある。演技力が素晴らしかったらしく第1回アカデミー賞主演女優賞を受賞している。
1954年の「スタア誕生」は、ジュディ・ガーランド。アカデミー賞主演女優賞にノミネート。
1976年「スター誕生」は、バーブラ・ストライサンド。この作品では、アカデミー賞歌曲賞を受賞している。歌曲は、「スター誕生の愛のテーマ」バーブラ・ストライサンド。
今回も、大物カントリー歌手ジャクソン(ブラッドリー・クーパー)に見出されたアリー(レディ・ガガ)が、カントリーというジャンルを超えポップ歌手へと転身、成功の階段を上り始める。グラミー賞受賞という晴れの舞台に泥酔して登壇、ぶっ倒れるという醜態を演じたジャクソン。ドラッグとアルコールでガタガタになった体と心。
厚生施設に入ったがアリーのマネージャー、レズから「ドラッグとアルコールをやめろ。それが出来なければアリーと別れろ」貧困を極めたジャクソンの子供時代,いつも酔っぱらっている父親。生きる希望を失って首つり自殺を試みたが引っかけた器具が壊れて未遂に終わる。今では笑い話だと思っていたが、レズの言葉はジャクソンに自殺願望を蘇らせたようだ。
施設から出て久しぶりにアリーの舞台で一緒に歌うことになった。その時間に合わせていく予定だったが、彼は行かなかった。二人の思い出の曲「Shallow」を一人で歌うアリー。
その頃、ジャクソンはガレージのピックアップトラックを出してシャッターを下ろした。夜が更けても煌々とした電気に照らされるガレージ。その前で愛犬が悲しい声で鳴いている。ジャクソンは自ら命を絶った。
ジャクソンの追悼公演でアリーは歌う。「I'll Never Love Again(決して恋はしない)」ジャクソンの作詞・作曲、アリーに永遠の愛を誓った歌曲だ。
あなた以外の人と
朝を迎えたくない
キスもしたくない
あなたの唇でないと
もう恋もしたくない
映画もサウンドトラック・アルバムも好調で、批評家の評価も高い。当初、クリント・イーストウッド監督、ビヨンセ主演で企画されたがビヨンセの妊娠で消えた。
そんないきさつもあった本作、レディ・ガガの落ち着いた演技も、ブラッドリー・クーパーも好演したと言える。ブラッドリー・クーパーのひげ面なら、誰が出てもおかしくない。カントリー歌手は髭面が定番なのかな。
2018年アカデミー賞歌曲賞「Shallow」で受賞。作品賞、主演男優賞ブラッドリー・クーパー 主演女優賞レディ・ガガ、助演男優賞サム・エリオット、脚色賞、撮影賞はノミネート。2018年制作 劇場公開2018年12月
それでは、2曲聴いていただきます。
歌曲賞の「Shallow」と「I'll Never Love Again」をどうぞ!
監督
ブラッドリー・クーパー1975年1月ペンシルヴェニア州フィラデルフィア生まれ。
キャスト
レディ・ガガ1986年3月ニューヨーク州ニューヨーク、マンハッタン生まれ。
ブラッドリー・クーパー、
サム・エリオット1944年8月カリフォルニア州サクラメント生まれ。
デニムの黒いシャツにリーバイスのジーンズ、つま先が鋼鉄で補強されたドクター・マーチンのブーツ(ドアを蹴破るのに重宝)に黒革のジャケット。腰のホルスターにはドイツ製のSIGザウァーP220、腰のうしろの窪みにイタリア製ベレッタ8000Dミニ・クーガーを突っ込んで武装するデニス(デニー)・ジョン・マローン。
黒ずくめがトレードマークの188センチがっしりとした威嚇的な体格を持った38歳の男。ニューヨーク市警マンハッタン・ノース特捜部(通称ダ・フォース)の部長刑事。部下が三人。私生活は、妻とは別居中。救急救命室勤務の看護師クローデットという恋人がいる。クローデットは、アフリカ系アメリカ人。
ダ・フォースの縄張りは、ブルックリン、ブロンクス、マンハッタン・ノースとなる。麻薬と銃の抑制に主眼を置いてはいるが、携帯電話窃盗やインターネット犯罪、なりすまし犯罪にクレジット・カード詐欺へとシフトしているのが現状なのだ。ニューヨーク市では、拳銃やアサルトライフルが200ドル、普通のライフルや散弾銃やBB空気銃が25ドルで買い上げて銃器減少に努力中とのこと。
目下のターゲットは、最後の大物麻薬王と言われるデヴォン・カーターという男。このカーターは切れ者で戦略家、決して麻薬そのものにも売買の場にも近づかない。電話、メールを使わず手下と直接会って話すだけ。なかなか尻尾を出さないカーター。
ダ・フォースのマローンは、同僚二人と「シルヴァイアス」で昼食にターキーの手羽肉煮込みを食べていたとき、ブリオーニのグレーのカシミヤのタートルネックのセーターに、ラルフ・ローレンのチャコールのズボン、グッチの大きめのメガネという相変わらず洒落た着こなしのカーターがいた。マローンはカーターの隣のストゥールに腰掛けて言った。
「デニー・マローンだ」
「知ってるよ」
店内はしんと静まり返った。ハーレムで一番の大物麻薬ディーラーと、そいつを逮捕する側の警官がカウンターに並んで座ったのだ。マローンのちょっとしたフェイントなのだ。
マローンは、マフィアのチミーノ・ファミリーの幹部ルー・サヴィーノに会いに行く。建設業、労働組合運動、高利貸し、ギャンブルといったマフィアらしい商売に手を出している。麻薬にも手を出しているのをマローンは知っている。ただし、マローンの管轄マンハッタン・ノースでは売っていない。
これには厳しい取り決めがあってノースで売れば、ほかの商売にも打撃を与えるぞということだ。これは昔から警察とマフィアの間で交わされた取り決めだ。売春、カードゲームや裏カジノなどのギャンブルを見逃してもらうかわりに警察に封筒を渡してきた。この金はキレイな金というのが警察の認識だ。汚い金は、麻薬や凶悪犯罪からのものだ。
キレイな金は巡査から部長刑事へ、部長刑事から警部補へ、警部補から警部へ、警部から警視へ、警視から警視正へと配分される。サヴィーノの世代のマフィアはみな、映画の中に出てきた登場人物にあこがれ、自分たちもそうなりたいと思っている。映画「フェイク」のアル・パチーノ、「グッドフェローズ」のジョー・ペシ、テレビドラマ「ザ・ソプラノス」のジェイムズ・ガンドルフィーニになりたがる。(ちなみに「ザ・ソプラノス」は、アマゾン・プライムで観られる。私は現在観賞中。オープニングの音楽がいいし面白い)
サヴィーノはパールグレーのアルマーニのジャケットの下に黒い絹のシャツを着てハイボールを飲んでいる。
「これはこれは、刑事中の刑事さん!」サヴィーノは立ちあがってマローンをハグする。封筒が音もなくするりと、マローンのジャケットへ滑り込む。「メリー・クリスマス、デニー」とサヴィーノ。
クリスマスにはマローンも別居中の妻と子供にプレゼントを渡す。別れのときには子どもたちは涙を流す。時間を見計らってダ・フォースのメンバー、フィル・ルッソの家に寄る。ルッソの17歳の娘ソフィアがルッソの妻ダナそっくりな長身で脚が長く、漆黒の髪にどきっとするような青い眼をしている。クソ信じられないほどクソ美しい。(ここから連想するのは、エリザベス・テイラーだ。若い頃テイラーを見て夢心地になったのを覚えている。そして日本人に生まれたのを呪いもした。あの青い瞳だけはどうしょうもなく蠱惑的なのだ)
ダナからターキーやマッシュポテト、野菜、マカロニを詰めた容器を渡されたその足で約束した弁護士のピッコーネのベンツの運転席に車を寄せて窓を開けた。外は凍えるほど寒いから。ここでも金のやり取りのからくりがある。それの相談事。
重要犯罪人を逮捕すればダ・フォースの面々はボウリングナイトと称して思いっきり羽目を外す。妻や恋人同伴禁止。一張羅のスーツにフレンチカフスのワイシャツとシックな靴という出で立ち。オープニングは、52丁目にあるステーキハウス「ギャラガーズ」から。次にリヴァーサイド・ドライヴ98丁目にあるマデリンの店に行く。1回のデート代2000ドル(約20万円)の極上の美女とファック。その後、美女たちを連れてレノックス・アヴェニュー127丁目「コーヴ・ラウンジ」というクラブへ行く。レストランの食事代とデート代、クラブでの代金は無料。
その代わり相応のチップをはずむ。マデリンの店では、相手の女性ニッキに500ドル(約5万4千円)を置いてきた。そんな金を給料から出せるわけがない。ギャングの上前をはねた金だ。
ボウリングナイトの仕上げの店で、上等のマリファナでラリってるマローン。フラフラと外に出る。寝静まった街をよろけながら歩く。青いスーツに赤いネクタイの男に呼び止められる。それはFBI特別捜査官オデルだった。
連れて行かれたのは「ウォルドルフ=アストリア・ホテル」のスィート。部屋の片隅にある安楽椅子に座るずんぐりとした男が「ニューヨーク州南地区連邦検察局の捜査官スタン・ワイントラウブだ」という。FBIと検察、チョットやばい。案の定、録音された弁護士ピッコーネとの裏取引を聞かされる。どこでどう音をとられたか見当がつかない。逃げられない。どうする?
再びウォルドルフ・アストリア・ホテルのスウィート。ニューヨーク州南地区連邦検察局の連邦検事、イゾベル・パスは極上の女だ。淡褐色の肌、真っ黒な髪、大きな口、薄い唇に塗られた赤いルージュ。40代前半だろうが、もっと若く見える。黒いビジネス用のジャケット、タイトスカートにハイヒールという服装で部屋に入ってくる。男を悩殺する勝負服。(これはマローンが受ける印象。淡褐色というから白人ではない。プエルトリコ人なのだ。マローンは黒人の恋人を持っているから関心が深いのだろう)
そして連邦検事とFBI捜査官との約束は、「お巡りは除く、マイケルズは差し出すよ。弁護士も数人。他に検事を一人か二人。あんたに度胸があるなら、判事を二、三人付け加えてやってもいい。そのかわり俺は無罪放免だ。刑期はなし。おれはバッジと銃は持ち続ける」とマローン。とはいっても裏切り者のネズミになったのは間違いない。FBIでは、ネズミのことを「ロック・スター」と呼ぶ。マローンはロック・スターだ。
マローンは常にレコーダーを身につけている。ダ・フォースのトーレス班の部長刑事ラフ・トーレスが、ロッカールームで声をかけてきた。「マローン、話がある」特捜部の外の通りを渡ってセント・メアリー監督教会の木々の多い中庭にはいる。「このクソ野郎」とトーレス。大物の麻薬ディーラーの銃器取引、リヴォルヴァー、オートマティック、ポンプアクションのショットガン。この取引を横取りしたのがマローン。一枚噛んでいたトーレスは怒り心頭に発している。
そしてトーレスは、運命を左右する重大な言葉
「あの取引にはおれも噛んでいたんだ、マローン。紹介料をもらってたんだ」「なんなんだ。その分返せってか?いくらだ」
「1万8千だ」
「じゃあ、駐車場に来てくれ」
マローンは、車のグローブボックスから金を出して封筒に入れる。この封筒をトーレスが受け取れば、彼の地位は瓦礫と化す。
レコーダーをFBIのオデルに渡す。その後トーレスは、自分の車の中で拳銃をくわえ脳みそをぶちまける。一線を越えたこれからはポーカーフェイスで通すしかないと悟るマローン。だが世の中そんなに甘くはなかった。泥の川を泳がせれば、巧妙に波を乗り切るマローンでもあるが。
その泥の川でマフィアのチミーノ・ファミリー幹部サヴィーノ、ドミニカ系麻薬ディーラー、カスティーヨ、ダ・フォースのトーレスのチーム、内部監査部とニューヨーク市当局から追われる身となった。そのカスティーヨの自白で、マローンの容疑が濃くなった。
「職務上の不正行為、賄賂の授受、恐喝、司法妨害、販売目的の薬物の不法所持、薬物の販売及び流通に関する共同謀議、さらに武装強盗の容疑で逮捕する」とFBI特別捜査官オデル。マローンは、1時間千ドルの敏腕弁護士ジェラード・バージェイに助けを求める。FBIは、マローンの妻シーラも汚れたカネを使った共謀罪で起訴できるぞと脅す。
結局「犯罪行為を全面自供し、ヘロイン密売の罪状を認める。捜査に全面協力し、犯罪に連座していることが分かっている現役警察官に対する協力的な証人になる。盗聴マイクをつけること。被告人の協力が完全に遂行されるまで量刑確定裁判は開かれない」という条件で解放される。
ここからは怒涛の復讐劇が展開される。ギャングや麻薬ディーラ、さらに身内とも言うべきダ・フォースの自殺したトーレスの部下との壮絶な銃撃戦でマローンも重傷を負う。大物麻薬ディーラー、カーターを殺しカスティーヨを倒して奪ったヘロインのブロックを川に流しながら体を横たえる。周囲の喧騒が消え意識が薄れる中、人生初の逮捕劇、老女を襲った男を取り押さえる場面が見えている。デニス・ジョン・マローンの望みは一つだった。いいお巡りになること。ただそれだけだった。
著者のドン・ウィンズロウは、好きな作家で今までに何冊かを読んでいる。本作は極上の警察小説と言える。そして、ニューヨーク観光案内ともとらえることもできる。というのも文中に実在する有名レストランや場所、ジャズ・シンガーまで幅広いメニューが嬉しい。
レストラン
「レノックス・ラウンジ」イコンのような看板。赤い店構え。すべてが歴史だ。この店ではビリー・ホリディが歌い、マイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーンが吹いた。今は閉ざされている。
「シルビア」ハーレムにあってマローンと仲間たちが昼食をした。
「ダブリン・ハウス」ブロードウェイ79丁目。アイリッシュ・バー。
「ブヴェット」グリニッチ・ヴィレッジ。マローンは恋人のクローデットとデートした。ニューヨークとパリと東京にお店がある。東京都千代田区有楽町1丁目1番2号東京ミッドタウン日比谷1階。
ステーキハウス「ギャラガーズ」マローン達がスタッグ・ナイトで初めに行った店。
「ジャン・ジョルジュ」高級フランス料理店。クローデットと食事。そのあたりのくだりを引用しよう。「この場ちがいな店で気遅れを感じているのは、クローデットではなく、高級スーツに身を包んだマローンのほうだ。クローデットはまるでこの店で生まれたのかと思うほどなじんでいる。ウェイターも同じことを感じたらしく、彼らが話しかけたり訊いたりする相手はもっぱらクローデットだ。彼女はそれにそつなく応対する。まるで生まれたときからやり馴れていることのように。マローンにはさりげなくワインや料理を勧める。エッグトースト キャビアとハーブをおそるおそる口に運ぶ。想像していたよりはるかに旨い」
東京にもある。東京都港区六本木6-12-4六本木ヒルズケヤキ坂通り1階 値段を見るとびっくりするほど高くない。
「スモーク・ジャズ・アンド・スーパー・クラブ」ブロードウェイ106丁目。ジャズ・シンガー、リー・デラリアの出演。歌うのは「降っても晴れても」
君を愛している 誰にも負けないくらい
雨の日も晴れの日も
幸せも不幸せも 君と分かち合おう
雨の日も晴れの日も
ジャズ・シンガー
リー・デラリア(Lee DeLaria) 1958年5月イリノイ州生まれ。
セシル・マクロリン・サルヴァント(Cecile McLorin Salvant) 父ハイチ人、母フランス人を持ち1989年8月フロリダ州マイアミで生まれる。2016年「フォー・ワン・トゥ・ラヴ」でグラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞受賞。丸の内の「コットン・クラブ」南青山の「ブルーノート東京」にも出演した。
ニューヨークの街をナビゲーション
車での移動が詳しいので一つ引用してみよう。物語も終わろうとする頃、マローンはダ・フォース・トーレス班のガリーナ、テネリ、オーティスが乗った車を追尾する。
「ブロードウェイを北上する車をつけながら(ハミルトン・フルーツ&ヴェジタブル)、(ビッグ・ブラザー・バーバーショップ)、(アポロ・ファーマシー)、トリニティ・チャーチ墓地そして155丁目通りとの交差点の先にある、カラスの壁画の前を通り過ぎる。インターセッション教会のまえも通り、(ワヒ・ダイナー)のまえも通り、その地の小さな神々やマローンが崇拝する神殿のまえも通る。マローンがつけている車は左折し、西177丁目通りに入る。フォート・ワシントン・アヴェニューとパインハースト・アヴェニューを走り、また左に曲がってへヴン・アヴェニューに入ると、西176丁目通りを左折し、J・フッド・ライト・パークのすぐ手前で通りの東側に停車する。アサルト・ライフルで武装した三人が降りてくる。麻薬組織トリニタリオの見張り番が三人を通す」この後マローンが単身で乗り込み、銃撃戦が展開される。
それではセシル・マクロリン・サルヴァントをどうぞ!
それにしても、映画もそうだけど本もいろいろと教えてくれる。
フランスの法廷。ある事件で陪審員の中に入院中に優しくしてくれた麻酔医のディット・ロランサン=コトレ(シセ・バベット・クヌッセン)がいるのを知った 裁判長のミシェル・ラシーヌ(ファブリス・ルキーニ)はメールを送った。「会っていただけるか」「イエス」の返事。
ラシーヌの評判は「10年判事」と揶揄されるように重い10年刑が多い。判事には二つのタイプがあるという。一つは、事実ばかりを並べて議論の範囲を狭くし、周りのものに隙を与えないタイプ。もう一つは、自らの発言を手短にし自由に討論させるタイプ。ラシーヌはどちらかといえば、初めの「事実ばかりを並べる」方のタイプらしい。さらに「奥さんに家を追い出されてホテル暮らし」とも。
ラシーヌの歳は初老といったところ。レストランでディットと会うが、最初のぎこちない雰囲気から次第に核心に「君が忘れられない。愛している」微笑みながらその言葉を聞くディット。
陪審員の中にディットが入ったことによってラシーヌの公判のやり方が変わり、陪審員にも十分な討議時間を与えた。そして10年判事から、この案件を「無罪」で締めくくった。そして自らの愛も成就した。愛の法廷の効果てきめん。
判事役のファブリス・ルキーニは撮影時64歳。シセ・バベット・クヌッセンは47歳。ファブリス・ルキーニは如何にも初老という風貌なので観る私は感情移入できないし、ロマンティックな雰囲気にはならなかった。もう少し若く見える俳優が良かった。折角の「愛の法廷」なのに……。美人のシセ・バベット・クヌッセンに加えディットの娘役エヴァ・ラリエが可愛い。2015年制作 劇場公開2017年5月
監督
クリスチャン・ヴァンサン1955年11月フランス、パリ生まれ。ヴェネチア国際映画祭で脚本賞受賞。2012年「大統領の料理人」がある。
キャスト
ファブリス・ルキーニ1951年11月パリ生まれ。本作ヴェネチア国際映画祭で男優賞受賞。
シセ・バベット・クヌッセン1968年11月デンマーク、コペンハーゲン生まれ。本作でセザール賞の女優賞受賞。
エヴァ・ラリエ出自未詳