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映画「リトル・シングスThe little things」2021年制作

2023-01-29 14:32:15 | 映画
 カリフォルニア州中南部カーン郡に位置する、人口9番目の都市ベーカーズフィールドの保安官ジョー・ディーグ・ディーコン(デンゼル・ワシントン)は、周囲を灌木に囲まれ芝生のない土の地面に平屋の家屋と犬一匹と共に暮らしている。かつてロサンジェルス市警の敏腕刑事だったが、誤って女性を射殺したのが原因で左遷されているのだ。

 強盗犯の起訴に必要な証拠を、ロサンゼルス保安局科学捜査課へ取りに行ってくれという依頼を受ける。そこの殺人課では、猟奇的な連続殺人事件が多発している件で忙殺されていた。ブリーフィングの会場では、ジム・バクスター刑事(ラミ・マレック)が記者会見をしていた。

 バクスター刑事とはさっき会っている。駐車場が満杯のためパトカーの前に止めたディーコンの車を、レッカー移動しようとしていたのを「移動するな。ちょっと知らせてくれればいいじゃないか」と文句をつけた。

 ジム・バクスター刑事は、大学出の刑事で髭をすっきりと剃り、白いワイシャツに紺のスーツそして黒い靴、まるで投資会社の課長クラスの雰囲気。一方ディーコンは、太った体にダブダブの制服と黒いキャップといういで立ち。ともに犯罪捜査には腕が立つディーコンとバクスターの二人。根っこの部分では共鳴するものがあるのかもしれない。

 取調室で尋問したことのあるアルバート・スパルマ(ジャレッド・レト)を車の中で監視を続ける。毎日となると根をあげるのはバクスター刑事の方だ。「こんなことで人生を終えると思うとうんざりする」と言う。こういうのが刑事の仕事と割り切っているディーコンは、これが仕事だとなだめにかかる。ぶつくさ文句を言うバクスター刑事の家は、プール付きのそれなりのものなのだ。(それなのに文句を言うのかと思ったりする)

 ディーコンが飲み物とか食べ物を買うために車を離れる。容疑者のスパルマがそれを見ていたかのように、車に座るバクスター刑事に声をかける。「遺体を埋めた場所に案内する」と。躊躇するバクスター刑事。スパルマは口が上手い「そうだよなあ。おれと一緒なら躊躇するよな。だが、大丈夫だよ。心配いらない。乗ってくれ」

 バクスター刑事が乗り込んで車は発進した。すれ違いにディーコンが気づく。買ったものをほっぽり出して追跡にかかる。スパルマの運転する車が到着したのは、幹線道路からかなり離れた閉まっていたゲートをあけて砂埃をあげながらたどり着いた広いくぼ地だった。スパルマがシャベルを投げる。バクスター刑事に掘れと言う。さすがにバクスター刑事も、拳銃を抜いて「お前が掘れ」という姿勢。ここでまたスパルマの口先が勝る。

 バクスター刑事が掘っていると「いや、そこじゃなくてこっちかな」とスパルマ。何カ所か掘ってまた同じセリフ。ついにバクスター刑事の忍耐が切れる。シャベルを振り回してスパルマの頭部を直撃、ぶっ倒れるスパルマ。スパルマは死んだ。頭を抱えて呆然とするバクスター刑事。

 そこへ追ってきたディーコン。周辺をチェックして「こいつをここへ埋めろ。1時間ほどして帰ってくる」ディーコンはスパルマの車に乗って犯罪多発地域で、キーを群れる若者に放り投げてスパルマのアパートに向かう。スパルマの持ち物すべてを黒いごみ袋にいれ、自分の車に移す。

これは「ささいなことThe litlle things」なのだ。
 ディーコンが女性を射殺したとき、遺体から銃弾を抜き取ったにもかかわらず、鑑識の「刺し傷が原因とする」という提案に関係者がうなずく。つまり警察関係は、いつもささいなこととして処理していると言うことだ。どこの国もこんなもんでしょう。私も交通違反をもみ消してもらった経験があるもの。

 今回はネタバレも甚だしいが、「the litlle thins」に言及したかったからで悪しからず。私はこの映画、小品ながら後味がいいと思っている。デンゼル・ワシントンは当然ながらバクスター刑事役のラミ・マレックも雰囲気もいいし特異な風貌もよかった。さらに容疑者スパルマを演じたジャレッド・レトも憎々しい演技で、第78回ゴールデングローブ賞の助演男優賞や第27回全米映画俳優組合賞の助演男優賞にノミネートされた。

 ラミ・マレックは、 1981年ロサンゼルス生まれのアラブ系の俳優。2018年公開の伝説のロックバンドクイーンを描いた伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』ではボーカルのフレディ・マーキュリー役で主演。2019年2月24日、第91回アカデミー賞で主演男優賞を受賞し、アラブ系の俳優としては初となるオスカー俳優となった。

 ジャレッド・レト1971年生まれは、アメリカ合衆国ルイジアナ州ボージャーシティ出身の俳優、ミュージシャン。兄と組んだロックバンド「サーティー・セカンズ・トゥー・マーズ」のボーカルも務める。1990年代に俳優デビューし、2013年公開映画『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー賞など主要な映画賞で助演男優賞を獲得。

 こんな演技派三人も揃え凡作になるはずがない。監督のジョン・リー・ハンコックは、クリントイーストウッドが監督した「真夜中のサバナ」の脚本も手掛け、映画製作を学んでいる筈。

なお、この映画はアマゾンプライムで鑑賞できる。


音楽「I wish you love愛を込めて」

2023-01-26 09:29:05 | 映画と音楽と
 この曲は、映画「氷の接吻Eye of the beholder」のエンドロールで流れる。聴いていて“ロマンティックでいい曲だな“と思った。1943年にリリースされているにもかかわらず、この曲は知らなかった。

 エンドロールで歌っているのは、クリッシー・ハインド。1951年アメリカ、オハイオ州生まれのクリッシー・ハインドは、1990年代中頃までイギリスのロックバンド、プリテンダーズのメンバーとして活躍した。

 この曲は多くの歌手に歌われている。ロッド・スチュワート、ナタリー・コール、ナット・キング・コール、エンゲルベルト・フンパーディンク、マイケル・ブーブレ、フランク・シナトラなど。

 この曲の由来をウィキペディアでは「原題は「Que reste-t-il de nos amour」(直訳すると「私達の恋に残されたものは」シャンソンを歌う方の間では邦題「残されし恋には」で知られています)英訳はアルバート・A・ビーチ。 原詩は若かりし日の恋を懐かしく思う内容で、別れゆく人の幸せを祈る英詞とは少しばかり趣が異なります」とある。

 また映画のあらすじは、英国領事館ワシントンDC内部調査ユニットの担当者スティーヴン・ウィルソン、コードネーム・アイ(ユアン・マクレガー)が、ヒューゴ局長からの22歳の息子ポールが女に引っかかって貢いでいるという情報を元に「金の使い道を調べてくれ」という指示を受ける。

 ポールを監視していると女(アシュレイ・ジャッド)が現れる。見ているとガラス張りの部屋でポールを刺し殺した。ユニットに連絡し始めたが、なにを思ったのか接続を切ってしまう。
 女ジョアナ・エリスというのがわかり、徐々に彼女にのめりこんでいく。

 多くの人はアシュレイ・ジャッドの美貌に歓喜の声を上げるが、私はさほど好きなタイプではない。むしろユアン・マクレガーに関心がある。

 さて、I wish you loveをクリッシー・ハインドで聴いていただきましょう。歌詞は英文で載せておきます。お暇があれば訳してみては如何でしょう。和訳にするには、かなり難しいところがありますね。
Goodbye, no use leading with our chins
This is where our story ends
Never lovers, ever friends
Goodbye, let our hearts call it a day
But before you walk away
I sincerely want to say

I wish you bluebirds in the spring
To give your heart a song to sing
And then a kiss, but more than this
I wish you love
And in July a lemonade
To cool you in some leafy glade
I wish you health
But more than wealth
I wish you love

My breaking heart and I agree
That you and I could never be
So with my best
My very best
I set you free

I wish you shelter from the storm
A cozy fire to keep you warm
But most of all when snowflakes fall
I wish you love

But most of all when snowflakes fall
I wish you love


読書「その裁きは死The sentence is death」アンソニー・ホロヴィッツ著2020年創元推理文庫刊

2023-01-19 14:46:16 | 読書
 二つの謎を追う作家アンソニー・ホロヴィッツ。彼が脚本を書いているテレビドラマ「刑事フォイル」シーズン7の序盤の“場面27戸外“。 1946年に設定された昼の撮影現場に現れたのは、ロンドン警視庁顧問、元刑事のダニエル・ホーソーン。殺人事件の発生を告げると同時にこの事件の顛末を本にしてくれという。気の進まないままホーソーンについて回るホロヴィッツだった。

 殺人事件の被害者は、離婚専門弁護士のリチャード・プライス。事件現場は、ロンドンの北ハムステッド・ヒース、フィッツロイ・パーク。この辺りは高級住宅地といってもいいかもしれない。四方をさまざまな植物に囲まれた場所に足を踏み入れることになる。木々が並び、藪が茂り、バラ、クレマチス、フジ、スイカズラ、そのほかありとあらゆるつる植物が埋め尽くす。建つ家々は隣から距離があり、エリザベス様式やアール・デコ様式など様々。被害者宅は寝室が三つか四つの現代風の建物だった。

 この辺りフィッツロイ・パークは私道のためgoogleマップのストリートヴューがないが、その周辺は樹々が茂っている。しかも女性専用の遊泳池があった。調べてみると「Kenwood Ladie's Bathing Pond」とある。googleマップは面白い発見をさせてくれる。

 ホーソーン、ホロヴィッツに加えカーラ・グランショーロンドン警視庁女性警部が登場する。ホーソーンに言わせればこの警部、まぬけで根性が悪いということになる。確かにホロヴィッツが脅される場面がある。成績を上げたい警部から、ホーソーンの動向を知らせろというわけ。しかも太った腕でホロヴィッツを壁に叩きつけて。この女の根性悪は、部下のダレン・ミルズを使ってホロヴィッツが本を万引きしたように罠をしかけるというもの。ほんと腹がたつ女だ。最後にこの警部が誤認逮捕の不名誉を浴びるという仕返しもあるが。

 事件はよくある意外な人物で解決するが、ホロヴィッツにとってホーソーンという人物の謎はおいそれと判明しない。酒を飲まない、たばこは吸う、同性愛者嫌い、自宅アパートに入れてもらったことがあるが、生活感に乏しい印象なのだ。

 このほかにも何人かユニークな人物が登場する。実在の人物かとネットで調べたほど、人物造形がリアルな日本人女性作家のアキノ・アンノ。小説や俳句集を書いていて、ホロヴィッツもよく分からない作品だという。

 こんな記述がある。「私は子供の頃、学校で俳句のことを教えられた。俳句が世界に知られるようになったのは、17世紀の俳人、松尾芭蕉のおかげだろう。“古池や 蛙飛び込む 水の音“ これは私が暗唱できる数少ない詩の一つだ」

 これを英訳して小泉八雲は、Old pond / Frogs jumped in / Sound of water. ドナルド・キーンはThe ancient pond / A frog leaps in / The sound of the water.」私し的には、小泉八雲がシンプルでいい気がする。

 余談になるが気になる二つを。一つ目、元刑事のホーソーンと作家のホロヴィッツが事件現場や参考人に事情を聞きに行くが、どちらも拳銃の携帯がない。

 さらにアンソニー・ホロヴィッツが脚本を書いているテレビドラマ「ニュー・ブラッド~新米警官の事件ファイル」でも二人の警官は拳銃を携帯しない。なぜこんなことを言うかといえば、外務省のホームページでイギリスの事件発生数が日本の10倍になると書かれているからだ。従って「ニュー・ブラッド」の二人の警官が逃げ回るという笑えない場面がある。ユダヤ系のアンソニー・ホロヴィッツは、なにか思うところがあるのかもしれない。

 二つ目は、ロンドンの渋滞税。本の中で「ロンドンは渋滞税を課し、中心部への車の乗り入れを減らそうとしているが、あまり効果は上がっていない。歩く方が車に乗るより速いくらいだ」

 この渋滞税、私は知らなかった。2003年から導入しているらしい。正式には「Congestion charge、混雑課金」と言うらしいが、ロンドンにある在外公館は、税金とみなし支払いを拒否しているという。この中に日本大使館も含まれる。


読書「砕かれた街Small Town」ローレンス・ブロック著2004年二見書房刊

2023-01-13 16:56:12 | 読書
 2001年9月11日は、日本人の私にとっても忘れようとしても忘れられない日になった。アメリカ人にとっては、屈辱を味わう日になったのだろう。過去にアメリカ本土が攻撃されたことがなく、直接危害を受けたのが初めてだったからだ。しかもビッグアップルといわれる世界に冠たるニューヨークに。

 世界に衝撃を与えたこの事件を北海道旅行の途中、国民宿舎「雪秩父」(ちなみにこの宿舎は、2015年9月19日に建て替えられ日帰り温泉施設として「ニセコ交流促進センター雪秩父」の名称でオープンした)に宿泊したとき部屋のテレビで観たのだ。

 はじめに……としてある文章を引用してみよう。「2001年9月11日、日の出時刻、午前6時33分。天気予報は快晴。午前8時45分、ボストン発ロスアンジェルス行きアメリカン航空11便が世界貿易センターのノース・タワーに衝突。午前9時5分、ボストン発ロスアンジェルス行きユナイテッド航空175便がサウス・タワーに衝突。午前9時50分、衝突から45分後、サウス・タワーが倒壊。午前10時30分、衝突から1時間45分後、ノース・タワーが倒壊。  
 2002年5月30日午前10時39分、グラウンド・ゼロでの撤去作業終了。もう二度と戻らないと、街中が思った」二度と戻らないと思ったし、アメリカ中、いや世界中が怒りに包まれた。

 しかし、残された人は前に進まなくてはならない。どのように進むかは、人それぞれ。ここに異形の人物たちが登場する。病的なセックス依存症かと思える画廊経営の円熟期の美人オーナー スーザン・ポメランス。

 このスーザンのセックス指導で人生を恵まれた環境で、二度生きたような感覚を味わう元市警本部長フランシス・バックラム。

 数冊の小説を世に送り出しているジョン・ブレア・クレイトン。クレイトンの文芸エージェント、ロズ・オルブライトの発案で、これから書くクレイトンの作品についてオークション方式をとると言う。結果300万ドル(約3億9千万円)でクラウンという出版社に決まる。この噂は素早く周辺に広まる。

 ジェリー・パンコー、同性愛者で請け負ったアパートの部屋や商店の掃除を生業としている。時には思いもよらない、事物に遭遇することがある。マリリン・フェアチャイルドがベッドで死んでいるとか。そして売春宿で三人の死体も発見する。

 マリリン事件で容疑者として、一時拘束されたのが作家のジョン・ブレア・クレイトンなのだ。

 家族四人がこのテロリストたちの犠牲になり、狂ってしまった広告会社の元調査課長ウィリアム・ボイス・ハービンジャー。この男が凶行を重ねていく。地元紙の呼び名は、カーペンター。ノミやカナズチ、キリが殺傷の道具だからだ。

 この本をたった一言で表現するとすれば、「金庫に仕舞っとけ」。なぜか? それは無造作にページを開けば、スーザンのセックスライフの詳細な記述を目にすることができる。それほど頻繁に現れてくる。
 思春期の子供を持っていればこの本を閉じ込めたくなるのは必定だろう。ローレンス・ブロックにしてはポルノまがいの珍しい表現だ。何故だろうと考えるがいまいちはっきり分からない。訳者あとがきでは、セックス描写は生と死を表していると言うが。賛否が分かれた作品であったようだ。

 ローレンス・ブロックは、ニューヨークを心から愛する一人に間違いはない。例えばこんな記述はどうだろうか。カーペンターがボートの持ち主を殺して、自ら操縦してハドソン川からイースト・リバーに向かい「偉大な三つの橋の下を順々にくぐった。ブルックリン・ブリッジ、マンハッタン・ブリッジ、ウィリアムバーグ・ブリッジと。その昔、いっとき仕事を休業したジャズ・ミュージシャンがいた。そのミュージシャンはほかのミュージシャンとセッションするのをやめ、ジャズクラブやコンサートホールで演奏するのをやめ、レコーディングするのもやめてしまった。そのかわり、ウィリアムバーグ・ブリッジの真ん中まで歩いて、そこでただ一人何時間も演奏したと言われている。これがどこか別な場所の話だったら、次の二つのうちどちらかになっていただろう。そんなことはしてはいけないと言われるか、あるいは、演奏を聞きに人々が続々と集まり、そのうちそのミュージシャンはうんざりしてうちに帰ってしまうか。
ミュージシャンはいつまでも演奏できた。それがニューヨークだ」

 次は音楽の話に移ろう。スーザンとクレイトンがセックスフレンドになって交わした会話。「ニューヨークには、カントリー・ミュージック専門局がない」とスーザン。「一局あるけどトップ40しかかけない」 とクレイトン。

 そして、ボビー・ベアの「ロザリーズ・グッド・イーツ・カフェ」という8分にも及ぶストーリー・ソングをLPでかける。この曲、YouTubeで聴いたが心を動かされることはなかった。

 それよりもニューヨークといえば、フランク・シナトラをおいてほかにあるかな。ヤンキー・スタジアムで試合終了後、必ず流れるのはフランク・シナトラの「ニューヨーク ニューヨーク」なのだ。それをお届けする。
 私が今日旅立つことを広めてくれ
 ニューヨークの一部になりたい
 ニューヨーク ニューヨーク

 放浪者の靴は迷い子になりたがっている
 ニューヨークの真ん中を通り抜けたいが
 ニューヨーク ニューヨーク

    眠らない街で目覚め
 そして丘の王、お山の大将になる

 故郷の小さな町の憂鬱は、溶けていく
 再出発するよ、古いニューヨークで
 もしそれができるのなら、どこでもできるよね
 あなたなら出来るよ、ニューヨーク ニューヨーク


読書「ゲートハウスThe Gate House」ネルソン・デミル著2011年講談社文庫刊

2023-01-04 16:36:35 | 読書
 1人称の上・下巻約1400頁の長い長い物語である。主人公は、ジョン・サッター。税務弁護士で50代の独身男。彼には忌まわしい記憶があって、元既婚者という立場でもある。

 メイフラワー号でやってきた人たちやその後にやってきた人たちを先祖に持ち、ロング・アイランドのゴールド・コーストという超ド級の高級住宅地で広大な地所と15部屋もある邸宅に住んでいたサッター夫妻。

 その妻スーザンは、富豪のスタンホープ家の長女で、生活費として年25万ドル(今の相場で3千4百万円)を父ウィリアムから支給されている。その金を当てにするジョンではなかった。ウォール街で亡き父が共同経営していた法律事務所で大金を稼いでいた。

 ジョン・サッターもサッター家という血筋で、スタンホープ家ほどでもないが、それなりのレベルの人間なのだ。しかし、住んでいるゴールド・コーストの邸宅いわゆるゲスト・ハウスは、スーザン名義である。

 かつてのスタンホープ家の地所は、200エーカー(約80万平方メートル)、と言われても見当もつかないが東京ドーム20個分に相当するらしい。その中に建つ屋敷は、50部屋もある大邸宅なのだ。

 そしてそこに移り住んできたのが、こともあろうにマフィアのドン、フランク・ベラローサという男。ジョンに言わせれば、かなり魅力的な男で引き締まった体にハンサム、話術も巧みで友人関係にまで発展した。そこには大きな落とし穴があった。

 スーザンも超がつくほどの美人、労働といえば、スーザンもマンハッタンで出版社を継いだという大富豪の女性の個人秘書を勤めた経験がある。そのスーザンがこのフランクという男を愛するようになる。ところがある日、スーザンはこの男を射殺する。 が、罪に問われることはなかった。ジョン・サッターは、なんの要求もしないでスーザンと離婚した。それが10年前の出来事、そして今、ロンドンからニューヨークへの飛行機の中で、あの忌々しいく腹立たしいスーザンとフランクとの肉欲の夢を見ていた。ジョンは寝取られた男なのだ。

 物語はここから始まるわけで、ジョン・サッターの人となりも明らかになる。ジョンは会話の中で冗談を連発する。それも低俗な。相手によったら気分を害するだろう。それでもハンサムで頭の回転が速い。

 そしてゴールド・コースト族を「上流階級声、丁寧ではあるが疑問の余地なく権威の響きを帯びている声だ」と揶揄する。そして10年ぶりの帰郷は、スタンホープ家が雇用していた邸外の雑事をこなすアラード夫妻、夫ジョージは既に故人。妻のエセルもホスピスで運命の終焉を待っている。そのエセルの求めで、ジョンが身辺整理のためにこのゲートハウスにやってきた。

 目と鼻の先には、スーザンのゲストハウスがある。しかもゲートハウスのそばを通らないと表通りに出られない。いつかはスーザンと鉢合わせするだろうとジョンは恐れていた。

 しかも周囲の様子は変わっていた。お隣にはイラン人が住んでいるし、マフィアのドンの敷地は細分化され売り渡されていた。6月のさわやかな風がそよぐ午後、亡きフランク・ベラローサの息子アンソニーが訪ねてきた。和やかなうちにもアンソニーは、さりげなくスーザンのことに触れて帰っていった。

 俄然、ジョンは危機感を持った。端的に言えば、「おれの親父を殺しておきながら、罪にも問われずのうのうと生きてやがる。いづれ落とし前をつけるぜ」とジョンには聞こえたかもしれない。

 エセルの葬儀はジョンとスーザンを再び結び付け、息子のエドワード、娘のキャロリンとの再会。かつてのような一家団欒が戻ってきた。

 ただ、スーザンがどのようにフランクを愛するようになったのか。つまりいつ?、どこで?、どのように? これを知りたければ、前作「ゴールド・コースト」を読むしかないだろう。とは言っても、私は触れてほしかった。

 フランクを射殺した場面を説明するとき「フランクに言ったの。愛している……あなたのためなら人生を捨ててもいいって」でもフランクは「ジョンのところに戻れ。やつはあんたを愛している。おれは愛していないね」と言った。

 人生を捨ててもいいと言ったスーザンとよりを戻すなんて、ジョンは軽い男だなと思うしかない。しかし、好事魔多し。FBIや地元警察への告訴状提出、ショットガンやライフルの準備も、マフィアの悪賢さには……著者の冗長な文体に辟易しながらも読了した。

 私はこういうミステリーでも、異文化の手触りも楽しむ方で、気がついたこともある。例えば、ジョンが書類のコピーを外の業者でするということ。プリンターで十分役に立つんだが。大金持ちなのにプリンターを買わないの。

 また、スーザンやジョンが部屋や車の中で聴くのはクラシック音楽、エセルはポピュラー音楽という具合。著者はこれで上流と下流を区別したのかもしれない。クラシック音楽もいろいろで、フランスの作曲家ジュール・マスネの「タイスの瞑想曲」やバッハの「G線上のアリア」ドビュッシーの「月の光」などBGMに適したものが多くある。

 エセルのゲートハウスにあるラジオのスイッチを入れた。「オールド・ケープ・コッド」が流れてきた。
砂丘と潮風が好きなら
趣のある小さな村があちらこちらに
オールド ケープ コッドに恋すること間違いなし

ロブスター・シチューの味が好きなら
オーシャンビューの窓際でお召し上がりいただけます
オールド ケープ コッドに恋すること間違いなし

手招きしそうなまがりくねった道
青い空の下に何マイルも続く緑
日曜日の朝に鳴る教会の鐘
生まれた街を思い出す
パティ・ページが本家のようだが、好みからビング・クロスビーでお届けする。


読書「緋色の迷宮Red Leaves」トマス・H・クック著 2006年文春文庫刊

2023-01-01 21:09:42 | 読書
 息子の背丈が私と同じになり、妻もかつてないほど輝いていた。私は心の底から満たされて、達成感を味わわせてくれるのは、大きな新しい家でも仕事でもないことを悟った。それは家族であり、家族が人生に与えてくれる奥行きと安定感であり、静かに根をおろしているという感覚、私の父が一生手に入れられなかった幸福感なのだ。これこそ自分の人生の最大の勝利だ、と考えるようになった。

 そこで私は写真を撮ろうと思い立ち、息子のキースと妻のメレディスを外に呼び出した。二人を両腕に抱えて「はい、チーズ」。出来上がった写真には、真ん中に私、右腕にメレディス、左腕にキース。くったくのない大きく笑った顔が三つ並んでいた。幸せな家族の写真。しかし、私の頭の片隅から湧き出るのは「家族写真はいつでも嘘をつく」だった。

 アメリカのどこにでもあるような小さな町。私はその町に一つしかないショッピングモールで、写真店を営んでいる。私は、エリック・ムーア、妻メレディスは、短期大学の講師をしている。一人息子のキースは15歳。

  写真店の近くで青果商を営むヴィンス・ジョルダーノからの頼みで、ヴィンスの娘エイミー8歳のベビー・シッターを受け、キースが出向いた。キースが帰宅したのが午後10時過ぎ。思春期特有の掴みどころがなくぶすっとした不機嫌な表情とともに帰宅した。

 そして夜半、ヴィンスから電話がかかってきた。「うちのエミーが見当たらないんだ。キースが何か知っているだろうか?」この1本の電話がムーア家を混乱の渦に巻き込んだ。キースは知らないと否定する。やがて刑事二人が事情を聞きに顔を出す事態に発展する。

 キースは容疑者か。エリックに猜疑心が浮かぶ。家族の信頼が徐々に揺らいでいく。父と子、夫と妻。こういう問題の場合、キースが殺人犯となれば、家族は団結する方が多いだろう。しかし、行方不明状態が長く続くと、徐々に家族崩壊に向かうだろう。

 エリックは「人生の半分は否認であり、たとえ愛する相手でも、相手の中に何を見るかではなく、なにに目をつぶるかが私たちの関係を支えているのだということを、その後、私は学ぶことになるのだが」と言う。どこにでもある題材ながら、心の深奥が迫ってくる怖れを描いて秀逸だ。