ハワイ ホノルル警察の刑事ジョー・マグレディが辿る過酷な運命から、将来の伴侶と決めた日本人女性サチと厳寒の野沢温泉で再会するまでの長大なドラマなのである。1941年11月26日から1945年12月31日までの5年の歳月は、日本人、アメリカ人を問わず劇的な変化の時代だった。その最たるものは、太平洋戦争だった。
マグレディ刑事は勤務が終わって、ホノルルのバーでスコッチウイスキーを舐めていた時、上司のビーマー警部の呼び出しを受ける。時間外勤務になり翌日感謝祭も仕事だろうと思いながら、モリーを失望させることになることにも気をもむが、時間外手当を考えるとそれで何とかなりそうな気もする。事件現場を見るとそんなものは、一遍に吹っ飛んでしまった。梁から逆さにつるされて死んでいる男。毛布にくるまれて死んだ女。二人とも全裸だった。二人の関係は不明。
この事件をきっかけにマグレディの捜査は、香港、東京へと及ぶ。身に覚えのない加重強制わいせつ罪に問われ香港の刑務所に収監されているとき、日本軍の進駐によって日本の統治下におかれる。そしてある日現れたのが、高橋寛成外務省第一書記官だった。高橋書記官の言によれば、ホノルルで殺された女性は、私の姪なのだ。ぜひ犯人を捕えてほしいというものだった。そして安全は保証すると。
1944年11月から1945年8月までの東京大空襲下において、マグレディは高橋宅で起居していた。その時の様子が克明に描かれるが、著者の取材は全く正しく、私の記憶と寸分違わない。当時私は中学1年生で、大阪市郊外に住んでいた。
米軍は時々夜間攻撃を仕掛けてきた。主に大火災を発生させる焼夷爆弾攻撃だった。夜空を赤々と染める大空襲を眺めながら、米軍とわが軍の力の差が歴然とするのを唖然として眺める。米軍のB29爆撃機は悠々と飛行し、迎え撃つわが戦闘機の機銃の赤く光る銃弾がB29機に届かず、まるでインポテンツのようにわなわなと落ちていく様子は我が国の末路を暗示しているかのようだった。
戦争末期には迎撃もなし、地上からのサーチライトもなし、米軍は鍵のかかっていない住宅に押し入る強盗のように傍若無人だった。昼間にやってくる艦載機のお遊びは、歩行者を追い詰め銃弾で威嚇したりする。
空襲の翌日、電車で大阪市内に行ってみた。電車が動いていること自体が不思議なんだが、そういえば停電がなかった気がする。戦後の検証によれば、皇居、京都・奈良、歴史的建造物などは学者の進言により。戦後日本統治を考慮して破壊しなかったといわれている。それらの一環として市民生活の基幹産業も避けたのかもしれない。
電車の終点から外へ出ると何もない広々とした焼け野原が見渡せた。道路わきに男の焼死体が転がっていた。まるでガラガラ蛇がかま首をもたげるように、蛇口から水がポタポタと落ちていた。人の姿も見かけない。
やがて終戦でマグレディはホノルルに帰った。5年も音信不通だったため、恋人モリーはかつてマグレディの相棒だったフィレッド・ボールと結婚していて1児を儲けていた。担当する事件そのものも未解決事件扱いになっていた。それでもマグレディは真相究明に注力する。そして意外な人物が浮上する。一級のミステリーであり恋愛小説でもある。
ただ一つ気に入らないのは、表紙のデザインだ。日本語版では真珠湾攻撃時の写真だし、原語のキンドル版は男女二人がベッド脇にたたずむという絵柄なのだ。ここから見えるのは、日本では戦争を主題にアメリカではロマンスが主題と見て間違いないだろう。もっとセンスのいい表紙にできないのかと思ったりする。
著者のジェイムズ・ケストレルは、本作で2022年にアメリカ探偵作家クラブのエドガー賞受賞。現在弁護士。ハワイ在住。