「私はいつも月曜日が好きだった」と言うのはクローヴァーリーフ・ブックスという出版社のベテランの編集者スーザン・ライランド。月曜日が好きだと言えるのは幸せなことだ。週休二日で休み癖がついて、月曜日はなんだか億劫な気分になるのは多くの人が経験していると思う。
「木曜や金曜はピリピリした緊張感があるけど、月曜に出社して自分の机の上に未開封の封書、校正刷り、営業や広報、版権管理者からのメモなどを見ると満ち足りた気分になる」スーザンはかなり仕事人間。そのスーザンが謎に挑むのである。
「カササギ殺人事件」は風変わりな構成でなっている。前半、文庫(上)になるが、1955年イギリス、サマセット州サクスビー・オン・エイヴォン村の聖ポトルフ教会で、しめやかに葬儀が行われていた。故人となったのはメアリ・エリザベス・ブラキストン58歳。
メアリは、この地でパイ屋敷と呼ばれる准男爵のサー・マグナス・パイが住む、エリザベス朝様式の16世紀からつづく屋敷の家政婦だった。玄関ホールの幅広い階段の上り口に倒れているのが発見された。
口さがない村人たちの噂では、息子のロバートが母親を殺したという。絶対そんなことはないと確信を持つ婚約者ジョイ・サンダーリングが、有名な探偵アテュカス・ピュントをロンドンの事務所に訪ね助力を乞う。しかしピュントは、事件化していないものに手を貸すことはできないと断る。
ところが数日後、パイ屋敷のサー・マグナス・パイが殺される。事件の担当がバース警察刑事課レイモンド・チャブ警部補、ピュントの旧友でもある。いよいよアテュカス・ピュント登場となった。
このアテュカス・ピュント像は、アラン・コンウェイという作家が創造し、メアリを殺した犯人に目途をつけて文庫(上)が終わる。
さて、文庫(下)には編集者のスーザン・ライランドがアラン・コンウェイ著「カササギ殺人事件」の原稿に結末が欠落していることに気が付く。ここから別の謎解きが始まる。
そして思わぬ驚きの結末が待っている。ただ、この驚きの結末に至るまで偶然が介在するのがやや不満ではある。
こういう文脈がある。「小説で起きる偶然の出来事が、私はあまり好きではない。論理と計算から成り立つミステリにおいてはなおさらだ。探偵は神の摂理など味方につけず、自力で真相に到達しなくては。もっとも編集者として私がいくらそう思ったとしても、残念ながら、現実に偶然の出来事が起きてしまったのだから仕方がない」と言い訳をしている。この論理で行けば、すべて現実に起きてしまったことだからで済ますことができる。まあ、重箱の隅をつつくことはやめよう。
このようなストーリー展開は、アガサ・クリスティが良く使う手だというが。この本には謎解き以外にも興味深い記述がある。よく言われる英国の階級意識のこと。卵が二つ、ベーコン・ソーセージ、トマトと揚げ焼きしたパンという完璧な英国の食事。レストランで飲むジュヴレ・シャンベルタンのグラン・クリュ、(日本で1万円台から20万円台までの赤ワイン)。スーザンの愛車MGBロードスター。スーザンの恋人ギリシャ系の男アンドレアス・パタキス。これらが文脈を遊よくして楽しませてくれる。
題名の「カササギ」は、鳥網スズメ目カラス科の鳥類。大きな脳を持ち鏡に映る姿を見て自分だと認識するそうだ。この物語では、メアリの埋葬の時、ニレの木にびっしりとカササギがとまっていて、埋葬が終わるとカササギたちの姿がなかったという謎めいた雰囲気なのだ。
著者アンソニー・ホロヴィッツは1955年イギリス、ロンドン生まれ。小説家、脚本家、児童文学作家として多くの著作がある。