乳白色の肌、猫を思わせるグリーンの目、赤い爪、ブルージーンズをはいた長い脚、そしてすごい美人、さらにもっとすごいのは、ショルダーホルスターから覗く大型拳銃スミス&ウェッソン257口径の銃把。
彼女の名前はキャシー・マロリー、ニューヨーク市警ソーホー署巡査部長刑事。キャシー・マロリーの性格は複雑だ。独善的で排他的、しかも数学的頭脳は外科医のメスのように鋭い。
彼女の行動に理解不能といえるものがある。一例として、州間高速道路で、ある車の横にピタリと並走するが、マロリーの目は相手のドライバーからそらすことはない。前方を見ずに何キロも走行する。
仮に容疑者がこれをやられたら、ギブアップするしかない。誰だって気持ち悪くなって恐怖も覚える。
そのマロリーが運転する車は、フォルクスワーゲン・ビートル。この車をなめてはいけない。エンジンをポルシェ911ツインターボに変えてある。マロリーがぶっ飛ばすスピードは、210マイル、キロにして時速約330キロ。どんなに性能のいいパトカーでも追いつくことはできない。
物語はマロリーが住むアパートメントの部屋で、サヴァンナ・サイラスという女性の遺体が発見されたところから始まる。マロリーが殺したのか。そんな疑問を抱きながら先を急ぐことになる。
マロリーは相棒のライカー刑事にも無断で姿を見せない。それをクレジットカード使用の痕跡を追うライカー刑事。ただ、クレジットカードを使っているという点で無実の証左となるので心配はいらないが「あのチビが殺しをすることはないが、どこをほっつき歩いているんだ」と文句を垂れる。
ライカーがマロリーを「チビ」というには訳がある。マロリーには生みの親と育ての親がある。育ての親が故人のルイ・マーコヴィッツという刑事だった。マーコヴィッツと一緒に働いていたのがライカーで、マロリーはまだ小さかった。だから今でもライカーは、マロリーのことをチビと呼ぶ。
暴風雨が去った真夜中、マロリーはシカゴ美術館の前に車を停めて、二頭の緑のライオンを眺めた。大事にしている古い手紙の冒頭を思い浮かべた。「この商業と美術と緑のライオンの交差点を、マザー・ロード(ルート66のこと)の出発点とみなす旅行者もいる。もともとの出発点は、別のところにあるんだけどね。昔から絶えず変化してきたハイウェイ。いまそれは、八つの州のあちこちに散らばる舗装路のつぎはぎと化し、消滅しつつある。旅と車のよきロマンスの名残りすべてが」今は亡き生みの親ペイトン・ヘイルからの手紙なのだ。
ペイトン・ヘイルがかつて旅したルート66、その道を娘マロリーが追憶の旅に出た。しかもポリス・スキャナー(警察無線受信機)をフォルクスワーゲン・ビートルに搭載してあるから、いやでも事件発生を傍受できる。ポリス・スキャナーはマロリーの習性を刺激し、事件現場へと向かわせる。
手紙には天候とルートに関するメモ、それぞれの道でかける音楽の指示まである。マロリーは忠実に従う。イリノイ州シカゴからカリフォルニア州サンタモニカまで約3755キロ。
ナット・キング・コールが歌う「ネイチャー・ボーイ」を出発前のしばしのひと時を楽しむ。道中、娘を殺されたキャラバンに遭遇したり、シリアルキラーとも対決、そいつを自らも重傷を負いながら抹殺したりと旅のついでの犯罪捜査という趣。
私は犯罪捜査にはあまり興味を持てなかったが、ルート66と音楽には興味を募らせた。
地平線から太陽が白色に包まれながら昇ってくるのを、疾走するビートルで聴くのはヨハン・セバスティアン・バッハ作曲「ブランデンブルグ協奏曲第3番」弦楽器の奏でる雅な調べが生き生きとして、喜びに満ち溢れていると解説にある。これを聴きながら想像すると、かなりいい雰囲気は確かなようだ。
ライカー刑事の贈り物でお前のテーマソングだという「デスペラード(ならず者)」も、マロリーは何回も聴いた曲だ。
レッド・ツェッペリン「天国への階段」、ママス&パパス「夢のカリフォルニア」、ザ・フー「もう二度とだまされない」、ボブ・ディラン「時代は変わるThe times they are a-changin'」、イーグルス「Take it easy」と豊富。
さらに道中の見どころにも触れる。「ミッドポイント・カフェ」テキサス州エイドリアンにあり、ルート66のほぼ中間点。
「クラインズ・コーナーズ」ニューメキシコ州のロードサイドの休憩所、「エルランチョ・ホテル」ニューメキシコ州ギャラップにあるホテル。映画製作の拠点としてこのホテルを建てたらしく、ハリウッドの俳優が滞在した。ロナルド・レーガン、ジョン・ウエインなどという懐かしい名前も。
「ペインテッド砂漠」アリゾナ州北東部にある化石の森国立公園の北地区にある。まさに描画をしたような地層が見える。
「ブラックキャット・バー」アリゾナ州セリグマンにある。
まるで西部劇に出てくるようなバー。
ジョン・スタインベックは1939年の著作「怒りの葡萄」で、1933年からほぼ二年間、テキサスからカナダ国境に至る大平原に猛烈な砂嵐が吹き荒れた。それはすべての耕地を一夜にして砂丘に変えた。この天災と進む機械化の波に追われて、オクラホマの貧農ジョードとその家族が代々の土地を捨てカルフォルニアへと向かった道がこのルート66だった。
スタインベックはルート66を「赤い土地と灰色の土地を越え、山脈へとよじ登り、分水嶺をよぎって、陽の照りつける恐るべき砂漠に下り、さらに砂漠を越えて。ふたたび山脈に入り、そして豊饒なカリフォルニアの渓谷へと入っていく。ルート66は逃亡する人たちの道である」著者キャロル・オコンネルは、犯罪の道にしてしまった。1947年生まれでニューヨーク出身。趣味の小説を書くことが成功した。
上記の音楽リストの中で、わたしが好きなのが「デスペラード(ならず者)」。これは1973年イーグルスがリリース、多くのアーティストがカバーしているが、しみじみと聴くには現役のダイアナ・クラールがいいでしょう。では、どうぞ!