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読書「出訴期限Limitations」スコット・トゥロー著 文藝春秋2013年刊

2024-06-18 10:18:08 | 読書
 7年前の一時間がいまだに一生を決める力を持っているとは思いもしなかった。 と思うのはジェイコブ・ウォーノヴィッツなのだ。七年前の三月、グレン・ブレイ高校生ジェイコブ・ウォーノヴィッツの家でホームパーティを開いた。参加していた女子高校生ミンディ・デボイアーがレイプされ、一審で有罪六年の判決を受けたジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名が上訴裁判所に控訴した。

 弁護側の主張は、出訴期限法の三年が過ぎているから破棄されるべきだというもの。上訴裁判では三人の判事の合議制がとられていて、そのうちの一人ネイサン・コールが言う「そもそも出訴の期限というものは、時の経過とともに記憶が薄れ、証拠が散逸していくのに対する懸念から発生したものなんだ。今回は犯罪を記録したビデオがあるのだから、その点を心配する必要はない」

 主任裁判官のジョージ・メイソンは、気が乗らない複雑な心境にある。というのもメイソンの十代のころ、同じような性的体験があるからだ。その時の相手はロリー・ヴィッキノだが、強要はしていない。アルコールや薬物の影響が薄れる翌朝、ロリーが壁に寄りかかっていた。事情を聞くと、行くところがないという。メイソンはどうしていいか分からず、寮長に後を託した。

 そして今回のレイプ事件。これに刺激されたかのように、ロリーのその後が心配でたまらなくなる。何をいまさらと感じないでもないが、ロリーの探し方を助手に聞いてパソコンを立ち上げた。それに加えて謎の脅迫メールが届くようになる。さらにメイソンの妻が癌で放射線治療の段階に至る。そしてさらにさらに、裁判所の駐車場で車と所持品を狙った強盗に合う。一時は死を覚悟して、被害者の恐怖を身を持って体験する。

 何かと騒がしい身辺であるが、ロリーに電話する。話の断片からあの時のロリーであることが確信できた。 が、相手のロリーは「変な電話」と呟く。この辺は男の浅はかさを描いていて苦笑する。人は過去を取り消すことはできない。刻一刻と時は過ぎていく。よりよい未来のためにも考えられる最良の判断が求められる。ジョージ・メイソンはジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名に、有罪の最良の判断を下した。

 著者のスコット・トゥローは、1949年シカゴ生まれ。スタンフォード大学大学院、ハーヴァード・ロースクールを経て法曹界に入る。シカゴ地区連邦検察局の検事補を務める傍ら執筆した長編小説「推定無罪」で87年に小説家デビュー。同作はベストセラーとなり、リーガルサスペンスの古典となった。

読書「策謀の法廷Double Tap」スティーヴ・マルティ二著 扶桑社ミステリー2011年刊

2024-06-10 10:03:29 | 読書
 本格的な法廷もので、昨今各国で浸透するインターネットの波及に乗じた政府の個人情報への干渉にも警鐘を鳴らす。フェラーリを操る見た目30代、実年齢43歳のマデリン・チャップマンは、カリフォルニア州サンディエゴ近くの400エーカーの丘陵地帯に位置するソフトウェア制作会社アイソテニックス社最高経営責任者の地位にある。金曜日の夕刻、帰宅直後に何者かに襲われて殺害された。警察は初動捜査で犯行に使われたと思われる拳銃を押収している。

 そして逮捕されたのが、アイソテニックス社の警備を担当する会社から派遣されていたエミリアーノー・ルイスだ。ルイスは陸軍の特殊部隊にも所属していたことがあって、銃器の扱いに慣れていたし、チャップマンの事務所でチャップマンとセックスにふける監視カメラの映像も押収されている状況なのだ。ルイスは「絶対殺していない」と明言する。

 この事案を担当するのは、弁護側ポール・マドリアニ弁護士とハリー・ハインズ弁護士。対して検察側には、身長135センチの小人ラリー・テンプルトン検事。かなりやりての検事で、身長135センチとなれば陪審員席の前では頭が少し出るぐらいのため、台を置いて冒頭陳述や最終陳述で、タップダンスを踊るように陪審員の心を掴む術にたけている。

 国家の安全保障を盾に、インターネットを支配しようとする政府。政府の代理人と言ってもいい検事。チャップマンとルイスの濡れ場の映像の証拠採用で、不採用を得た弁護団。しかし、状況証拠はルイスを指している。この証拠採用の権限は判事にあり、現実のトランプ裁判でもニューヨーク地裁判事のトランプ側の証拠不採用が多かったと伝えられている。判事の公平性が問われる。

 果たしてルイスは死刑か無罪か。著者が警鐘を鳴らすと書いたが、終盤で次のように書いている。「テクノロジーはとどまるところなく進化を続け、政府部内で機密の計画が爆発的な勢いで増加している現状にかんがみれば、すでに個人情報がどの程度まで盗まれているのかが明らかになる日は永遠にやってこないかもしれない。一つだけ確かなのは、この種のテクノロジーが私たちの未来に危険を及ぼすということだ。各国政府があらゆる人々に電脳時代の進歩とその進歩のペースに参加せよと命じ、この主張への賛同を命じている事実にかんがみれば、未来に発生する大暴風雨はプライバシーに計り知れない危険をもたらすばかりか、私たちが心安らかに暮らすことのできる場所、周囲から守られた静かな場所を破壊しかねないのだから」

 早急に強力なチェック・システムの構築が必要に思える。でないと民主主義国家日本も中共化の怖れ十分だろう。

 著者スティーヴ・マルティニは、1945年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学卒業。新聞記者として働いたのち、パシフィック大学で法律の学位を取得。カリフォルニア州司法省などに勤務した後、92年に第一作「状況証拠」を上梓、弁護士ポール・マドリアニ・シリーズが続く。

読書「チャイルド・オブ・ゴッドCHILD OF GOD」コーマック・マッカーシー著早川書房2013年刊

2024-06-07 10:56:41 | 読書
 文学的評価の高いこの作品、27歳のレスター・バラードという男が森の中をさまよい林道の終点で見つけたカップル。ドアを開けると二人とも死んでいた。やおら屍姦のあと、その女性の死体を掘っ立て小屋に持ち帰り、街で赤いドレスや下着と口紅を買って死体に着せる。自らは口紅を塗り女性の衣装を着て、森の中を徘徊する。

 読んでいて気持ちのいいものじゃない。商業的には成功しなかったのは納得できる。「極端な孤立、倒錯、暴力を人間の経験を表現することに成功するとともに、マッカーシーは文学的慣習を無視し(例えば、引用符を使わない)、事実に基づく記述、非常に詳細な散文、鮮やかで絵のように美しい牧歌的なイメージ、口語的な一人称の語り口(話し手は特定されないまま)など、いくつかの文体を切り替えている」とウィキペディアにある。

 日本版においても句読点の読点がないのと会話にかっこ書きがない。まずこれに驚かされた。これは日本の翻訳者や編集者が考えたことであろうが。もともと孤独で人付き合いの下手なレスター・バラードにとって、親から受け継いだ家を競売にかけられて放り出される。ますます孤独感を強め、森の中にあるすき間の多い板壁のぼろい掘立小屋にひっそりと暮らす。
 肌身離さず持ち歩くのはライフル銃。誰も信じないし誰も信じてくれない。女が欲しいけれど、生身の女は相手にしてくれない。死体になればすべて俺の言うがまま。ライフルは非常に役に立つ。

 この小説は2012年にジェームズ・フランコが映画化している。山の岩場で片腕をはさまれ、127時間身動きが取れなくなった登山家の実話の映画化で、ジェームズ・フランコが主演している。高く評価された作品だった。この「チャイルド・オブ・ゴッド」の映画評は、平均点以下というみじめなものだった。原作に忠実すぎるというのが私の意見。丹念に屍姦を描くというのはどうだろう。描き方があるような気がする。