7年前の一時間がいまだに一生を決める力を持っているとは思いもしなかった。 と思うのはジェイコブ・ウォーノヴィッツなのだ。七年前の三月、グレン・ブレイ高校生ジェイコブ・ウォーノヴィッツの家でホームパーティを開いた。参加していた女子高校生ミンディ・デボイアーがレイプされ、一審で有罪六年の判決を受けたジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名が上訴裁判所に控訴した。
弁護側の主張は、出訴期限法の三年が過ぎているから破棄されるべきだというもの。上訴裁判では三人の判事の合議制がとられていて、そのうちの一人ネイサン・コールが言う「そもそも出訴の期限というものは、時の経過とともに記憶が薄れ、証拠が散逸していくのに対する懸念から発生したものなんだ。今回は犯罪を記録したビデオがあるのだから、その点を心配する必要はない」
主任裁判官のジョージ・メイソンは、気が乗らない複雑な心境にある。というのもメイソンの十代のころ、同じような性的体験があるからだ。その時の相手はロリー・ヴィッキノだが、強要はしていない。アルコールや薬物の影響が薄れる翌朝、ロリーが壁に寄りかかっていた。事情を聞くと、行くところがないという。メイソンはどうしていいか分からず、寮長に後を託した。
そして今回のレイプ事件。これに刺激されたかのように、ロリーのその後が心配でたまらなくなる。何をいまさらと感じないでもないが、ロリーの探し方を助手に聞いてパソコンを立ち上げた。それに加えて謎の脅迫メールが届くようになる。さらにメイソンの妻が癌で放射線治療の段階に至る。そしてさらにさらに、裁判所の駐車場で車と所持品を狙った強盗に合う。一時は死を覚悟して、被害者の恐怖を身を持って体験する。
何かと騒がしい身辺であるが、ロリーに電話する。話の断片からあの時のロリーであることが確信できた。 が、相手のロリーは「変な電話」と呟く。この辺は男の浅はかさを描いていて苦笑する。人は過去を取り消すことはできない。刻一刻と時は過ぎていく。よりよい未来のためにも考えられる最良の判断が求められる。ジョージ・メイソンはジェイコブ・ウォーノヴィッツ他三名に、有罪の最良の判断を下した。
著者のスコット・トゥローは、1949年シカゴ生まれ。スタンフォード大学大学院、ハーヴァード・ロースクールを経て法曹界に入る。シカゴ地区連邦検察局の検事補を務める傍ら執筆した長編小説「推定無罪」で87年に小説家デビュー。同作はベストセラーとなり、リーガルサスペンスの古典となった。