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読書 ピーター・へイニング編「死のドライブ」(8)

2007-04-29 11:27:46 | 読書

ジェフリー・アーチャー「高速道路で絶対に停車するな」

 高速道路会社に賛同しているわけではない。これは別の危険を指摘しているものである。結末まで書くわけにはいかない。
 書き手の上手(うま)さに時間を忘れさせられる。とにかくキャリア・ウーマンのダイアナが、夕食に間に合うように運転する車を、執拗に追いかけて回すというもの。いったいどうなるのだろう。不吉な予感に包まれる。そして意外な結末。

 著者は、1940年4月ロンドン生れ。オックスフォード大学を卒業。78年に発表した処女作「百万ドルを取り返せ」が大ヒット、85年上院議員に復帰するが、86年スキャンダルで辞任。偽証罪で服役、社会復帰後07年3月には絵画盗難を題材とした新作を発表の予定とか。



小説 人生の最終章(11)

2007-04-28 13:18:31 | 小説

14

 最後の診察に病院に行ってから、早いものでもう一週間が過ぎようとしていた。香田のことは時折思い出しているが、まだ踏ん切りがつかない。京子に痛いところを突かれた。
「あなたが変に気を回して、相手の誘いをすぐセックスに結び付けているんじゃない。もう少し素直になって、ドライブでも楽しんでらっしゃいよ。考えすぎというものよ」
言われればその通りで、反駁の余地はない。その言葉がきっかけで、ようやく香田にメールを送る気持ちが決まり始めていて、パソコンの前で文案を考えていた。積極的な気持ちが少し欠けていて、文案の出来栄えが今ひとつの状態がしばらく続いていた。
 完成を見ない文案を一まず置いて、コーヒーを淹れにキッチンに入り出来るのを待った。窓から見える海は、今日も青くすこし霞がかかった空気に包まれていた。頭の中で考えるともなく文案の断片を転がしていると、一気に形になった。
「香田様 今、窓から海を眺めています。青い空に青い海、遥か向こうで一体になる様子が見える気がします。これを眺めているととても心が和み、お誘いのドライブをしてみたくなりました。ご返事お待ちしています。浅見けい」
 送信ボタンにマウスをあわせ一瞬のためらいののち、思い切ってクリックする。もう事態は動き始めた。後戻りは出来ない。とはいっても、香田が返事をくれればの話だけれども。そこではっとして、文案に「遥か向こうで一体になる様子が見える気がします」の中の「一体」が曲解される恐れを感じて身がすくんだ。もうどうしょうもない。が、しばらくすると開き直った気持ちが心を落ち着かせてくれた。

 香田の日課は大体決まっていた。朝七時に起きて夜十一時に就寝というパターンだった。長い休暇の真っ只中を過ごしているようなもので、会社という組織になんの義理も義務もそれに権利もない状況は、まるで川面に浮かぶ枯葉のような心許ない思いをさせられている。
 そこで始めたのが、ジョギングやウォーキング、サイクリングそれにキャンプ、インターネットのブログだった。これが香田の性(しょう)に合ったのか長続きしている。
 
 それに読書や映画鑑賞、たまに料理も作っている。この料理は、フランス料理の本を買ってきて試してみるというもので、妻から見ればお金のかかる迷惑な料理なのである。時間に縛られないという生活は、誰でも一度は夢見るだろうが、どっぷりとその環境に浸(つ)かってしまえば、思うほど快適ともいえない。だらだらとしていると、体がしゃきっとせず食事が不味(まず)い。自己管理が重要になってくる。運動はその点で格好の趣味となった。
 読書を長く続けたおかげで、文章にも興味が出てきて、パソコンで少しずつ小説らしきものを書き始めている。
 今日も近くの遊歩道でウォーキングを終えて、昼食のあとパソコンを起動した。決まって行う作業は、ブログを開いてアクセスしてくれた数の確認、次いでメールを確認する。ブログへのアクセス数は、いつものように十件ほど、メールは数十件ある中に浅見けいのメールが混じっていた。諦めていたので、じっと目を凝らし、確かめるように目を細めた。
ほかのジャンク・メールはすべて削除して、残ったただ一つのメールを開いた。
「香田様 今、窓から海を眺めています。青い空に青い海、遥か向こうで一体になる様子が見える気がします。これを眺めているととても心が和み、お誘いのドライブをしてみたくなりました。ご返事お待ちしています。浅見けい」
 
 香田は大きく息を吐いた。頭の中は、いろんな思いが交錯していた。気持ちが揺らぎ落ち着かない。突然の返信は何を意味しているのだろうか。あるいは、単に気持ちの整理がついたので、なんの意味もない気楽な返事だったのかもしれない。いずれにしても香田の気持ち次第だった。しばらく考えてみることにして、大リーグのサイトに飛んだ。

読書 ピーター・へイニング編「死のドライブ」(7)

2007-04-26 11:13:10 | 読書

ジョー・R・ランズデール「デトロイトにゆかりのない車」

 雨の中を南から走ってきた車体が長く黒い妙な形をした車は、不思議な力でも持っているように、ほとんど振動もせず、タイヤもブレーキのきしみもなしに減速し路面にかすかなゴムがすれる音を残して停まった。エンジンの音さえ聞こえなかったようだ。
 アレックスには、デトロイトの組み立てラインから生れた車には見えなかった。その車のドライバーはクラクションを三回鳴らした。ブオーッ、ブオーッ、ブオーッ。そして去っていった。

 そのとき、アレックスは昨夜の妻との会話を思い出して、ぞくっと悪寒に襲われた。妻のマージーが言っていた。
「おばあちゃんが言うのには、黒い軽装馬車が家の前で減速し、乗っていた死神が鞭を三回鳴らしたら、その瞬間に父親が亡くなったそうよ」アレックスは寝室にとって返し、マージーを見つめた。マージーに息はなかった。
 さっきの車は黄泉の国からの死神だったのか。アレックスは死神を捕まえて、二人同時に連れて行けと交渉する。夫婦の愛情の細やかさが印象に残る。
 人間の耐用年数もそれぞれで、交通事故で同時に亡くなることはあっても、自然死ではムリだろう。伴侶より先に死にたいという感情はごく自然なもののようで、この短編もそれがテーマになっている。

 著者は、1951年にテキサスに生れる。この人の作品をいままで5作ほど読んでいるが、老境に入った男の心理や騙される男の切なさ、爆発する若いエネルギーを独特の比喩やユーモアに絡めての描出が心地よい。

小説 人生の最終章(10)

2007-04-25 11:26:57 | 小説

13

 香田は午前九時半に車で自宅を出た。診察の予約時間は十時半になっているが、途中何が起きるか分からない。事故で渋滞したり自分の車が故障したりするかもしれない。
 香田は現役時代、会社に出勤するのは一番早かった。通勤電車の遅延を考えているのと、皆が出揃ったところへのこのこと顔を出すのが嫌いなせいもあった。家族からはA型人間だと揶揄された。
 季節は六月に入っていて、今日も汗ばむほどの陽気になるという天気予報になっている。フォックスファイヤー・ブランドの、胸に二つのポケットがある白のコットンシャツにブルージーンズを合わせた服装は、少しでも若々しさが欲しいという願望の現われだった。いずれも着続けていて、かなり古びて見える。
 車のオーディオにMDディスクを差し込み、エディ・ヒギンズ・トリオのピアノ・ジャズを聴きながら、病院の駐車場に滑り込んだのは、午前十時十分頃だった。

 けいは、香田が薦めてくれて読んでいたヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」から顔を上げて廊下の先を見つめた。丁度香田がこちらに向かって歩いて来るところだった。顔を下げて知らん振りをしようかと思ったが、なんだか卑屈な気がしてじっと見つめて待った。
近づいて気がついた香田が
「おはよう。お変わりないですか」と笑顔で問いかけてきた。けいはメールの返事をしていない負い目も一瞬に吹き飛んで
「ええ、ありがとう。香田さんもお元気そうですね。それに若々しい」なんと調子よくお世辞まで言っていた。香田は苦笑いを浮かべながら
「ありがとう。あなたもシックですよ。なかなかいい配色だ」けいは、部屋で着ている男物風の白のコットンシャツと脚にフィットした黒のスラックス姿だった。シャツは第三ボタンまで外された襟ぐりが見え、首から茶色っぽい素朴なネックレスが覗いていた。

 周囲の人は、中高年の男女が若者のような歯の浮いたお世辞を言い合っているというような目つきで眺めていた。けいの隣の人に横にずれてもらって、けいの跡に香田は腰を下ろした。けいの体温で席が暖かく、厭でもけいの肉体を想像してしまう。さらに並んで座ると、肩が触れ合い薄着の季節で、一層妄想が湧き上がり息苦しくなる。それを振り払うように
「いい季節になりましたから、この間、妻と日光の方に行って来たんですよ」けいは香田が、いい季節になりましたからと言ったとき、瞬時に誘われるのではと身構えたがそうではなかったのでほっとしていた。同時に「そうですか、それは良かったですね。行楽シーズンで混んでましたか?」と言っていた。
「ウィークデイですから、それほどでもなかったですね。あなたは如何なさっていたんですか?」香田は横目でちらりと見ながら言った。
「私は、ジムに行ったり友人とジョギングをしたりしていましたわ」と言いながら顔を香田に向けた。
「ほう、そうですか。実は私もジョギングをするんですよ。短い距離ですが」ちょっとはにかんだ表情だった。
そのとき、けいが呼ばれて「お先に」と香田に言葉をかけた。香田は少し中腰になってけいを通した。けいは、ほのかな花の香りを残して診察室に入って行った。

 取り残された香田は考えていた。やはり誘うべきか。自分の決断に従えば、誘わないのがいいのは分かっていた。しかし、こうして直(じか)に顔を合わせ、小さな部分ではあるにしろ触れ合ってみるとその決心が揺らいでくる。
 アナウンスは香田順一の名前を呼んでいる。薄暗い診察室の前の椅子で待っていると、担当医から名前を呼ばれ、名前の分からない機械の前に座り、眼底や眼圧を調べて前回と同じ薬の処方で終わる。
 カーテンを引き開けて、見渡してもけいはいなかった。処方箋を持って精算に行き、病院の前にある院外薬局で薬を受け取る。毎回同じことの繰り返しをしている。うんざりするが、この程度の病気であることにある意味で安心感をもつべきなのだろう。
 駐車場に引き返す途中、もう一度院内に戻って会計前の椅子席に、けいを探すがやはり姿は見えない。残念だけど諦めるしかない。そう思うと、決然と駐車場に向かった。

 会計窓口からのびるカウンターの奥にある廊下の角からけいは密かに見つめていた。なぜだか自分でも分からないが、香田がどんな行動をとるのか確かめたい気持ちがあった。明らかにけいを探しているのは間違いない。
さて、どうしよう。香田を嫌っていないことは確かだし、むしろ好感を持っているといってもいい。が、今結論を出すこともない。今夜あたりゆっくりと考えてみよう。
 けいはモノレール駅へ歩き始めた。病院からゆっくり歩いてモノレール駅までほぼ十分の距離だが、汗がにじみ出てくる。なんとなく体がしゃきっとしない。この六月の気だるい空気のせいなのだろう。
 夕食の惣菜を求めてデパートの地下に降りて行った。一人身になると料理が億劫になる。だからといって、出来合いの惣菜を買う気がしない。最近では若い人に限らず、年齢に関係なく、買う人が増えている。そうはいっても簡単料理になりがちだ。誰か食べてくれる人がいるのとは大違いだ。
 午前中ということもあって、客はそれほど多くない。食品売り場をゆっくりと歩きながら、山のように積み上げられているのを見ると、全部売れるのだろうかと心配になってくる。世界には飢えで苦しんでいる地域や国があるというのになんと恵まれていることか。
 けいは、多くを作らず作ったものは全部食べることで、苦しんでいる人たちに何も出来ない自分の感情と折り合いをつけている。さて、今夜はエビフライにブロッコリーのアリオリソースをかけたものにしようかなどと、頭の中で独り言を呟いていた。

 香田が自宅に帰り着いたのは正午少し前だった。窓を大きく開け放たれたリビングの窓から入ってくる蒸し暑い風に、不快な気分にさせられる。妻の丸子は、昼食の支度で鍋がじゅうじゅうと音を立て、まな板で何かを切っている音が聞こえてくる。
 テレビのスイッチを入れる。NHK・BSの大リーグ中継にチャンネルを合わせる。セイフィコ・フィールドでのロイヤルズとマリナーズの試合を放送している。試合は始まったばかりで、三回の表マリナーズの攻撃の場面だった。イチローはすでにヒットを打っているようだ。
 マリナーズは今年も、三番四番打者の不振が続いていて、今後に不安を残している。かつての大リーグ中継を見ていたような、どきどきする興奮が薄れてきたように香田には思えてならない。
 十一年前、ドジャースに入団した野茂英雄のデビューは鮮烈に覚えている。ドジャー・ブルーのユニフォームがカリフォルニアの青い空の下でまぶしく輝いていた。
 先駆者となった野茂に続いて、多くの日本人メジャーリーガーが誕生した。それにつれて大リーグ中継は、日本人選手中心の編成になり、大リーグへの幅広い視野が狭められたように香田には映る。何も日本人選手だけがメジャーリーガーではないという反発も含めて、見たい選手が見られない不満を抱え込む格好になっている。そんなことを考えていると、妻から「お昼ご飯ですよ」と知らされた。

読書 ピーター・へイニング編「死のドライブ」(6)

2007-04-23 13:13:07 | 読書

アントニア・フレイザー「わたしの車に誰が坐ってたの?」

 車のミニには人の陰はなかった。ドアはロックされていて誰も入れないのに、灰皿には火のついたタバコが導火線を伝うように煙を上げていた。
 持ち主のジャコバインは、タバコを吸わないので不思議に思うと同時に恐ろしくなった。ある日、彼女(ジャコバイン)はおそるおそる車に乗り込むと誰もいないのに声が耳元を掠める。

「子供たちのことだ。君の子供たちは好きになれない。やつらを片づけてくれないか」おぞましい事態に直面した彼女。子供たちを救う道は唯一つ、“声だけの彼を隣に座らせ続けておけばいい。そうすれば、子供たちの安全は守られるからだ。彼の脅威から”と結ぶ。

 車を叩き壊しエンジンと車体を分離して、溶鉱炉に放り込めばいいではないかといいたくなるだろう。しかし、相手は得体の知れない何者かなのだ。それで解決すればいいが、果たして! それより母性の尊厳を謳いあげたと見るべきだろう。

 著者は、1932年イギリス生れ。オックスフォード大学卒業の歴史学者。1969年より歴史を題材にした作品を執筆し始め「スコットランド女王メアリ」でジェイムズ・テイト・ブラック記念賞、「信仰とテロリズム―1605年火薬陰謀事件」でセント・ルイス・リテラリー・アワードとCWAノンフィクション・ゴールドダガー賞を受賞。1997年に英国の代表的な勲章であるCBE章(Commander of the British Empire)を受けた。夫は2005年にノーベル賞を受賞した劇作家のハロルド・ビンター。

小説 人生の最終章(9)

2007-04-22 13:06:39 | 小説

11

 香田は朝起きたとき、今日は図書館に行く日になっているのを思い出した。借りた本を返すこともあるが、この辺で心に響くものを読みたいとも思っていた。
 中央図書館は車で三十分ほどの距離にある。まだ新しい建物で、生涯教育関係や子供のための映画会など、催しものにも力を入れている。本棚の間はゆったりとしていて、人とぶつかることはない。
 香田は、はじめにデータベース検索機で本のありかと在庫状況を調べて、本棚に向かうことにしている。新しい本は貸出中の表示が多い。
 今日はヴァージニア・ウルフの〝書評は役に立つか?〟とか〝病気になったときに読むには、どんな本がいいか?〟など皮肉とユーモアに満ちたエッセイと短編を収めた「病むことについて」を借り出した。
 ヴァージニア・ウルフの著作は、「ダロウェイ夫人」「灯台へ」「ヴァージニア・ウルフ短編集」と読んできて、中には難解な文章に阻まれ、読解力を試されているような気分にもなったが、ウルフの文体は何故か人を惹きつける。

12

 昨夜は夢を見なかった。ワインをボトル二本も京子と空け、彼女が帰ったのは午後十一時ごろだった。タクシーを呼んで帰ってもらった記憶がある。
 結構酔っていて、お互い言いたいことを言ったようだった。これっぽっちも覚えていないが。それにいやに頭が痛いので、二日酔いなのだろうとけいは思った。顔を洗っても歯を磨いても一向にしゃきっとした気分にならない。
 朝食のことを思うと吐き気がして、とても食べる気がしない。子供のころ父が言っていたのを思い出した。二日酔いに迎え酒がいいとか。じゃあ試してみよう。
 冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出して飲んでみると、最初の一口は、うっとして胃の中のものが戻ってきそうだったが、二口三口と重ねていくと、すんなりと喉を通るようになった。と同時に体内のアルコールを誘い出したのか、一本の缶ビールが二本の効果を見せ始めた。
 不思議に頭痛もしないし胃のむかつきも気にならない。おまけにほんわかといい気分まで連れて来てくれた。
 深呼吸をして窓の外を見ると、初夏の光に海は輝いて見えた。その風景は、ますます高揚した気分をもたらした。京子が無事帰宅したのか確かめたくなり、指は京子の電話番号を押していた。三度目の呼出音で京子が出た。
「吉田です」駆けてきたのか声は弾んでいた。
「浅見です。無事に帰ったのね。きのう飲み過ぎちゃったみたい。頭が痛くて胃がむかついていたの。缶ビールで迎え酒をしたら大分良くなったわ」
「そお、かなり酔ってたわ。私にキスをしようとしたわよ。いつもそうなの?」
「まさか、でも覚えていないわ。何か変なこと言わなかった?」ちょっと心配そうでぶっきらぼうに訊ねる。
「言わなかったと思う。私も酔ってたからうろ覚えなのね。でも、これだけは言えるわ。浅見さん、いい相手を早く見つけることがいいようね」
「どうして?」
「はっきり言わせてもらえば、浅見さん、欲求不満なんでしょう。そのように見えたもの」そうかも知れないしそうでないかも知れない。けいは、計りかねていた。
 再び夜が訪れた。今日も夏日だった余韻が残っていて、扇風機の風が心地よい。東京湾は、すでに黒に染まり、かすかに京浜の明かりが朧に見える。
キッチンの壁に貼ってあるカレンダーをぼんやりと眺めていると、六月二日金曜日で焦点が合った。もう少しで忘れるところだった。病院にいく最後の日だった。
 ふと、香田のことが脳裏に浮かんできた。メールの返事をしていないし、明日病院で顔を合わせるのが苦痛に感じられる。
 でも、いまさら悔やんでも始まらない。明日彼がどんな対応をするか見てみるのもいいかもしれないし、一度くらい日帰りのドライブに付き合っても――という考えが浮かんで消えた。

読書 ピーター・へイニング編「死のドライブ」(5)

2007-04-20 11:08:57 | 読書

リチャード・マシスン「決闘」
 これは1971年の映画「激突(Duel)」の原作である。そしてその映画の脚本もリチャード・マシスンが担当している。
映画の方がはるかに手に汗を握りはらはらさせられ、ラストシーンでほっとする。当時34歳のスティーヴン・スピルバーグの演出の冴えが窺える作品。主人公のセールスマンに、TV映画「警部マクロード」で人気をとったデニス・ウィーヴァーが演じる。


 こげ茶色の不気味なトラックが追い越されたというだけで、セールスマンの車をつけ回す。セールスマンは、追い越しのマナーは心得ていた。追い越しのとき併走しながらバックミラーにトラックのフロントグリルが映ってから、トラックの前に入っていく、これがムリのない方法だ。
 こうするとトラックと自分の車との安全な車間距離を保てる。日本でもこういう形の追い越しをかけてくる人が少なくなった。運転未熟者が多いので気をつけたほうがいい。
 もし、追い越されて直前を入ってこられたら、私でもつけ回したくなるかも。それはともかく日常の何気ない行為が、相手によってはとんでもない事態に発展するという見本のようなお話。
著者は、1926年2月ニュージャージー州生れ。SF、ホラー、ファンタジー作家。脚本家。

小説 人生の最終章(8)

2007-04-19 13:12:26 | 小説

10
 広大な海浜公園は、花の美術館、テニスコート、野球場、サイクリングセンター、プール、ヨットハーバーがあって、家族連れや若者で賑わっている。今日はウィークデイということもあって人はまばらだった。
 京子のペースに合わせるにはかなり無理を強いられる。そこで、自分のペースでということになり、別行動をとり駐車場で待ち合わせることで意見の一致を見た。
 けいは、白のTシャツと黒のショート・スパッツそれにスポーツサングラスで決めている。その姿は、女の子のグループからも注目を浴びていた。
 今日の気温は、二十五度近くまで上がって夏日の予報になっている。ゆっくりと走り始めるが体が重い。京子のあの軽やかさが、うらやましくて仕方がない。三十分ほど走って大汗をかき、おまけに足がだるくなって駐車場のベンチで京子を待つ。それから三十分が経って、京子が上気した顔で戻ってきた。時間を充分かけたストレッチで筋肉をほぐしている京子に
「夕食の献立を考えているんだけど何かお好みがある?」と聞くけい。
「わたしは何でもいいわ。あまり脂っこいものやステーキなどは敬遠したいけど」
「そお、じゃあ豚肉の包み焼きと具が入っていないパスタでいかが?もちろん白ワイン付きよ」
「それで充分、聞いただけでお腹が鳴り出したわ」

 二人は来た道を自転車で引き返し、食材とワイン調達のため、途中にあるスーパーマーケットに入っていった。全国どこにでもあるこのスーパーには、午後五時前ともなると買い物客で賑わい出す。豚ロース肉、生クリーム、シャンピニオンと冷えたイタリア産白ワイン二本を買って帰る。帰り着くとけいは京子にシャワーを勧め、自分は献立の下ごしらえに取り掛かった。
 
 豚肉の包み焼きは、フランス料理の本から、あまり手間のかからないものを普段から作っている料理で、小麦粉をつけた豚ロース肉をフライパンで両面を焼き、アルミフォイルに包んでシャンピニオンのクリーム煮をかけ、さらにチーズを乗せてオーブンで焼くという簡単料理だ。
 具のないパスタは、文字通り具がない。ニンニクと鷹の爪しか入っていない。これのポイントはパスタの茹で加減に尽きる。今日も美味しく出来ればいいんだけど。

 シャワー室の扉が開いて、バスタオルを胸から巻きつけ頭にもタオルで覆った京子が出てきた。
「お先に、ああさっぱりした。浅見さんのマンションは設備がいいのね。海も見えていい眺めだわ」
「その通りよ。今あなたが言った点が気に入って買ったの。じゃあ、シャワーを浴びてくるから。オーブンに豚肉を入れてあるけどそのまま置いといて」
 べとつく汗を流し、さっぱりとした気分で、深海を思わせる濃いブルーのTシャツに白のスラックス、女同士だからノーブラという気楽な装いでキッチンに戻る。
 パスタが茹で上がると同時にオーブンの料理もちょうどいい具合に出来上がった。それぞれ大きめの皿に取り分けて、ベランダのテーブルに並べる。冷えたワインを入れたグラスをかちりと合わせて、二人同時に「お疲れさま」
「フー、冷たくて美味しい!」京子の感嘆の声を聞きながら、赤味がかった西日が海面や遠くを行く船に射している。風のない穏やかな夕暮れも近いこの時間、路上の車の音がなければ、世界が停止しているのではないかと錯覚するほど、なにもかもが静かさの中にあった。その静寂を破ったのは、京子だった。
「ああ、穏やかで気持ちがいいわ。この瞬間がずーと続いて欲しい気がする。ところで浅見さん、ここでお一人お住まいなんでしょう。広くてうらやましいわ。でも、寂しくないですか?」
「もう慣れちゃったから、むしろ気楽でいいわよ」心ならずも少々の強がりでけいは答えた。
「何年になるんですか? ご主人を亡くされてから」
「ほぼ四年ね」と思い出すような表情になる。
「私は生き別れなんです。別れて二年になりますけど、最初は寂しい気がしました。一人が寂しいという意味ですけど、そんな日が続いていたとき、甘い言葉に負けちゃいました。その人とは今も続いていて、今日もデートなんです」と言うがあまり嬉しそうでない。
「そお、楽しんでいらっしゃい。でも、まだ若いから再婚を考えている?」
「考えているんですが、こぶつきでは難しい面があって、ずるずると関係しているってのが現状です。その彼も家庭があるので、結婚なんてとても考えられないことなのです」と京子は溜息を漏らす。
「浅見さんはどうなんです?」
「再婚のこと?」
「ええ」
「再婚は考えていないわ。色恋沙汰なんて煩わしいわ。よほどの男でない限り」ちょっとぶっきらぼうな言い方になったかもしれない。けいは少し苛立っているようだ。
「そうですか。それじゃ少し立ち入ったことをお聞きしますが、浅見さんの年齢で性的欲求はあるんですよね」
ふざけんな! そんなことを聞くものじゃない! たとえ立ち入ったことを聞くようですがという断りの言葉を添えても。けいは一瞬怒りで顔が赤くなったように思った。ワインのボトルは二本目を消化している最中だった。結構飲んだんだ。顔が赤いのは、ワインのせいだった。
 それに、京子もワイン好きで飲んでいたから、抑制が効かなかったのだろう。歳を取ったらセックスはどうなるのかと言う疑問も普通のことだ。母親に聞くのも気が引けるだろうし、けいが格好の対象となっただけのこと。むっとするのも大人気ない。
「もちろんよ。生身の人間ですもの」
「それじゃあ、ボーイフレンドは……」
「残念ながら、いないわ」
「そうですか。母の友人に中高年の結婚紹介業者を通して、幸せにめぐり合えた人がいるんです。そこで、私考えていたんですが、人は幾つになっても人の肌が恋しいのだろうと」京子は真剣な顔を向ける。
「人それぞれというところかしら。私もめぐり合えたらどうなるんでしょうね」
「あら、まるで他人事のようね。チャンスは掴まなくっちゃ、それにセックスは体にいいんですよ」京子がにやりとして言う。
「どうして?」
「精神の解放があるから」
「それ、誰が言ったの?」
「わたし」と京子は澄まし顔で言う。それには、けいも笑わずにはいられなかった。

読書 ピーター・へイニング編「死のドライブ」(4)

2007-04-17 12:57:39 | 読書

H・ラッセル・ウェイクフィールド「中古車」

 新車と中古車の違いは、時間の経過のほかに前歴がハッキリしないことだろう。新車はオイルとグリスの匂いが漂い、いかにも機械の雰囲気があるが、中古車は老人の匂い、幼児の匂い、食べ物の匂い、女の匂い、タバコの匂いそれにセックスの匂いまでがごちゃ混ぜになって生活感というどんなに掃除したとしても消えない残滓が漂う。それに誰も予想しない殺人の怨念がさまようということだ。これはそれがテーマになっている。

 買った家族や使用人が、なんともいえない誰かがいるという感覚がぬぐえない。問いただしたところ、やはり殺人があったという。ただそれだけのお話しである。 著者(1888-1964)は、イギリスの作家。オックスフォード大学卒業後、新聞社主の秘書、軍隊経験を経て、出版社に勤務。英国怪奇小説の正統を受け継ぐ最後の作家という。「目隠し遊び」は、かなり怖いらしい。しかし、国会図書館にもアマゾンや古本市場にもなかった。

小説 人生の最終章(7)

2007-04-16 11:35:54 | 小説



 香田は、妻の丸子と日光の半月山にドライブをした。この丸子という名前は、生まれたとき丸々と太っていたのを見た父親が丸っこいなあと言って、そのまま丸子になったとか。冗談のような本当の話しを聞いたことがある。
 香田はもともと登山が好きで、妻とはよく山歩きを楽しんだものだが、去年筑波山に登ったとき、妻の急病で筑波大付属病院に緊急入院してから登山とは疎遠になっている。
 緊急入院の原因は、ウィルスによる心膜症で、肩の痛みと胸が苦しくなる症状が出る。車の中で症状がひどくなったときの妻の表情は、香田にとって忘れられないものとなっている。
 香田の結婚は、友人に紹介された見合い結婚だった。香田の性格が短気でわがままなところがあって扱いにくい男である。そんな男に三十五年以上も連れ添った妻の忍耐には、香田も心の中で感謝以外のすべはなかった。
 妻が姉妹の家に行って留守の間、妻に先立たれればこの部屋で、二度と姿を見ることがないと思うと、いたたまれない寂寥感に襲われる。

 そのくせ今、浅見けいに異常な関心を寄せている。勝手な性癖は直っていないか。やはり、浅見けいのことはあきらめるのがいいのだろう。そう、もうメールはしないと心に誓った。
 半月山山頂から中禅寺湖を眺めながら、顔にしわが増えているが屈託のない笑顔を見せて、昼食の弁当を美味しそうに食べている妻に笑顔を返す。踏ん切りがついたので心からの笑顔だった。帰りの車中は、次の旅の話に費やされた。
「今度は一泊がいいかな」
「一泊でも二泊でも、美味しいものを食べて、きれいなお花があればいいわ」妻の頭の中は、食べ物と花のことで一杯なのだろう。