アメリカ社会が抱える問題。多くのアルコール依存症患者の問題や幼児誘拐事件の多発がある。それらを背景に据えて、人間の怒り、苦悩、絶望それに愛と欲望を巧みな心理描写と品格のある文章で読む者を惹きつけて離さない。
ニューハンプシャー州警察のパトカー数台が、回転灯を閃かせて家のドライブウェイに急停車した。降りてきたのは頑丈な体躯の警官で、アンドリュー・ホプキンズにミランダ警告を読み上げ手錠をかけてパトカーに押し込めた。
アンドリュー・ホプキンズは、幼女誘拐の罪で逮捕された。その幼女というのは、実の娘ディーリア・ホプキンズだった。しかも事件は二十八年も前のことだった。
読者は、いったい実の娘を誘拐するなんて、どういう状況だったのか興味が湧き起こる。物語は、まるで釣り針にかかった大物が、逃げ惑うようにぐんぐんと引き込まれていく。
アンドリュー、ディーリア、ディーリアの婚約者で弁護士のエリック、ディーリアとエリックの幼馴染の新聞記者フィッツ、ディーリアの母エリセそして時折絡むディーリアの娘ソフィーたちの細やかな人間模様。
根はアルコール依存症にあって、エリックがなかなか抜け出せないしエリセもディーリアを失う原因がアルコール依存症だった。結末を書くわけに行かないが、拘置所の様子がリアルに描写され、トレーラハウスに住むネイティヴアメリカンの老女との邂逅、裁判での緊張感のあるやり取りに時を忘れる。
それにしてもアメリカは、時効という概念がないのだろうか。二十八年経っても追っかけてくる司法機関。アメリカに限らず多くの国が犯罪に対して時効という概念を持ち込んでいないようだ。日本の法律では、誘拐罪は三ヶ月から五年の刑に当たるそうだ。そして時効は五年になる。
著者のユーモア・センスを知る手がかりは
“ケイティ・デズモンドに本書を捧ぐ。
あなたはわたしの結婚式当日、オレオクッキーを朝食に用意してくれました。
あなたはわたしの青いスエードの靴のファッション・センスを褒めてくれました。
あなたはクィーン・エリザベスⅡ号の処女航海の夜に何人が亡くなったかを知っています。
人は時として、すばらしい幸運に恵まれます。忘れえぬ友を持つという幸運に。わたしにとって はあなたがその人です”
この献辞をみても著者の人柄やセンスが鮮やかに浮かび上がってくる。