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読書「弁護士の血TEH DEFENCE」スティーヴ・キャヴァナー著2015年ハヤカワミステリー文庫2015年刊

2024-07-23 09:09:37 | 読書
 わたし弁護士のエディ・フリン。今ニューヨーク・ブロンクスの中でも特に貧しい地域に車のマスタングを停め、荒れ果てた二階建ての家に向かった。ロシアン・マフィアからかすめ盗った90万ドルが入ったダッフルバッグを玄関前に置き呼び鈴を鳴らした。中から足音が近づいてくる。私はきびすを返して、マスタングを発進させた。バックミラーに目をやるとハンナ・ダブロウスキーが見える。ダッフルバッグの上に置いた手紙を読み終えて視線をマスタングに注いだ。マスタングは角を曲がろうとしていた。私はせめてもの償いをしたつもりだ。

 私の人生で最大の失敗の生きる証人がハンナなのだ。深夜の地下鉄構内でハンナをレイプしようとした男テッド・バークリーを弁護して、この男に潜む残忍な本性を予見していながら、無罪を勝ち取った。これが大きな誤りだった。警察から渡されたテッドのパソコンを返すためにハンプトンズの別荘を訪れたとき、ハンナが縛られ瀕死の重傷を負っている場面に遭遇した。警察と救急車を呼んだが醜くなったハンナの顔の傷と心の傷は回復しなかった。

 犯人のテッドは20年の禁固刑、エディには6か月の業務停止と夜な夜なハンナの姿が夢に出てくるようになった。ニューヨークのロシアン・マフィアのボス、オレク・ヴォルチェック殺人容疑の弁護を私の娘エイミーを人質に取られ強制されている今、エイミーとともにハンナも夜な夜な夢に出てくる。

 そんな重荷を抱えるエディ・フリンではあるが、若かりし頃はかなりヤバいこともやっていた。一流の詐欺師であり、スリであり、腕力も強いときている。かつての業と弁護士の経験を加え、このロシアン・マフィアのボスを叩き潰す方策を手探りながら確立しようとしている。

 陪審員には詐欺の手口の応用、マフィアたちにはスリの手口で、スマホや財布や起爆装置を抜き取ったりすり替えたりする。そして審理無効の裁判。マフィアのボスを助けた。ほとんどが法廷場面ながら、法廷の爆破というエンターテイメントもサービスされていて、興味深い展開に時間を忘れる。

 著者のスティーヴ・キャヴァナーは、北アイルランド・ベルファスト生まれ。皿洗い、警備員、用心棒、コールセンターのオペレーターなどの仕事を経て、弁護士事務所で働く。本書がデビュー作となり、北アイルランドの優れた芸術作品を表彰するNorthern Ireland Arts Council's ACES Awardを受賞。五つの言語、九つの国で刊行されている。


読書「アンダーワールドUSA Blood's a Rober」ジェイムズ・エルロイ著 文芸春秋2011年刊

2024-07-09 10:39:41 | 読書
 悪い奴らはどこにでもいる。アメリカ大統領も、FBIとFBI長官も、警察も、当然のことながら犯罪者も、左翼も、右翼も、私立探偵も。そして男も女も。「飛んでいくタマ(弾丸)を呼び戻すことはできない」と豪語するLA市警スコッティ・ベネット強盗課刑事。

 1964年2月24日 午前7時16分南ロサンジェルス黒人居住区、ミルク配送車が右に鋭く曲がり、縁石をこする。運転手はハンドルをとられた。ブレーキが強く踏まれる。後輪が横滑りする。そこへウェルズ・ファーゴの現金輸送車が追突する。ミルク配送車の黒人の運転手がよろよろと出てくる。現金輸送車の白人の警備員3人が様子を見に出てくる。事故の後方に停まっていた62年型フォードから目だし帽と手袋、ゴム底の靴といういで立ちの三人の男が出てくる。

 銃撃戦になる。残ったのは四人の警備員の死体と強盗犯三人の死体。強盗犯の生き残りの一人が三十の現金袋とエメラルドが入ったアタッシュケースを持ち去った。警察無線を傍受して現場に最初に駆け付けたのがスコッティ・ベネット刑事。この刑事は撃ち殺した強盗犯の数を、シルクの蝶ネクタイに刺繍している。今のところ14。犯人をようとして捕まえられず迷宮入りの公算。

 時代は1968年、この年の大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンが勝利する。FBI長官は耄碌し始めたJ・エドガー・フーヴァー。第33代大統領ハリー・S・トルーマンは「ゲシュタポや秘密警察は欲しくない。FBIはその方向に向かっている。彼らはセックススキャンダルと明らかな脅迫に手を染めている。J・エドガー・フーヴァーは優位に立つためなら右目すら差し出すだろう。上院と下院の全ての議員は彼を恐れている」と。

 この本の主な登場人物を見て驚いた。48名も列挙してあるではないか。名前なんて覚えられない。いちいち主要登場人物表の参照と相成る。面倒くさい。フーヴァーの手足となって動くのはドワイト・ホリーFBI捜査官。  このドワイト・ホリー捜査官、カレン・シファキスという左翼系の大学教授とねんごろで情報源ともなっている。

 左翼系と言えば、黒人の過激派組織とも通じている謎の女ジョーン・ローゼン・クラインの存在も無視できない。終盤明らかになるが、1964年の南ロサンジェルス黒人居住区で起きた現金強奪事件にもこのジョーンが関わっていた。仕組まれた事件だったのだ。しかも行方も分からない。シルクの蝶ネクタイ男ベネット刑事の事件解決の見込みはゼロ。

 覗きと空き巣狙いが趣味で、金持ちの娘の家に入り下着を盗んだりする23歳の私立探偵ドン・クラッチフィールドがすき間を埋めるように刑事たちから重宝される。血しぶきが飛び散り、銃弾が頭蓋骨を粉々にしても、ラブロマンスは芽生えるものなのだ。FBI捜査官のドワイト・ホリーとカレン・シファキス、白人、1925年生まれ歴史学の教授。ジョーンとドワイトがセックスまでいくのを心配している。ジョーン・ローゼン・クラインは白人、1926年生まれ。世界中の過激派組織とかかわりを持つ反国家的危険人物。小柄で猫背、顔色が青白く眼鏡をかけている。灰色の髪が混じったブルネット。腕にはナイフのひどい傷跡がある。上・下800頁に及ぶ悪の世界にやや食傷気味になるのは仕方がないか。

 著者ジェイムズ・エルロイは1948年3月4日 カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。本名はリー・アール・エルロイ (Lee Earle Ellroy)。特に犯罪小説で知られている。アメリカの暗部を抉る時代描写、必要最小限まで説明を省く電文体のスタイルに特徴がある。その作風から「アメリカ文学界の狂犬」とも呼ばれている。