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ゴミ捨て場から輝くもの「トラッシュ この街が輝く日まで’14」劇場公開2015年1月

2015-06-09 18:08:22 | 映画

             
 一流のシェフの料理がいつも美味と同じく、作りなれて力量のある監督にかかると間違いなく覚醒効果がある。というのも私は夕食後にパソコンでDVDの映画を観る。

 アルコールのせいで少し眠いのがいつものこと。ダメな映画を観るとますます眠くなる。この映画はますます眼が冴えてきた。吸引力はすさまじい。

 ブラジルのゴミ捨て場で金目のものを物色する貧困にあえぐ市民。その中に少年ラファエル(ヒクソン・テヴェス)がいた。ゴミを満載したダンプカーから転げ落ちてきたのは分厚い財布だった。

 この財布の持ち主ジョゼ・アンジェロ(ワグネル・モウラ)が、警察に追われる途中ベランダから放り投げたものだった。逮捕されたジョゼ・アンジェロは、捜査官のフェデリコ(セルトン・メロ)の 拷問の末、殺されてしまう。

 捜査に躍起になっているフェデリコは、ゴミ捨て場のラファエル、ラット、ガルドの三人の少年に目をつける。三人の少年たちは、警察の目を巧みにかわしながら、帳簿に書かれた謎を解き明かす。

 動物的な感を持つフェデリコに捕らえられることになるが、ジョゼ・アンジェロの娘ピア・アンジェロの機転でフェデリコをノックアウト。秘密の帳簿と莫大な現金を手に入れる。

 少年たちは、ゴミ捨て場で黒いゴミ袋から大量の現金を撒く。札束が雪のように風に舞う。住民たちへの別れの餞別だった。協力して助けてくれたジュリアード神父(マーティン・シーン)やボランティアのオリヴィア(ルーニー・マーラ)には、絵文字の置手紙と手に重い札束を残した。それでも彼らは、ちゃっかりと分け前は取っている。現実主義の少年たちはソツがない。

 ジュリアード神父は、オリビアの助言を受け入れ彼ら少年を助ける手段として、彼らの真実の言質が録画されているのを、YouTubeにアップした。

 テレビのキャスターは「YouTubeで話題騒然。ブラジルの3少年がリオ警察の暴力と政治家の腐敗を暴露してオリンピック開催市の市長サントスら大物政治家や警察幹部が続々と逮捕。3少年は行方不明、生存が気遣われます」

 さらに「ビデオ・スキャンダルにより抗議運動が再燃、リオの街に数百万の市民が繰り出しています。怒りは特にサントス議員に渡ったワイロとリオ州に蔓延する腐敗に向けられ全州の政治的、社会的変革が叫ばれています」

 世の中に怒りの火をつけた3少年は、行方不明どころか目の覚める青い海で漁師の獲ってきた魚を高々と上げ、駈けてくるピア・アンジェロを歓迎していた。

 で、この映画の監督はイギリスの作家ヴァージニア・ウルフに扮してアカデミー主演女優賞を受賞したニコール・キッドマン出演の「めぐりあう時間たち」を作ったスティーヴン・ダルドリーだ。いうなれば一流のシェフだ。明るく楽観的ともいえるラストは印象的だった。

 ちなみにTrashは、ごみ。さすがに邦題を「ごみ」には出来ないだろう。苦心の果てに「この街が輝く日まで」の副題を余儀なくされた。
        
        
        
        
        
        
        

監督
スティーヴン・ダルドリー1961年5月イギリス、イングランド生まれ。

キャスト
マーティン・シーン1940年8月オハイオ州デイトン生まれ。
ルーニー・マーラ1985年4月ニューヨーク州生まれ。
3人の少年ラファエル(ヒクソン・テヴェス)、ガルド(エドウィン・ルイス)、ラット(ガブリエル・ワインスタイン)。
ワグネル・モウラ1976年6月ブラジル生まれ。
セルトン・メロ1972年12月ブラジル生まれ。
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10歳の少年のロードムービー「天才スピヴェット’13」劇場公開2014年11月

2015-06-07 17:34:11 | 映画

               
 スミソニアン博物館を始め19の博物館と研究センターを持つスミソニアン学術協会のジブセン(ジュディ・ディヴィス)から、T・S・スピヴェット(カイル・キャトレット)が磁気車輪を発明したことで名誉あるスタンリー・ベアード賞受賞が伝えられる。

 この車輪は、エネルギーを使わずに400年に一回磁気交換でエネルギーを生み出せるというもの。偉大なる発明らしい。

 しかし、電話で聞いたスピヴェットだが、仕事が多くて行けないと断ってしまう。モンタナ州ディヴァイドの北パイオニア山地の谷間にあるコパートップ牧場がスピヴェットが暮らすところだ。

 典型的なカウボーイの父テカムセ・E・スピヴェット(カラム・キース・レニー)、生物化学者の母クレアナ(ヘレナ・ボナム=カーター)、女優に憧れる姉グレーシー(ニーアム・ウィルソン)、動くものは何でも銃をぶっ放す弟レイトン(ジェイコブ・ディヴィーズ)の四人暮らしだったが、その銃の暴発であえなくレイトンは亡くなる。同じ小屋で音波を測っていたスピヴェットが自虐の念が拭い去れないし、家族の誰もそれに触れない。

 ある日、学校から帰ってきたとき父が「手伝ってくれ」と言ってピックアップト・ラックに乗せられた。父と過ごすのは滅多になく本来助手席にはレイトンが座るべき場所だった。スピヴェットは、そんなことを考えながら移り行く景色を眺めていた。

 その時、ヤギがフェンスの鉄線に絡まって血を流していた。スピヴェットは車から降りて鉄線をはずしに掛かった。ガラガラという音で振り向くと、ガラガラヘビが鎌首をもたげていた。「ああ、これで一生が終わるんだ」とスピヴェットは覚悟した。眼をつむったとき、銃声が轟きガラガラヘビは絶命。ライフルを持った父が笑いながらスピヴェットの肩をたたいた。

 スピヴェットにとって肩をたたかれたのは、生まれて初めてのことだった。肩をたたかれたことに父と子というよりは、男と男の絆を感じたのかもしれない。そして、ベアード賞を受けるべきだとスピヴェットは決心をする。モンタナからワシントンDCまでの長い長い貨物列車の旅が始まる。

 スピヴェットを演じたカイル・キャトレットは、実生活でも天才とまでも行かないが、ロシア語(母はロシア系)や北京語など6つの言語を話すことが出来、さらに武術にも秀で、3年連続で総合格闘技の世界チャンピオンを獲得、10年にはアメリカのジュニア武術チームの一員になる。そういえばこの映画でもワンショットながら武術の形があった。型破りの家族の物語。
         
         
         
         
         

監督
ジャン=ピエール・ジュネ1946年10月フランス、パリ生まれ。

キャスト
カイル・キャトレット2002年生まれ。
ヘレナ・ボナム=カーター1966年5月イギリス、ロンドン生まれ。
ジュディ・ディヴィス1955年4月オーストラリア、バース生まれ。
カラム・キース・レニー1960年9月イギリス生まれ。
ニーアム・ウィルソン1997年3月カナダ、オンタリオ州生まれ。
ジェイコブ・ディヴィーズ
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突然の暗転、40歳の小説家、妻一人、子供二人ありだが「ニューヨークの巴里夫(パリジャン)’13」

2015-06-05 16:48:10 | 映画

               
 パリ在住の小説家グザヴィエ(ロマン・デュリス)は、スペインで知り合ったレズの女友達イザベル(セシル・ドゥ・フランス)に懇願され精子を提供したことから、妻ウェンディ(ケリー・ライリー)との関係が怪しくなってくる。

 ウェンディが小説の仕事の関係でニューヨークへ行ったおり、めぐり合った相手と恋に落ちたという。そして子供をつれてニューヨークに住むとも。子供と会うためには、引きずられるようにグザヴィエもニューヨークに移り住む。

 何事も十人十色というようにそれぞれの違った人生の断面が描かれる。グザヴィエが人生を見つめ直すきっかけに哲学者のショーペン・ハウエルの言葉がある。

 映画の字幕は「人生とは刺繍だ。人生の前半には刺繍した表側を見ているが、後半には布の裏側を見ることになる。美しくはないが、つながり具合が分かり勉強になる。まさに真理だ」

 実際にこういう言葉の表現だったのか調べてみると「人は生涯の最初の40年間において著述し、続く30年間でこれに対する注釈を加えていく」があって、これをそのままセリフとして使えないから、脚本家の腕の見せ所となって上記のようになったんだろう。

 涙ぽろぽろとか感動の波に襲われることもないが、お隣さんの人生を見ているようで親しみが持てる。それにきわどいセリフがあって、ある程度の年齢に達していないと真の意味が分からないところがある。(現在は若年でも耳年増が多いから理解できるかもしれないが)

 いずれにしても、グザヴィエも旧知の親しいガールフレンド、マルティーヌ(オドレイ・トトウ)と再び愛を交わしてハッピーエンドと相成る。

 女優たちは結構魅力的なんだよなあ。子供たちも可愛い。ついでながら中国系も出ているが、あまり魅力がない。
         
         
         

監督
セドリック・クラビッシュ1961年9月フランス生まれ。

キャスト
ロマン・デュリス1974年5月フランス、パリ生まれ。
オドレイ・トトウ1978年8月フランス、ボーモン生まれ。
セシル・ドゥ・フランス1975年7月ベルギー生まれ。
ケリー・ライリー1977年7月イギリス生まれ。
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自動運転車の実現が見えてきた。しかし、そこまで行くまでにもっと安全性を高めて欲しい。

2015-06-01 16:19:03 | 

 ソーシャルメディアで横浜DeNAベイスターズのオーナーのDeNAも参入の意向。アメリカのGoogleやAppleは、すでに着手している。

 もはや車は車メーカーが作るというものではなくなった。今の車は、IT技術が集積され電気自動車を想定すれば簡単に作れる。

 DeNAは、地方の交通の不便な地域で主に高齢者を対象として展開したいらしい。その背景には、DeNAの売り上げに占めるゲーム関係の落ち込みがあるらしい。

 それはさておき、自動運転車は体の不自由な人、免許証のない人も利用できて喜ばしいことだ。山間部や僻地のドライブの道すがら、路傍を高齢者用手押し車、俗に言うシルバーカーを押しながら買い物に行くのか、とぼとぼと歩く姿を見るにつけ、なにやら今は亡き自分の母親を思い出してセンチメンタルな気分になったりする。そういう風景が一変する。寒さや暑さ、雨、風の心配もない。朗報に違いない。

 自動運転車もいいが、急いで欲しいのは自動ブレーキだ。危険を察知すれば自動的に車が止まるというもの。ドライバーの居眠り運転や急病による追突や暴走が防げる。特に大型トラックやバスには急いで欲しい。今日も(6月1日)首都高ベイブリッジ上で前方不注意の大型トラックが追突している。

 今はテスト段階の自動運転車ではあるが、10年から15年後には実用化されて公道を走っているかもしれない。有人の車と無人の車が混在する状態になる。いろいろと問題が起きるだろうなあ。

 どんな車を作るのか見当もつかないが、テスト・レポートなんかを見ていると、ハンドルの操作が急で障害物をよけるのに乗員は右に左に振られるという。考えてみればセンサーで判断するから、障害物に接近しないと車は反応しない。したがって、急ハンドルは避けられない。こういう車だったら乗り物酔いは必至だ。

 人間のような運転になるまで、どれだけの時間がかかるか気の遠くなるような話かもしれない。将来、運転好きは専用サーキットで憂さを晴らすことになるんだろか。まさに大人のおもちゃと化す。
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