(2014年10月)
1 空の波音
とても微かな音なので
めったに耳にすることことはないけれど
空には波音がある。
曇り空には曇り空の
青空には青空の波音が。
空には海水ではなく
大量の大気が存在し うねっている。
風音と区別するのはむずかしいんだ。
空の波音。
ほら ほら
波立って西から東へ
巨大な網目をひろげてゆく。
そうして地表にあるものにぶつかると必ず音がする。
その微かな音さ。
その音のかそけさ。
2 恐ろしいことば
田村少尉と酒を酌み交わす。
「おれはずいぶん昔に引退したから
これといって いいたいことはないねぇ」
詩について話が訊きたいと
ぼくが大詩人をあの世から呼びもどしたのだ。
タチアオイがすっく すっくと聳え咲く季節。
「第一きみはことばの恐ろしさがわかっとらん」
数年前お呼びしたときは
そんなこといって 怪気炎をあげておられた。
「ことばの恐ろしさ ですか?」
ぼくがまじめに訊きかえしたら ふん と鼻で笑った。
「いまなあ 妖艶な美女がいいか
快速で突っ走るチータがいいか思案中なのだ。
生まれかわれるとしたら・・・だな」
酔っぱらいはうつらうつらしながら そんなことを考えていたのか。
五回結婚し四回離婚したことになっているが
それが詩を書く元海軍少尉とは関係があるのかどうかはどうでもいい。
「ほかにやりたいことがなかったから詩を書いていたのさ。
あんたにはわかるだろう」
とんでもない仕事嫌いでウィスキーと女を愛した詩人の背中が遠ざかる。
昼下がりの広い河川敷。
玄鳥が一羽 ついと目の前を横切って
北の空へ姿を消した。
入道雲がもくもく湧きあがってきたぞ
恐ろしい おそろしいことばのように。
3 掘れば掘るほど
絡まりあってほどけなくなった
糸のような現実を手にして
日常の穴から抜け出そうとするけれど
うまく出られない。
そんな厄介な毛糸玉をどんな人だって
三つや四つ持って
日常の明るい穴の中で うんうんうなってみたり
ひーひー泣いてみたり
バッタリ出会った人と議論してみたり。
あれよあれよという間に死期が近づいてくるのではないか
と不安なのだ。
おーい だれか助けてくれ。
おれをこの穴の中から
ひきずり出してくれ。
と叫んでも だれもやってこない。
皆さん 自分の穴の中。
日常という名の明るい穴は
掘れば掘るほど深くなる。
4 魂の吟遊詩人
魂は音楽を奏でる。
聴いてくれる人を欲しがって
小動物のようにふるえている。
第一ヴァイオリンからチェロへチェロからヴィオラへ
数日前は魂は老いた哲学者の
うめき声みたいな弦楽四重奏曲を奏でていた。
音色は音の色と書く。
楽譜の上から抜けだして フロアを踊ったり跳ねたりする。
モーツァルトはそれをつかまえる名人の中の名人だった。
だって 休止符にすら音楽を語らせることができたのだから。
魂は音楽を奏でる もしくは
音楽を奏でる 魂。
CDから洪水のようにあふれでて
またそこへ返ってしまう音楽に耳をすましているとき
魂は故郷をさすらう吟遊詩人なのさ。
聴いてくれる人を欲しがって踊ったり跳ねたりしている
吟遊詩人。
1 空の波音
とても微かな音なので
めったに耳にすることことはないけれど
空には波音がある。
曇り空には曇り空の
青空には青空の波音が。
空には海水ではなく
大量の大気が存在し うねっている。
風音と区別するのはむずかしいんだ。
空の波音。
ほら ほら
波立って西から東へ
巨大な網目をひろげてゆく。
そうして地表にあるものにぶつかると必ず音がする。
その微かな音さ。
その音のかそけさ。
2 恐ろしいことば
田村少尉と酒を酌み交わす。
「おれはずいぶん昔に引退したから
これといって いいたいことはないねぇ」
詩について話が訊きたいと
ぼくが大詩人をあの世から呼びもどしたのだ。
タチアオイがすっく すっくと聳え咲く季節。
「第一きみはことばの恐ろしさがわかっとらん」
数年前お呼びしたときは
そんなこといって 怪気炎をあげておられた。
「ことばの恐ろしさ ですか?」
ぼくがまじめに訊きかえしたら ふん と鼻で笑った。
「いまなあ 妖艶な美女がいいか
快速で突っ走るチータがいいか思案中なのだ。
生まれかわれるとしたら・・・だな」
酔っぱらいはうつらうつらしながら そんなことを考えていたのか。
五回結婚し四回離婚したことになっているが
それが詩を書く元海軍少尉とは関係があるのかどうかはどうでもいい。
「ほかにやりたいことがなかったから詩を書いていたのさ。
あんたにはわかるだろう」
とんでもない仕事嫌いでウィスキーと女を愛した詩人の背中が遠ざかる。
昼下がりの広い河川敷。
玄鳥が一羽 ついと目の前を横切って
北の空へ姿を消した。
入道雲がもくもく湧きあがってきたぞ
恐ろしい おそろしいことばのように。
3 掘れば掘るほど
絡まりあってほどけなくなった
糸のような現実を手にして
日常の穴から抜け出そうとするけれど
うまく出られない。
そんな厄介な毛糸玉をどんな人だって
三つや四つ持って
日常の明るい穴の中で うんうんうなってみたり
ひーひー泣いてみたり
バッタリ出会った人と議論してみたり。
あれよあれよという間に死期が近づいてくるのではないか
と不安なのだ。
おーい だれか助けてくれ。
おれをこの穴の中から
ひきずり出してくれ。
と叫んでも だれもやってこない。
皆さん 自分の穴の中。
日常という名の明るい穴は
掘れば掘るほど深くなる。
4 魂の吟遊詩人
魂は音楽を奏でる。
聴いてくれる人を欲しがって
小動物のようにふるえている。
第一ヴァイオリンからチェロへチェロからヴィオラへ
数日前は魂は老いた哲学者の
うめき声みたいな弦楽四重奏曲を奏でていた。
音色は音の色と書く。
楽譜の上から抜けだして フロアを踊ったり跳ねたりする。
モーツァルトはそれをつかまえる名人の中の名人だった。
だって 休止符にすら音楽を語らせることができたのだから。
魂は音楽を奏でる もしくは
音楽を奏でる 魂。
CDから洪水のようにあふれでて
またそこへ返ってしまう音楽に耳をすましているとき
魂は故郷をさすらう吟遊詩人なのさ。
聴いてくれる人を欲しがって踊ったり跳ねたりしている
吟遊詩人。