平岩弓枝さんが「小説サンデー毎日」で「御宿かわせみ」の連載を開始したのが、1973年(昭和48)である。33話までいったところで雑誌が休刊(廃刊)となったため、「オール讀物」に舞台を移し、1982年4月号から連載が再開された。
文春文庫では「幽霊殺し」からあとが、文藝春秋に変わったのちの作品集のようである。
第34巻「浮かれ黄蝶」の刊行(2006年4月)をもって正編が終了し、「新・御宿かわせみ」が、幕末から明治へ時代を移し、さらに文庫で7冊分が書き継がれてゆく。
つまり34+7冊を擁する巨編で、捕物帳のスタイルは次第に大河小説へと変貌を遂げてゆく。
新装版は現行で新刊書店の棚にならべられ、文藝春秋には「御宿かわせみ」の特設サイトもあり、いまだ人気は失われていない。
作者の平岩弓枝さんは2023年6月9日逝去(91歳)。
長生きされたのだなあ。
《江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」。若き女主人るいは、元・同心の娘。
誘拐、詐欺、敵討ちなど、大小さまざまの事件に巻きこまれながら、るいは一つ年下で幼馴染の恋人・神林東吾と協力し、解決の途をさぐってゆく。
一九七三年から続く本シリーズは数度にわたりテレビドラマ化。日本最高峰の人情捕物帳「御宿かわせみ」シリーズ。》特設サイトより
いろんなページを調べていると、平岩さんは、本編によって、汲めども尽きない“大鉱床”を掘り当てたことがあきらか。池波正太郎には鬼平、剣客商売、仕事人、そして真田ものがあるが、平岩さんは「御宿かわせみ」人気が、何といっても他を圧倒している。
ほかにもたくさんの小説を書いたにせよ、それらは忘れ去られても、本編は永く読み継がれ、TVドラマや映画や演劇で、今後20年30年、あるいはもっとさきまで読者に支持され、
観客を動員し続けるだろう。
ある意味で通俗的といえば、登場人物はすべてあきれるほど通俗的。鋳型通りにつくられた雛人形みたいなものだ。表現のハードルが低くなったせいで、小説的には売れる。
物語(プロット)の横軸は10部屋しかない旅館の女将・庄司るいと、歳の離れた兄を与力に持つ次男坊神林東吾の二人、縦軸は、いわば“江戸歳時記”というべきか!
俳句の歳時記と違うのはこちらは物語仕立てになっていること(´ω`*)
汲めども尽きない“大鉱床”は、物語の大鉱床である。作品そのものから少し引いてみたとき、そこに現れるのは、むずかしくいうと、“昭和のエートス”である。
本来のギリシア語はともかく、一般論でいうと、生活態度、心的態度、倫理的態度を指している。
昭和という時代のエートスは、「御宿かわせみ」の中で、背景から大枠で物語をささえ、とても保守的ではあるものの、重要な役割を果たしている。
「私の作家修業時代」というインタビューの中で、平岩さんは、
《「私の時代小説というのは、ぜんぶ現代小説なんですよ。着物を着ている現代小説。
もちろん長谷川先生(長谷川伸)のもとで「時代考証はきちんとやりなさい」と教えられてきましたから、
舞台装置とか小道具、衣裳などはちゃんと着せているわけです。だけど、そこで生きている人間たちは、けっして時代人ではない。現代人なんです。》とおっしゃっておられる(「御宿かわせみ」の世界)所収)。
別なインタビューで、島内景二さんは、本編には“名脇役”がそろっていると指摘しておられるが、その通り♬
池波正太郎は1923(大正12)年生まれで小学校卒、平岩弓枝は1932(昭和7)年生まれで大学卒。いわば“教養”の土台と、影響を与えた時代が少し違っている。
鬼平犯科帳 1967年(昭和42)12月スタート
御宿かわせみ 1973年(昭和48)2月スタート
これら捕物帳の基盤となったのが、よく知られているように、岡本綺堂「半七捕物帳」である。
ちなみにいうと、半七の連載がはじまったのは、1917年(大正6)である。
これで大まかな見取り図ができあがる。
一編がおよそ50枚(400字詰め換算)。そして一冊に7-8編が収録されている。
いうまでもなく、短編連作なので、庄司るいと神林東吾を中心に江戸の町の“事件簿”が綴られ、世態風俗が描かれてゆく。しかも、四季折々の行事、植物(おもに花)が情感豊かに
彩りを添えている。
34冊もの短編連作とはいえ、「恋文心中」におさめられた「祝言」で主役二人が結婚し、まず一つの区切りがつく( ´◡` )
はたしてそこまで興味が持続し、到達できるかどうか怪しいけどね。
■本の話 平岩弓枝と「御宿かわせみ」の世界
https://books.bunshun.jp/articles/-/8140
評価:なし
文春文庫では「幽霊殺し」からあとが、文藝春秋に変わったのちの作品集のようである。
第34巻「浮かれ黄蝶」の刊行(2006年4月)をもって正編が終了し、「新・御宿かわせみ」が、幕末から明治へ時代を移し、さらに文庫で7冊分が書き継がれてゆく。
つまり34+7冊を擁する巨編で、捕物帳のスタイルは次第に大河小説へと変貌を遂げてゆく。
新装版は現行で新刊書店の棚にならべられ、文藝春秋には「御宿かわせみ」の特設サイトもあり、いまだ人気は失われていない。
作者の平岩弓枝さんは2023年6月9日逝去(91歳)。
長生きされたのだなあ。
《江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」。若き女主人るいは、元・同心の娘。
誘拐、詐欺、敵討ちなど、大小さまざまの事件に巻きこまれながら、るいは一つ年下で幼馴染の恋人・神林東吾と協力し、解決の途をさぐってゆく。
一九七三年から続く本シリーズは数度にわたりテレビドラマ化。日本最高峰の人情捕物帳「御宿かわせみ」シリーズ。》特設サイトより
いろんなページを調べていると、平岩さんは、本編によって、汲めども尽きない“大鉱床”を掘り当てたことがあきらか。池波正太郎には鬼平、剣客商売、仕事人、そして真田ものがあるが、平岩さんは「御宿かわせみ」人気が、何といっても他を圧倒している。
ほかにもたくさんの小説を書いたにせよ、それらは忘れ去られても、本編は永く読み継がれ、TVドラマや映画や演劇で、今後20年30年、あるいはもっとさきまで読者に支持され、
観客を動員し続けるだろう。
ある意味で通俗的といえば、登場人物はすべてあきれるほど通俗的。鋳型通りにつくられた雛人形みたいなものだ。表現のハードルが低くなったせいで、小説的には売れる。
物語(プロット)の横軸は10部屋しかない旅館の女将・庄司るいと、歳の離れた兄を与力に持つ次男坊神林東吾の二人、縦軸は、いわば“江戸歳時記”というべきか!
俳句の歳時記と違うのはこちらは物語仕立てになっていること(´ω`*)
汲めども尽きない“大鉱床”は、物語の大鉱床である。作品そのものから少し引いてみたとき、そこに現れるのは、むずかしくいうと、“昭和のエートス”である。
本来のギリシア語はともかく、一般論でいうと、生活態度、心的態度、倫理的態度を指している。
昭和という時代のエートスは、「御宿かわせみ」の中で、背景から大枠で物語をささえ、とても保守的ではあるものの、重要な役割を果たしている。
「私の作家修業時代」というインタビューの中で、平岩さんは、
《「私の時代小説というのは、ぜんぶ現代小説なんですよ。着物を着ている現代小説。
もちろん長谷川先生(長谷川伸)のもとで「時代考証はきちんとやりなさい」と教えられてきましたから、
舞台装置とか小道具、衣裳などはちゃんと着せているわけです。だけど、そこで生きている人間たちは、けっして時代人ではない。現代人なんです。》とおっしゃっておられる(「御宿かわせみ」の世界)所収)。
別なインタビューで、島内景二さんは、本編には“名脇役”がそろっていると指摘しておられるが、その通り♬
池波正太郎は1923(大正12)年生まれで小学校卒、平岩弓枝は1932(昭和7)年生まれで大学卒。いわば“教養”の土台と、影響を与えた時代が少し違っている。
鬼平犯科帳 1967年(昭和42)12月スタート
御宿かわせみ 1973年(昭和48)2月スタート
これら捕物帳の基盤となったのが、よく知られているように、岡本綺堂「半七捕物帳」である。
ちなみにいうと、半七の連載がはじまったのは、1917年(大正6)である。
これで大まかな見取り図ができあがる。
一編がおよそ50枚(400字詰め換算)。そして一冊に7-8編が収録されている。
いうまでもなく、短編連作なので、庄司るいと神林東吾を中心に江戸の町の“事件簿”が綴られ、世態風俗が描かれてゆく。しかも、四季折々の行事、植物(おもに花)が情感豊かに
彩りを添えている。
34冊もの短編連作とはいえ、「恋文心中」におさめられた「祝言」で主役二人が結婚し、まず一つの区切りがつく( ´◡` )
はたしてそこまで興味が持続し、到達できるかどうか怪しいけどね。
■本の話 平岩弓枝と「御宿かわせみ」の世界
https://books.bunshun.jp/articles/-/8140
評価:なし