フィンランドとスウェーデンの誤算。NATO加盟が導く破滅的な未来
フィンランドとスウェーデンNATO加盟の自滅
北欧のフィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請することになった。北欧2カ国の政府は、5月15日に相次いでNATO加盟の意志を正式に表明した。2カ国は、ソ連敵視の米国側軍事同盟として冷戦初期に作られたNATOに加盟せず、軍事安保的に中立を保ってきた。フィンランドはソ連(ロシア)と1,000キロ以上の国境を接しており、ロシア帝国やソ連の一部だった時もある。フィンランドはソ連に取られた領土回収を目指して第2次大戦でドイツに味方したが、ドイツが負けたため再びソ連の影響を受けるようになり、冷戦中も米同盟国にならず中立を維持した。スウェーデンは、ドイツの脅威を避けるため2度の大戦で中立を宣言し続け、その後の冷戦期にも中立を維持してNATOに入らなかった。このように北欧の2カ国は、周辺の諸大国間の対立や戦争に巻き込まれないための外交安保的な知恵として、中立やNATO不加盟を貫いてきた。ところが2カ国は今回、ウクライナ戦争で米国とロシアが激しく対立する中で、過激にロシアを敵視するNATOに入ることにした。これは2カ国の歴史上、画期的な方針転換である。
● Finland’s President Informs Putin Of Application To Join NATO
● Finland-Russia relations – Wikipedia
2カ国は、NATO加盟の国家的な意志をほぼ固めた。NATO側では、ロシアとも親しいトルコが2カ国の加盟に反対する素振りを見せている。加盟承認は全会一致が原則なので、トルコが反対し続けると2カ国は加盟できない。だが、2カ国のNATO加盟はバイデンの米国が強力に推進している。エルドアン大統領のトルコはちゃっかりな国で、米国から軍事安保面の大きな贈り物をもらえるなら、トルコは反対しなくなる。米国は今後おそらくトルコが満足する軍事安保的な贈り物を与え、トルコは反対をやめ、2カ国はNATOに加盟する(クロアチアなど、トルコ以外にも反対する加盟国が正式に出現すれば変わるかも)。
● NATO ‘confident’ of overcoming Turkey’s objections
● NATO countries spoke out against the admission of Finland to the Alliance
北欧2カ国は、なぜNATOに入ることにしたのか。「ウクライナで戦争犯罪を続けるロシアを許せないからだ」と思う人が多いかもしれないが、その考えは間違いだ。2カ国がこれまでNATOに入らなかったのは、自国の安全を守るためだ。他国間の戦争でどこかの国が戦争犯罪を犯したとしても、それを理由に2カ国がNATOに加盟することはない(そもそもウクライナでのロシアの戦争犯罪とされるものは濡れ衣ばかりだし)。2カ国がロシア敵視のNATOに加盟するのは、ロシアを敵視しても自国の安全が脅かされないと2カ国が考え始めたからだ。2カ国の上層部は、ロシアがウクライナ戦争で作戦を失敗し続けて露軍の疲弊やロシア国民の厭戦気運がこれから強まり、近いうちにロシアが経済破綻や政権崩壊してプーチンが失脚して大混乱・弱体化していくという、米国側の諜報界とマスコミ権威筋が言っている予測が正しいと思っているのだろう。
● Ukraine can defeat Russia – NATO
● UK and Sweden Say Relations With Putin Can Never Be Normalized
ロシアがこれから崩壊・弱体化していくなら、もうロシアに配慮してNATO不加盟を続ける必要はない。むしろロシア崩壊のとばっちりを受けないよう、米英やEUと協力してやっていかねばならない。これからロシアが崩壊するなら、NATOの役目は「ロシア敵視」から「ロシア崩壊の悪影響を欧米諸国が受けないようにすること」になる。プーチンはロシアが崩壊する前に北欧や東欧を手当たりしだいに侵攻するかもしれない。早くNATOに入っておいた方が良い、と2カ国は考えたのでないか。
● The West On The Path Of Full-Spectrum Confrontation With Russia
2カ国がNATO加盟の意志を正式表明する2日前の5月13日、米バイデン大統領が2カ国の首脳と三者ビデオ会議を行い、米国が強く後押しするから早くNATOに入れと2カ国に勧め、2カ国はそれに乗ることにした。バイデンは、これからロシアの軍や政府や経済が崩壊していくシナリオを、米諜報界の明確な分析として2カ国の首脳に伝えたのでないか。ロシアが今後も従来の強さを維持する可能性がかなりあるなら、2カ国はロシアに敵視されて自国の安全を脅かされかねないのでNATOに入りたくない。バイデンは、世界で最も権威がある米諜報界の分析として、ロシアがこれから崩壊し弱体化するシナリオを2カ国に伝え、2カ国はその分析を信じてNATOに入ることにした。
● Biden Encourages Finland & Sweden’s Move Into NATO As Russia Cuts Electricity Supply Overnight
この話の大問題は、ロシアがこれから崩壊するという話が大ウソであることだ。むしろ逆に、ウクライナ戦争でロシアの優勢が続き、石油ガス資源穀物などの国際価格の高騰でロシア経済も好調さが加速して、ロシアが台頭して欧米が劣勢になっていく可能性が大きい。2月末のウクライナ開戦以来、米国側のマスコミは「ロシア軍は作戦失敗で苦戦し、敗北寸前だ。ウクライナ軍もうまく反撃している。ロシアは負ける」と大ウソの稚拙な戦争プロパガンダを喧伝し続けてきた。しかし最近はNYタイムズが「ロシアは開戦直後にドンバス(ウクライナ東部2州)の30%(ロシア系民兵団の開戦前からの支配地)しか支配していなかったが、今や支配地を広げてドンバスのほとんどを支配している(露軍は計画通りに作戦を遂行できている)」と認める記事を出している(ロシアはこれから負けるかもと、記事の後半でプロパガンダをぶり返しているが)。ロシアはウクライナで負けていない。勝っている。
● Ukraine War’s Geographic Reality: Russia Has Seized Much of the East
● ウソだらけのウクライナ戦争
プーチンは開戦当初から、ウクライナで露軍の作戦遂行をゆっくり進め、意図的に戦争を長引かせている。その最大の理由は、戦争状態が長引くほど、米国側が自滅的な対露経済制裁を続け、米国側の経済が衰退し、石油ガス穀物の高騰でロシア側の優勢が増すからだ(戦争をゆっくり進めるもう一つの理由は、最終的にロシアの影響圏に戻るウクライナで、できるだけ市民を殺さず、建物を破壊しないようにするため。ウクライナ国民の半分近くは極右が嫌いでロシアの方がましだと考えておりロシアの味方)。それなのに米国側のマスコミ権威筋や諜報界は「露軍は、ウクライナで作戦が失敗しているのでゆっくりしか進めない。露軍は苛立って街区をどんどん破壊している」と大間違いの分析・喧伝を続けている。
● Some US media outlets begin to cover events in Ukraine more objectively – Russian embassy
● ノボロシア建国がウクライナでの露の目標?
(街区の破壊の多くは、自国民を愛していないウクライナ極右民兵団が、露軍のせいにするためにやっているのだろう。米国側のマスコミは、街区の一部しか破壊されていないのに市街全体が破壊されたかのような報道を続けてきた。露政府は、欧米人が激怒した方が自滅的な対露経済制裁をやりたがって経済的にロシアを有利にしてくれるので濡れ衣を放置している)
米国側で大間違いの分析を続けているのがマスコミや評論家だけで、政策決定を担当するプロである諜報界の要員や外交官たちが正しい分析をしているのなら正常だ。そういう場合、そのテーマのマスコミやオルトメディアの情報をたくさん見ていくと、報道されているプロパガンダと、裏の実体的な分析の食い違いが見えてくるので何となくわかる。しかし今回は違う。マスコミは100%プロパガンダだ。米国側の諜報界も全体として「何がなんでもロシア敵視」の大合唱で麻痺した状態にあり、プロの諜報要員が、ロシアのウクライナ侵攻は失敗していると本気で大間違いを言っている。スイスのプロの諜報要員でウクライナやロシアに詳しいジャック・ボーが、そのように嘆いている。バイデン政権の重鎮たちの間でも、ロシアのウクライナ侵攻は失敗しているのでもっと激しく対露制裁すればロシアを潰せるという話になっているのだろう。だからバイデンが北欧2カ国の首脳に対し、ロシアが崩壊する前にNATOに入ることを強く勧め、米大統領国が言っているのだから間違いないと考えた2カ国がNATOに入ることになった。
● Jacques Baud: “The Military Situation In The Ukraine”
● Ex-NATO analyst paints a completely different picture of Ukraine war
米諜報界の人々はもともと優秀だ。みんなが一方向の歪曲情報に流されて集団思考の間違いに陥ることを警戒する姿勢を、諜報分析者として教育される過程で身につけている(米国の前に覇権を持っていた英国流の教育)。だが近年は、そのようなプロたちの技能を乗り越える力で、前回の記事に書いたような、諜報界の上層部に巣食う隠れ多極主義者たちが支配して情報歪曲の独裁化が行われている。諜報界でも外交界でも、情報歪曲の独裁体制に従わない者、反逆する者は、政治的に更迭・排除されてしまう。職業的に生き残りたい諜報要員や外交官は、プロとしての自分の分析を自ら殺し、進んで集団思考の間違いに入り込み、情報歪曲の独裁体制に迎合して「間もなくロシアが崩壊する」と本気(のふり)で言わなければならない。プロでない姿勢をとらないと、プロとして業界に生き残れない。そんなの冗談じゃないぜ、と怒って声をあげた一人がジャック・ボーだった。
● 米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化
● ウクライナ戦争で最も悪いのは米英
世界中の国々は、米国の同盟国であっても、米国だけに諜報分析を頼るのでなく、自国の要員たちの独自の分析も採用し、米大統領が言ってくる話と、自国の分析者の話のどちらが正しいか、首脳陣が理性を駆使して判断する必要がある。北欧2カ国はロシアやウクライナに近いから、いくらでも独自の情報を集めて分析できる。今回それをやっている北欧2カ国の諜報員や外交官もいるはずだ。しかし、彼らが政府に出す報告書は首脳陣に軽視されている。米国の諜報界やマスコミ権威筋の全体が今回のように無茶苦茶な大間違いを信じ込んで流布したことは、これまでになかった。だから、メディアリテラシーを意識する人もコロリと騙されている(この状態はコロナの時も同様)。イラク戦争時でさえ、サダム・フセインが大量破壊兵器を持っているという話はウソだということが、開戦前に半ば常識になっていた。今回は、それよりかなりひどい状態だ。
● Russia doesn’t care if G7 recognizes new Ukrainian borders – Medvedev
● Intellectualism is dying in the West
(今回のような徹底した情報歪曲独裁の先例は、イラク戦争でなく、イラン核問題だろう。イランは核兵器を開発していないのに、イラン敵視のイスラエル系の勢力が米諜報界やマスコミを席巻・支配し、2005年ごろから米マスコミは「イランは核兵器を開発している。間もなく完成する」というウソが氾濫し、権威ある人々がその話を否定することが許されなくなった。オバマ大統領は「イランが核兵器開発している」というウソを否定しないままま、イランが核兵器開発できる道具を持たない見返りに対イラン制裁を解除する核協定JCPOAを結んだ。だがこれもトランプに離脱されてしまった)
米同盟国の首脳陣の中にも、ロシアが勝っているという事実を把握している人はいる。たとえばフランスのマクロン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に「ドンバスとクリミアの主権を放棄してロシアと和解するしかない」と提案し、ゼレンスキーが逆ギレしてマクロン提案を世界にばらした。マクロンは、ロシアが勝っていることを知っているので、ゼレンスキーにそのような提案をした(ロシアが負けるなら、ウクライナに大幅譲歩の対露和解を勧めなくてよい)。EUは今年末までにロシアからの石油輸入を止めることを決めている。ロシアとウクライナを早く和解させないと、EUがロシアからの石油ガスの輸入を本気で止めねばならなくなり、EUの経済が自滅してしまう。だからマクロンはゼレンスキーに、ドンバスとクリミアをあきらめろと加圧した。だがゼレンスキーは、最大の後ろ盾である米国から、絶対にロシアに譲歩するなと言われており、マクロン提案を暴露して米国に通報した。マクロンは欧州の自滅を止められない。