フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

10月30日(土) 雨

2010-10-31 02:33:09 | Weblog

  9時、起床。台風が近づいている。ふだんであれば自宅で過ごす週末となるところだが、今日は大学に出なくてはならない用件がある。やれやれ。ウィンナーとキャベツの炒め、茄子の味噌汁、ご飯の朝食。
  11時に家を出る。12時から『社会学年誌』の編集委員会(車内で原稿を読んでいて、早稲田を乗り越して高田馬場まで行ってしまい、15分ほど遅刻する)。投稿論文の二次審査。1時間ほどで終了。
  教務室に顔を出し、日直当番の武田先生としばし雑談。北山修の最終講義について、マイケル・サンデル教授の東大での講義について、三島由紀夫の小説について、リチャード・アッテンボロー監督の映画『遠すぎた橋』について・・・武田先生相手だと雑談も豊穣の海である。武田先生は先日56歳の誕生日を迎えられ、私と並んだ。「56歳になってしまいました」と言っていたが、「なってしまいました」はないんじゃないか。老け込むには早すぎるでしょ。「あの素晴らしい愛をもう一度」という気持ちをもっていただきたいものである。サンデル教授は私たちと同い年(正確には1つ年上)だと教えてさしあげたらびっくりして(もっと年上だと思っていたらようである)、「う~ん、彼より優っているのは髪の毛くらいだな」と言い放った。武田先生はそうかもしれないが、私はそう言い切る自信はない。気づくとずいぶんと時間が経っていた。雑談が面白かったからだが、少々、長すぎた話だったかもしれない。
  研究室に戻る途中、教員ロビーで宮城先生とバッタリ遇う。最近、彼とはバッタリ遇うことが多い。「ちょっと待ってて」と言われ、ソファーに座って待っていると、研究室から脇田英里子さんが最近出された『ゴルトベルグ変奏曲』のCDを持って来てくれた。この前、宮城先生にメールで注文をしておいたものだ。
  研究室に戻り、さっそくCDを聴いてみる。おなじみのアリアが聞こえてきた。『ゴルトベルク変奏曲』といえばグレン・グールドだが、脇田さんの演奏は、グールドの1955年の録音(演奏時間38分)よりも遅く、1981年の録音(演奏時間51分)よりも速い。CDケースには演奏時間は42分2秒と記されている。両極端のほぼ真ん中だ。脇田さんの演奏はチェンバロによるものだが、チェンバロには中庸がよく似合う。チェンバロの春の雨のような、初夏の木漏れ日のような、初秋の海辺を吹く風のような、冬の粉雪のような音色を聞きながら、パソコンに向かっていると、ノックの音がして、ゼミ3年生のEさんがやってきた。4限の授業が休講になったそうで、雨の中、1時間半かけてやってきて気の毒なことである。来週にインタビュー調査を行うとのことなので、調査のやり方について話をする。
  4時から30分単位でゼミ論の個別相談の予定が4件入っているのだが、台風が接近中ということなので、4人のケータイに電話をして、まだ自宅を出る前だった後半の2人(TさんとM君)は本日の個別相談は中止にして、すでに大学に来ていたTさんと、大学へ向かう電車の中のNさんの2人だけ個別相談を実施する。6時に大学を出て、7時に帰宅。今夜は久しぶりに一家4人が揃って鍋を囲んだ。