一度、5時に目が覚め、体温を計ったら36度2分。
7時半、起床。体温は36度3分。ほぼ平熱に戻ったようである。
トースト、カレー、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。
本日の『おかえりモネ』。たった5年で立ち直れるはずがない、と新次が言った。5年というのはつい先日のことなのだろう。立ち直れずにいる自分を自分で弁護しているような言い方だが、確かに、と思わせるリアリティが彼にはある。彼が失ったものはそれほどに大きかったのだ。世間は打ちひしがれた人が立ち直ることをよしとする。だから世間の要請に応えるように人は立ち直る。あるいは立ち直ったように振舞う。けれどそうできない人もいる。今日の回は『おかえりモネ』の名場面の1つに間違いなくなるだろう。
1964年の東京五輪は日本の戦後復興を世界にアピールする機会となったが(「もはや戦後ではない」と)、今回はいまだコロナとの戦いの最中である。一体、何をアピールしようとしているのだろ。
昨日のブログを書いてアップする。
1時から大学院の演習(オンライン)。筒井清忠「恋愛映画の変貌」をテキストにおしゃべり。戦後の恋愛映画は教養主義的なものからエンターテイメント的なものに変貌したというのが筒井の知見である。そしてエンターテインメント的恋愛映画の嚆矢が『大学の若大将』(1961)に始まる加山雄三主演の「若大将シリーズ」であるという。「若大将シリーズ」は60年代半ばくらから私はリアルタイムで映画館で観ていた。まだ小学生だったが、怪獣映画と二本立てだったので、思いもかけず「明るく楽しいキャンパスライフ」を垣間見ることになったのである。スポーツ万能で歌も楽器も上手い加山演じる大学生は女性にモテモテだったが、授業はサボっていたように思う。たしかに教養は豊かとはいえなかったが、情に厚く正義感が強かった。育ちも悪くなかった(麻布にある老舗のすき焼きやの息子)。そして言うまでもないことだが、二枚目だった。
戦後の恋愛映画の変貌を筒井とは別の言い方で、私なりに言えば、不自由恋愛映画から自由恋愛映画へということになるのではなかろうか。「自由恋愛」という言葉をいまの大学生は知らないだろう。恋愛は自由なものに決まっているからである。しかしかつて恋愛とは不自由なものだったのである。そこには親の反対や貧富の差といった外的条件が障害として存在していた。だから恋愛映画もハッピーエンドでないものが多かったのである。
授業終えてから、昼食を食べに出る。「プリミエールカフェ」に行く。
スパゲティ―・ミートソースを食べようと思ったのだが、なかったので、ハムサンドのセットを注文する。
ハムサンドといっても。トマト、レタス、キュウリも入っている。きれいな断面である。
もう一軒寄りたいカフェがある。
駅ビルの横の地下通路を通って東口へ。
この地下通路は相当昔からある。トンネル自体がタイムトンネルのような雰囲気である。
東口に出て、左の飲み屋街を抜けると、呑川の行き当たる。
宮之橋通りから御成り橋通りを通って「スリック」へ。今日から「氷」の旗が出ている。
でも、今日は氷の気分ではない。梅シロップのソーダ割を注文。
梅ソーダ。そこに沈んだ梅はもちろん食べられる。
先客でいらした年配のご婦人はとなりのビルの美容院「じゅだん」のマダムである。「じゅだん」は「寿檀」と書く。亡くなったご主人が付けた店名だが、あるとき、外を歩いていた人が中華料理屋と間違えたことから、「じゅだん」と平仮名表記に変えたそうだ。将来、息子(孫?)が継いでくれたら、「ジュダ~ン」とフランス語風にしてたらいいと思っている。彼女はシフォンケーキを2つ食べていた(しかも同じレモンシフォン)。まだまだお元気である。
長居をしたので、レモネードを追加で注文する。
イートインは私が本日最後の客だったろう。氷は梅雨明けに注文しますね。
夕食はカマス、揚げ出しとスナップエンドウの煮物、春雨サラダ、玉子と玉ねぎの味噌汁、ごはん。
食事をしながら『プレバト』を観る。
熱は平熱にもどったものの、これはワクチンの直接の副反応というわけでないと思うが、体温の上下に神経質になって、床に伏したり起きたりの不規則な生活をしたせいで自律神経のリズムが乱れてしまったようだ。発汗と(それが冷えての)寒気があって、何度も肌着を交換する。
本日提出のレビューシートのチェック。新しい回の初日で50枚ほど。
風呂から出て、今日の日記とブログ。
2時過ぎに就寝。