フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月20日(日) 晴れ

2009-12-21 01:14:54 | Weblog

  9時、起床。朝食は抜きで(昨夜、焼肉を腹いっぱい食べたため)、鶯谷の菩提寺に母と墓参り。暖かな天気だ。現地で妹夫婦と合流。墓参りをすませて、妹がネットで調べたという入谷の「いせや」という天ぷら屋で昼食。海老・アナゴ天丼を注文。タレが美味しい。

  蒲田に戻り、くまざわ書店で以下の本を購入。「シャノアール」で読む。

  マーシャル・ガッセン『完全なる証明』(文藝春秋)
  遠藤薫『聖なる消費とグローバリゼーション』(勁草書店)

  夜、M-1グランプリを観る。バンクブーブーの完全勝利だった。1本目トップの笑い飯は1本目と2本目の落差が大きかった。敗者復活戦から勝ち上がってきたノンスタイルは意外にも面白くなかった。少なくとも去年ほどには面白くなかった。なぜ上位3組に残ったのかがわからない。ナイツの方が絶対に面白かったと思う。バンクブーブーはちゃんと見たのはおそらく初めてだったが、完成度の高い漫才で、驚いた。


12月19日(土) 晴れ

2009-12-20 10:16:45 | Weblog

  10時半、起床。寝坊である。30分で身支度を整えて(朝食は抜きで)、大学へ。12時から『社会学年誌』の編集委員会。「たかはし」のお弁当を食べながら、51号の二校の校正、その次の52号の相談。それから大学からの学術雑誌刊行補助費の縮減の見通しとその対策について話し合う。
  2時からゼミの集中授業。残っているケース報告(10ケース)のうち9ケースを今日一日で行う。1ケース平均30分で、途中で2回の休憩を入れ、7時半まで行った。


本日のスイーツは日本橋うさぎやのどら焼き

  ゼミの後は「ホドリ」で納会。いや~、みんなよくしゃべる、しゃべる。そのほとんどは恋愛関連の話である。約3時間、川のほとりでたたずむ老人のように、私は彼女らの話を聞いていた(今回は、M君も頑張ってしゃべっていたな)。


来年もよろしく


12月18日(金) 晴れ

2009-12-20 04:35:26 | Weblog

  9時、起床。焼肉、トースト、紅茶の朝食。猫に噛まれた母の手の傷の回復がいまひとつなので医院へついていく。傷の周辺の脹れは収まってきているのだが、傷口とは離れたところの手首が腫れてきているのである。母が言うには、その手首のところというのは、10年前に階段から落ちて骨折した部分で、手術のときのプレートが入っているところだという。プレートが入ったままというのは初めて聞いた。そういえば腫れている部分が円形ではなく長方形をしている。私は医者にレントゲンを撮って確認してもらえませんかと尋ねたが、医者は確認することはできるが、もしプレートと腫れが関連しているとしたら、処置をした病院(地元の大学病院)の外科で診てもらった方がいいと言った。ただ10年前だとカルテは残っていないかもしれないとのことだった。年末で病院が休みに入る前に回復の目処がたつだろうか、少々心配である。
  会計を待つ母を残して、私は自分の風邪の薬をもらいに内科医院へいく。いつもはほとんど待たずに診察室に呼ばれるのだが、今日は前の患者の診察に時間がかかり、このまま待っていると会合の時間に間に合いそうもないので、明日出直そうと思うと受付の人に言ったところ、看護師さんが次の患者さんがお急ぎのようなのでと院長に言って、前の患者さんの診察(というか老人の長い話の相手をしていたのだが)を中断して、隣の診察室で私を問診し、薬を出してくれた。町の小さな医院ではこういうのはよくあることなのかもしれない。


真冬のスロープ

  医院を出たその足で大学へ。昼休みの会合をすませて、3限は講義「ライフストーリーの社会学」。少し早めに教室に行ってAV機器のセッティングをしたら、おそらく1年生だろう、今日発表になった論系進級希望の一次集計結果についてああだこうだ話をしていた。現代人間論系を希望した学生は139名。これは去年(193名)より大幅ダウン。一昨年(137名)とほぼ同じである。一昨年の場合は変更受付期間後が15人増の152名(ほぼ定員と同じ)だったが、たぶん今年も同じようなことになるのではなかろうか。大幅ダウンの理由は、第一に、去年の大幅アップそれ自体にあるだろう。株価と同じで、急激な上昇は反動を伴いやすい。第二に、複合文化論系の頑張り。現代人間論系を希望する学生には二種いて、迷わず現代人間論系を希望する学生と、他の論系との選択に迷いながら現代人間論系を希望する学生である。前者を固定層、後者を浮動層とすれば、浮動層で一番多いパターンは「現代人間論系にしようか、複合文化論系にしようか」である。去年はこのパターンで現代人間論系を選択した学生が多かったが、今年は複合文化論系を選択した学生が多かったということがいえるのではないだろうか。実際、複合文化論系は去年が141名で今年が207名の59名増で、現代人間論系の54名減と呼応している。傍で見ていても、今年の複合文化論系の努力は大変なものだった。基礎講義のレビューシートにきちんと返信していたし、レポートにもちゃんとコメントを付けていた。論系主催の講演会の企画も盛んだったし、何より感心したのは、ゼミ見学会の実施である。通常のゼミの見学を認めたのである。私もこれはチラッと考えはしたのであるが、授業に差し支えがあるのではと考え、踏み切れなかった。
  しかし、そうした努力と決断を賞賛する一方で、私は思うのだが、学部全体のバランスを考えたとき、学生を呼び込む努力はほどほどにしておいた方がよいのではなかろうか。論系には定員というものがあるので、希望する学生が多ければ選外になる学生も多くなる。それはその学生にとっても、その学生の受け入れ先になる論系にとっても、好ましいことではない。学部全体として第一希望の論系に進める学生の割合は90パーセントを切ってはならないと考える。そのためには、希望者の少ない論系の大いなる努力だけでなく、すでに希望者の多い論系の過剰な努力の抑制が必要なのではないだろうか。


文キャンの上の雲

  3限の授業の後、「メルシー」で昼食(チャーシューメン)。研究室に戻って学生の面談を2時間ほど。6限・7限はゼミ。前半のテーマは「地域社会とライフストーリー」。後半はインタビュー調査のケース報告を2件。後半の途中、9時近くになって、二文のFさんが教室にやってきた。卒論の提出のためである。夕方の約束が最後の作業に手間取ってこの時間になったのである。彼女から卒論を受け取り、書類にサインと捺印をした。彼女はそれを事務所に提出に行った。ほどなくしてケータイに彼女から無事事務所の受領証をもらったとのメールが入った。やれやれだ。ゼミは10時前に終了。


今日はスイーツではなくてしょうゆ餅

  11時、蒲田着。「満月」で天ざるを食べる。忘年会帰りだろうか、普段より客が多く、ほぼ満席状態である。12時ちょっと前に帰宅。風呂を浴びてから、『不毛地帯』第10話(録画)を観る。ついに壱岐正と秋津千里が男女の関係になった。最終的に行動的だったのは千里の方であったが、女性がコートを着るのを男性が手伝うという欧米的な作法が千里の大胆な言動の呼び水になっていたことを、見逃してはならないだろう。


12月17日(木) 晴れ

2009-12-19 01:49:54 | Weblog

  8時半、起床。ベーコン&エッグ、トースト、紅茶の朝食。朝食をとりながらETV特集「迷走 碁打ち・藤沢秀行という生き方」の続きを観る。大勝負を闘った棋士たちの証言が興味深かった。とくに坂田栄男。「藤沢秀行の提灯番組になんか出たくない」とはよく言ったものだ。
  昼から大学へ。キャンパスを入ると「第一文学部卒業論文受付」の立看が目に入った。一文は今日と明日が提出日である。K君とH君はちゃんと提出できるだろうか。二文は明日が締め切りである。Fさんは夕方私の研究室に来ることになっている。


この立看も今年で最後か

  3限は大学院の演習。終ってからI君と「メーヤウ」で食事(2人ともインド風ポークカリーとラッシー)をしながら、来年度の演習「現代人と家族」の講義要項の相談。I君にはこれまで私の演習のTAをやってもらっていたが、来年度からは非常勤講師として演習を担当してもらうことになっている。
  研究室に戻ってあれこれの雑用と読書。6限は演習「ケーススタディーの方法」。ケース報告を3件。これで年内は終わりである。


12月16日(水) 曇り

2009-12-17 17:12:54 | Weblog
  9時、起床。挽肉のそぼろ煮、トースト、紅茶の朝食。今日はゼミの2次選考の結果が発表になる。選外になって3次選考に回ることになった学生たちにメールを出す。1次・2次選考ではコンピューターから志望するゼミ(あるいは卒業研究)を申告してもらっていたが、3次選考では個々の学生と論系主任がメールで連絡をとって最適な配置をアレンジする。冬休みに入る前に全員の所属先を決められたらと思う。
  昼から大学へ。昨夜、テープ起こしのファイルが消えたといって電話をかけて来たゼミの学生が問題のCDをもって研究室に来た。さっそくPCに入れてみたが、なるほど、空っぽだ。ただし、プロパティを見ると、使用容量も空き容量もともに0バイトと表示される。もちろんそんなことがあるわけはなく(使用容量が0ならば空き容量は700MBのはずで、反対に空き容量が0ならば使用容量が700MBでなくてはならない)、要するに、CDであることは認識されているが、中身にアクセスが出来ない状態になっているのだ。何らかの方法で復元できる可能性もあるので、CDは預からしてもらうことにした。彼女はかなり立ち直っていた。一晩寝たら立ち直ったそうだ。「実は、私テープ起こしの作業、好きなんです」と言う。ふ~む、とすると、テープ起こしが完了して、もうこの作業ができないのだと深層心理で考え、無意識のうちにファイルを削除しちゃった(また一から作業ができる)のではないかと私が言うと、「えっ~、もしそうだったら、怖い話ですよね」と神妙な顔で答えた。彼女はこうして人間の(あるいは女の)心の深淵を垣間見たのであった。
  12時半から大学院の社会学コースの教室会議。昼食は「たかはし」のお弁当。2時から教授会。風邪薬の副作用か、たんに昼食の後だからか、とても眠い。教授会は5時過ぎに終ったが、その後、学会関係のことで引き続き会議。7時に大学を出る。
  帰路、有楽町のビッグカメラに寄り道し、PCのファイル復元ソフトを見て回る。係りの人にあれこれ質問をし、学生から預かったCDを売り場にあったPCに入れてチェックしてもらったが、やはりファイルは認識されない。復元ソフトの無料試供品版というのをもらって帰る。さっそくそれを自宅のPCにインストールして、問題のCDのファイルの復元を試みようとしたら、いままで認識できなかったCDの中身(4つのファイル)が認識できた。あれっ? まだ復元の作業を開始してはいないはずなのだが・・・、私のPCのCDドライブの性能がよいからなのか、それともそれと意識しないで何らかの復元作業を行ったのか、よくわからない。4つのファイルのうちの1つがテープ起こしのワードファイルで更新日は12月12日となっている。少し前の時点のファイルのようである。開いてみるとA4判で15ページある。1時間半のインタビューを文章に起こしたものとしては分量が少ない。完成版ではなく途中の版である。それでも一からやり直すことを考えたら、ずっといい。ファイルをメールに添付して学生に送る。それはワセダネットのメールなので、別途、ケータイの方へもファイルを送ったという通知のメールを出しておく。そのメールの件名は「幸運」とした。今朝、彼女がゼミのメーリングリストを使ってファイルの消失の件をみんなに報告し、自分は「2009年度の大久保ゼミ不運大賞の大本命」であると宣言したのを受けたものである。ほどなくして彼女から電話があり、「ファイルが見つかったのですか!」と言うので、「たぶん」と答え、「どうやって?」と聞かれたので、かくかくしかじかであると話すと、「わざわざ有楽町まで行っていただいたのですか!」と感激した様子であったので、「ああ、君の喜ぶ顔が見たくてね」と田村正和あたりが言いそうな台詞を言ったら、案の定、「先生、めちゃくちゃイケメンの台詞じゃないですか!」と返された。