9時、起床。挽肉のそぼろ煮、トースト、紅茶の朝食。朝食をとりながら、ETV特集「迷走 碁打ち・藤沢秀行という生き方」(録画)の一部(1時間半の番組の3分の1くらい)を観る。私は碁は打たないが、同じ盤上のゲームでも、将棋と囲碁はずいぶんとし性質が違うと思う。将棋は相手の王将の捕獲を目指して、争点のはっきりした戦いを繰り広げるが、囲碁は相手よりも広い縄張り(地)の獲得を目指して、争点が盤上全体に拡大・拡散していくような戦い方をする。両方とも強い人もいるが、別々の才能が必要とされる気がする。生まれ変わったら今度は囲碁に打ち込んでみたい。
昼から大学へ。3限は講義「現代人間論系総合講座2」。今週と来週は増山先生の担当。4限は空き時間。「ごんべえ」に昼食を食べに行く。前回同様、釜揚げうどんを注文する。うどんと薬味とつけ汁だけだから低カロリーと思う。女性にはお勧めのメニューだが、注文している女性客を見たことがない。
5限は大学院の特論。授業を終えて教員ロビーに立ち寄ると、ちょうど長谷先生が届いた宅配便を開けているところで、献本用の本が届いたらしい。蔵出しのお酒をいただくようにその場で一冊ちょうだいする。長谷正人・奥村隆編『コミュニケーションの社会学』(有斐閣)。既視感のあるタイトルような気がするが、実は本邦初のタイトルであるという。へぇ、こんなオーソドックなタイトルがこれまで手付かずで残っていたなんて。ちなみに共編者の奥村隆さんには『他者といる技法ーコミュニケーションの社会学』という本があるが、そちらは副題である。長谷さんと奥村さん、2人の本に外れはない。今度もきっと面白くて深みのある内容の本に違いない。
帰りがけに生協の本屋、あゆみブックスで以下の本を購入。
大江健三郎・鶴見俊輔ほか『冥誕 加藤周一追悼』(かもがわ出版)
大畑裕嗣ほか編『社会運動の社会学』(有斐閣選書)
山野良一『子どもの最貧国・日本』(光文社新書)
島田裕己『教養としての日本宗教事件史』(河出ブックス)
古井由吉『人生の色気』(新潮社)
川本三郎『きのふの東京 けふの東京』(平凡社)
東海林さだお『ホルモンの丸かじり』(朝日新聞社)
深夜、ケータイが鳴る。メールではなく、電話である。私のゼミの学生からである。緊急事態が発生したのであろうか。まさか「先生の声が聞きたくなっちゃって・・・」ということではないであろう。「どうしたの?」と聞くと、「テープ起こしをしたファイルが消えちゃったんです・・・」という。前者だった。詳しく話してごらんというと、彼女はライフストーリー・インタビューのデータを私に言われたとおりまずPCのハードディスクとバックアップ用にCDに保存し(ここまではよろしい)、CDのデータを聴きながら文章化作業をしてそのワードファイルをCDに保存していたのだという(当然、ハードディスクの方で作業は行うべきだった)。そしてベタ起こしの原稿が完成したので、それを元にして編集版のライフストーリーを作成しようとベタ起こしの原稿を開こうとしたらCDは空っぽだったという。音声ファイルもワードファイルもないのだという。彼女の声が上ずっているので、「泣きそうなのか?」と尋ねると、「はい」というので、泣くのはもう少し我慢してもらって、いくつかの操作を指示してやってもらったが、やはりファイルは見つからない。幸い音声データはPCのハードディスクには保存されているので、最悪の事態(インタビューのやり直し)は避けられたが、1時間半のインタビューのベタ起こしはその10倍相当の時間がかかったであろう。その成果がパーである。泣きたい気持ちになるのはわかる。PCを使う者が誰でも一度は通る道だ。とにかく明日、研究室にそのCDを持ってくるように言って、「さあ、もう泣いてもいいぞ」と言って電話を切る。
♪泣きなさい 笑いなさい いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ (石嶺聡子「花」より)