温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

青根温泉 名号館

2012年11月05日 | 宮城県

現在三十路真っ只中(団塊Jr.)の私は、幼い頃を東京郊外の新興住宅地に分譲されていた戸建て住宅で過ごしたため、鄙びた伝統的建築を目にすると却って新鮮に映ってしまうのですが、戦中戦後の焼け野原に産まれてボロ長屋で数多の兄弟にモミクチャにされながら育った江戸っ子の両親は、古風な建物を見ると貧して辛かった幼少時代を思い出すらしく、草臥れた温泉旅館にはあからさまな嫌悪感を催します。建物に限らず、たとえば全国で復活しているSLだって、現役時代を知らない現代っ子には魅力的で貴重な存在ですが、SL全盛期を知っている方でしたら、非力で非効率で煙が鬱陶しい唾棄すべき国鉄時代の遺物にすぎないわけでして、どんなものでも世代によって見え方や評価は全く異なるのが世の常だったりします。

いつものように前置きが長くなりなりましたが、今回取り上げる青根温泉の「名号館」は、結論から申し上げれば、まるで数十年前から時が止まっているかのような佇まい、そして無色透明ながらも上品な質感を有するお湯に、私はとても感動したのですが、そうした鄙びた雰囲気や無色透明なお湯に対して理解が得られないお客さんだったらどのような評価になるのかを考えると、聊かの不安がよぎるような佇まいでもあります。でも古い施設だからこそ、他ではなかなか体験できない奥深い味わいがあるのです。



隣には「じゃっぽの湯」に使命を譲って2006年に閉館した公衆浴場「名号湯」の建物がまだ残っていました。週末は「じゃっぽの湯」が芋洗い状態になるので、この公衆浴場を復活させて混雑を分散してくれないかなぁ、と密かに願っております。



帳場を訪って入浴を乞うべく「ごめんください」と声を掛けてみますが、館内には私の声がむなしく木霊するだけで一向に誰かが出てくるような気配はありません。こりゃダメかと諦めかけたとき、表から買い物袋をぶら下げた僂佝のお婆ちゃんが玄関に入ってきて、私の用件を聞くと、お婆ちゃんはそのまま奥の方へと姿を消してゆきます。はてどうしたものかと途方に暮れていると、更にしばらく待ってようやく女将さんが登場し、私に待たせてしまったことを詫びながらスリッパを用意して、実に丁寧に案内してくださいました。その恭しさは却って私が恐縮するほどでした。


  
伝統的な日本建築である板張りの廊下を奥へ奥へと進んでゆきます。その途中で中庭を見ますと、真ん中に小さな祠を発見しました。しかもこの祠からはパイプが伸びているではありませんか。これって源泉井なのでしょうか、あるいは単なる祠の類いなのでしょうか。


 
廊下に沿って並ぶ、低い天井の客室群。
換気のために部屋と部屋を仕切る障子や襖はすべて開け放たれており、まるで殿中を思わせる大広間のような空間が広がっていました。戦前にタイムスリップしたみたいですね。映画やドラマのセットとしても使えそうです。襖も床の間も鴨居も欄間も、長年の宿の疲れがしみこんですっかり色がくすんでいるのですが、却ってそれが熟成された良い味を醸し出しているようでした。


 
浴室入口付近の壁には「立寄り入浴カード」なるものの案内が掲示されていました。どうやらこちらのお宿では入浴のみの利用を積極的に受け入れているみたいですね。ただ掲示がちょっと色褪せているのが少々気になりますが・・・。



女将さんはお風呂の入口まで案内してくださり、「今は誰も来ませんから、(男湯女湯)どちらでも構いませんが、せっっかくですから明るい方が良いでしょう」との配慮により、今回は女湯を利用させていただくことになりました。脱衣室はカメラを縦にしないと画角に収まらないほど狭いのですが、これは即ち、浴衣を脱ぎ着するだけの一時的なスペースという認識で設計されたのかもしれませんね。


 
脱衣室から戸を開けて数段のステップを下りたところに床や浴槽が据えられていました。段を下りてゆく温泉浴場は大抵がアタリですから、この構造を目にしたら否が応にも期待しちゃいます。
女将さんが仰るように、両側を壁で遮られて閉塞感のある男湯よりも、窓に面して外が眺められる女湯の方が遙かに明るくて開放的です。古い温泉旅館のお風呂は大きさなどの構造面で男尊女卑が顕著ですし、そうでなくても、一般的に女湯は人目のつきにくい控え目なポジションに設けられることが多いのですが、こちらのお宿の場合はそうした一般的な男女関係が全く逆なんですね。昔からの旅館にしては珍しく、かなり画期的ではないでしょうか。平塚らいてう女史が訪れていたら感涙のあまり入浴する前から全身ビショビショになっていたかもしれません。



室内にはシャワー付き混合水栓が1基設けられています。お湯のコックを捻ると裏手から湯沸かし器の作動音が聞こえ、排気ガスの臭いがわずかに窓の隙間から侵入してきました。



脱衣所側を眺めてみます。


 
浴槽は3人サイズで、無色透明の綺麗なお湯が張られています。湯使いは完全放流式で、湯船のお湯は浴槽縁の下にあけられた(あるいは劣化してあいちゃった)穴から床へと溢れ出ていました。訪問時はしばらく先客がいなかったためか、湯船が源泉温度に近い状態(50℃弱)でしたので、若干加水して入浴することにしました。
湯口に置かれたコップでお湯を飲んでみますと、石膏の味や匂いがまずはっきりと感じられ、その裏に弱いながらも明瞭と自己主張する芒硝的な知覚を確認できました。とはいえ味も匂いも全体的にはそれほど強くなく、昔のお嬢様をイメージさせるしとやかで上品なものでした。なお分析表には塩素系薬剤による消毒が行われている旨が記載されていますが、お湯からは塩素らしき臭いは全く感じられなかったので、おそらく清掃時に薬剤を用いているという意味では無いかと思われます。



ついでに男湯も見学させていただきました。周囲を高い壁に囲まれており、決して暗くはないものの、窓に面していないために閉塞感が否めません。やっぱり女湯の方が良い環境ですね。

伝統的な温泉旅館のお風呂をじっくり堪能し、湯上がりに帳場へ挨拶してから退館しようと玄関へ向かうと、三和土に並べられた私の靴には、靴篦が置かれていました。こういう繊細でさりげない配慮こそ日本の伝統的なもてなしの心ですよね。とっても感激してしまいました。青根温泉は伊達藩の御殿湯があった由緒ある温泉場ですから、その伝統と矜持が現代でも生き続けているのかもしれません。


新名号の湯・花房の湯・新湯・山の湯源泉・蔵王の湯・大湯 混合泉
単純温泉 49.8℃ pH7.4 蒸発残留物727.5mg/kg 溶存物質824.5mg/kg
Na+:185.8mg(80.16mva%), Ca++:28.7mg(14.19mval%),
Cl-:74.7mg(20.13mval%), SO4--:223.4mg(44.37mval%), HCO3-:216.5mg(33.87mval%),
H2SiO3:65.4mg,
加水加温循環なし
浴槽衛生管理のため塩素系薬剤を使用 

宮城県柴田郡川崎町青根温泉4-4  地図
0224-87-2204

立寄り入浴10:00~16:00
400円
シャンプー類あり、他備品類無し

私の好み:★★★
コメント (2)
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