蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

ローズマリー   (bon)

2013-04-05 | 花鳥風月
 覚えておられる方もいらっしゃると思いますが、このタイトルで記事アップしたのは、
2年ちょっと前の2010.12.15でした。
この時のコメントをみると、ブログのタイトルバック一面に“八ヶ岳の勇姿”の写真をどのようにすれば貼り付けられるか・・
チャレンジしていたことが書かれていて、大変懐かしい思いがしました。
当時は、画面設定が既成のテンプレートを使用していたのですね。 

その後、どのくらい経ったか忘れましたが、これが成功して今のような写真が無事貼り付けられたのでした。

 このブログが開設されてまだ3ヶ月くらいの頃で、どのような方向に進むのか、どういう運営になるのか、
など迷いながらやっていたのでしたね。
ブログスタート最初の記事は、“蓼科農園の大収穫祭”でした。(2010.9.24) 
改めて、この最初の記事を見ると、なんと10月21日から始まる収穫祭の予告で、写真が一枚載せられている・・という、
お粗末というか、微笑ましいというか、そんな記事でスタートしたのでした。

ローズマリーの話はどこへ?

以前アップしましたのは、上の通り12月で花がたくさんついている・・写真までありますからそうなんですが、
今回のは4月で、やはり花がいっぱい咲いているのですね。昨年12月ころはちらほらって感じでした。 
だいたい、一年のうち長い期間花を付けているので以前から何時が盛りなのか不思議に思っていました。 
どうも、春が正解のようですね。
     


 ウイキペディアには、「ローズマリーは、地中海沿岸地方原産で、シソ科に属する常緑性低木で、
生葉もしくは乾燥葉を香辛料として用いる。また精油は薬にも用いられる。花も可食」とある。

また「名前のRosmarinusは“海のしずく”を意味する。愛や貞節の象徴とされる。様々な品種があり、
立性と匍匐(ほふく)性種に分かれる。
花の色は、青から紫色のものがほとんどだが、白や桃色のものもある。」・・・あぁ、そうなんだ。

「消臭効果や抗菌作用、抗酸化作用があり、肉の鮮度を長持ちさせることからヨーロッパでは
古くから肉料理にしばしば使われている。カレーやポトフ、アイントプフ等のスパイスとして利用される。
また、抽出物(精油ではない)には、高い消臭効果があることが知られており、商用消臭剤にもしばしば応用される。」
・・ なるほど。


 ローズマリーとは、全く関連はありませんが、先月の初めあたりに、黄梅が面白いところに一つだけ黄色い花を付けました。
本来は2月頃に小さいラッパのような花がたくさん咲きますが、今年は、ちらほら咲いただけで終わってしまっていました。

おもしろく咲いた黄梅
     


それが、このような“ひこばえ”みたいなところに、しかも土のすぐ上あたりに花が咲いている・・
ちょっと前だったのですが、その時に写真に撮っておいたものです。

 黄梅は、梅と書きますが梅ではなく、ジャスミン科の木です。中国では旧正月頃に咲くので“迎春花”ともよばれているとか。



ローズマリーが歌っています。






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歌舞伎座   (bon)

2013-04-03 | 日々雑感、散策、旅行
 名前だけは大変よく知っていて、大阪にも御堂筋に立派な歌舞伎座がありますが、私にはあまりご縁のない演劇の殿堂です。

 銀座の歌舞伎座が3年余りの建て替えが完成しいよいよ昨日4月2日こけら落とし。
坂田藤十郎さんらが、千年のツルを模した舞をご披露して幕が開いたとのことです。

このところ相次いで大物人気役者が他界される不運にあり、関係者一同心を合わせた本陣再開の幕を
最大限盛り上げられたのでしょう。

     


 テレビでは、久しぶりの観劇に着飾って入場する人たちを報じていて、ファンのウキウキした心が伝わってくるとともに、
まだまだ豊かな日本がそこに映し出されていました。
また、内部の様子も紹介していて、舞台だけでなくいろいろな新しい工夫を伝えていましたが、
大仕掛けは感心するばかりでやはり隅々まで新しい配慮がなされているようでした。 
客席もややゆったり設計されたそうで、何よりも客席の背もたれに液晶パネルが設置され、
セリフや物語の内容などの解説も見られる小さな画面がありました。
ベテランのファンには無用かも知れませんが、初心者向きには大変良い仕掛けだと思います。
内容が良くわかるのは勿論ですが、これによって周囲の雰囲気や、役者の演技そのものが分かり
芝居そのものの興味を倍加する・・初心者にも歓迎される、そんな貴重な役割を果たすと思います。


以前、これもあまり縁のない舞台ですが、千駄ヶ谷の国立能楽堂に能を見に行ったときにも、
この仕掛けがあり良く理解でき大変いいことだと感心しました。
三宅坂の国立演芸場での文楽では、こちらは少し前ですが、舞台の袖に縦長の字幕(映像で文字が出る)で、
義太夫の内容が映し出され、やはりよく理解でき感心したのでした。


 今朝の読売のコラムには、この歌舞伎座の開演に因んだ話が出ていました。昨日の東京は生憎の雨でしたが、
ツルの舞にもかけて、“フルは千年、アメは万年”とおめでたく持ち上げていました。

今日のお天気は更に風雨が強く、夕方にかけて嵐になるとか予報しています。


















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歎異抄から   (bon)

2013-04-02 | 日々雑感、散策、旅行
“さくら”の余韻に浸っている穏やかな雰囲気を遮る記事で申し訳けありません。
今日は、ハイキングの予定でしたが、生憎朝からの雨で中止となりました。


 先日のユニークなお坊様のお話にありました“歎異抄”・・以前にも読んだりしておりましたが、
この機会にもう一度抜き読みしてみました。 
宗教といってしまえばそれまでですが、これを何度も眺めていると、やはり“他力”のことが理解できそうです。

 かって、五木寛之の“他力”や“下山の思想”から、このブログでもちょっと書きましたら、
“こんな無気力な事は若者には言えない”、“夢も希望も、意気込みも”失せてしまう・・
というようなご意見を頂戴し、“なるほど~そうも言えるな!”とも思いましたが、ここでは、
そういう視点ではなく、人間本来の煩悩を解脱するということがどういうことか、そのようになるためにはどうすればよいか? 
そんなところを、ちょっとひも解いてみたいと思いました。

 
 人が救いを求めて、救われる、救われたい ためにはどのようにすればよいか、どのようにあればいいのか? 
当時、そんなことは、上流階級の人々のことであって、一般庶民(民)にとっては、かかわりのないこと、
あずかれないこと・・だったのでしょうね。 
宗教(救いを与えてくれる)も、これら上流階級の人々あるいはこれにかかわる関係者(修行僧など)
だけに対するいわゆる“小乗仏教”(密教)であった。 
たとえば、空海(真言宗)、最澄(天台宗)などがその代表でした。 それが、時代とともに、
鎌倉時代の混乱期あたりから、より広い一般の百姓などの庶民にまでを救いの対象とした“大乗仏教”へと広がり、
法然(浄土宗)や日蓮(日蓮宗)さらに親鸞(浄土真宗)などへと繋がっていくのでした。


 つまりは、上流階級や一部の専門階級に閉じられていた“仏教”思想というモノを広く人間全体を
対象とするようになり、それを広めるにはどのようにすればよいか?みたいな感じで捉えてみると、
難しい修行とか教典とかの学門・知識や行いを要求しても、貧しい人、教養のない人、時間の取れない人
などなどには無理であるから、
極端に言えば、何もわからずとも“ただ、念仏を唱えるだけで良い”“唱えようとするだけで良い”・・・
と諭す一方で、よくご存じの「悪人正機」の
“善人なをもて往生する、いわんや悪人をや・・”と、通常とは全く逆のことと思われる考え方を示しているのです。

ここでいう、“善人”、“悪人”は、当時の仏教界でいう表現で、今日でいう一般の善・悪とはちがっている。
すなわち、善人とは、「自力作善」の者で、自らの財力や能力を頼んで寺や社会に寄付をすることで
往生しようとする“善人ぶっている人”で、貴族、学者、特権僧侶、上級武士たちをさしているのです。
悪人とは、我々のような煩悩を具足のように身にまとった者が、どんなに行に励んでも迷いの人生から
解放されないでいる庶民をさしている。

 お寺への寄付をたくさんした、貢献した・・それが多ければ多いほど余計救われる(より良い往生が出来る)
などとの考え方が台頭し、この考えを利用して勢力を拡大するという誤った方向に進む傾向にあった。 
このことを嘆くとともに、このような風潮を否定し、後世に対して誤った軌道を正したのでした。

 
 もう一度、“善人なをもて往生する、いわんや悪人をや・・”の言わんとするところを考えてみますと、
結局、貴族や上層階級にある者が、財力を施したりして自力で信心したと思っている(こころから信心していないのに)、
そんな人でも救われるのだから、つね日頃、汗みどろになって食べ物や着るものを生産している庶民が、
その煩悩から抜け出すために心から念じている・・そんな人々こそ救われるのだ、といっているのですね。


当時の仏教思想が、根底から変革しようとしている、その流れをこのような形で鋭く言い切っているのですね。


 ほんの一部しかとらえていないので、これでは羊頭狗肉の感が否めませんが、
今回は、まぁ、チャレンジの一端としてお許しを願うばかりです。何やら中途半端な感じもしますが・・・。











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