JR横浜線町田駅からほど近い上鶴間谷口地区に鬱蒼たる緑に包まれた社域、古色蒼然とした社、かつて谷口集落の鎮守、「鹿島神社」は鎮座している。創建(伝)は建久年間(鎌倉時代1190年)、源頼朝が鶴舞の里(現在の鶴間)に「鶴舞神社」を創建した前後に当時谷口村に居住の「澁谷越後守義重」が今から460年前の文禄三年(1594)茨城の総本社「鹿島神宮」の御分霊を各村々に勧請したのが興りである。新編相模風土記によると町田森野と鵜野森と谷口村下森の、約300m離れた所に各々鹿島神社があり、土地の人々は「三鹿島」と呼んでいた。御祭神は武甕槌命。「一の鳥居」より道路を一本挟んだ所に「二の鳥居」がある長い参道を進むと700坪の神域境内が広がる。石段を上っていくと「社殿」があり「拝殿」には珍しい緑の「注連縄」が架けられている。境内社に「大自在天満宮」がある。当社は指定村社に列格し古社という神格を保っている。間もなく「七五三」の宮参りの時期、早くも受付の旗が建てられていた。(2310)





