伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

月の三相

2022-10-09 20:00:09 | 小説
 人びとは10歳になると顔を象った面(肖像面)を作らせ、面作家が定期的にその後も顔を写し取り面に時を刻んで行くという慣習がある世界で、ベルリンの東寄りの中央、森と森の間に置かれた「南マインケロート」(14ページ)という仮想の街を舞台に、モデルが死んだり面を残して街を去った場合の面を収集保管する「肖像保管所」に勤める望、面を用いた舞踏を試みるベトナム移民2世のグエット、面作家のディアナらの過ごす日々と過去の来歴を行きつ戻りつしながら語られる小説
 冒頭に「フローラの失踪」が事件として採り上げられながら、いつしかそれは忘れ去られたように、過去のできごとや情景を人と面を用いて再現したモノクロームの写真作品をめぐるエピソード、ディアナの師となる老面作家の思い出や来歴に、現在の望やグエット、ディアナらの行動が挟まれて、時がゆったりと進みあるいは停滞し、また突然進み出すかのように見えてまた止まるという展開があるようなないような進行をし、それが実はフローラとは何ものかを語る長い長い話だとわかったり、といってその失踪に関心が戻るわけでもなくという一筋縄ではいかないお話です。面に時を刻んだり、顔や面から顔が剥がれ落ちるという象徴的な幻想的な語りを味わう作品だろうと思うのですが、東ベルリンという場所設定とベルリンの壁の崩壊の前と後、ひっそりと暮らす人びとと西側に逃走する人びと、そしてアジア系の人びとへの敵意と嘲笑といった現実的な描写(ドイツ在住だという作者にはおそらく頭を去りがたい現実)が、ファンタジーとして読むことを拒絶しているようでもあります。作者の想定から外れているのかとも思いますが、木製の面とか「眠り病」という道具立ては、私にはアフリカ系のイメージを持たせ、エキゾチックではありますが混沌とした印象を持ちました。
 作者の独自の幻想的な世界に浸る、その雰囲気を味わう作品のように見えるのですが、そういう読み方でいいのかが気になる作品です。


石沢麻依 講談社 2022年8月23日発行
コメント
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