伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

「非正規」六法 有期雇用やアルバイトで損せず生活するために

2022-10-23 22:33:31 | 実用書・ビジネス書
 非正規労働者が使用者から不利な労働条件を押しつけられたり、労災や社会保険への加入等の手続を受けられなかったり、解雇や雇止めをされたときに、どのようにできるかについて法的な説明をしている本。
 企画・出版の趣旨・目的はいいと思うのですが、残念ながら、ライターが労働法をきちんと理解しているのか、そして監修している弁護士が内容をちゃんと確認しているのか、疑問に思える点が多々あります。労働契約法第9条に言う労働条件の不利益変更をするための合意は「社員の過半数が加入する労働組合がある(なければ社員の過半数)場合には労組と会社が賃金カットに合意すればよく、その効果は組合員以外の社員にも及びます。組合員でない社員も賃金カットに応じなければなりません」(67ページ)って、初めて聞きました。労使交渉で「労働協約」を締結すれば労働条件の切り下げも可能で、その労働組合(過半数組合である必要はありません)の組合員はそれに拘束されます。しかし、その組合が事業所の労働者の4分の3以上を占めない限りは所属組合員以外は拘束されません。労働条件の不利益変更の合意(本来は労働契約法第9条ではなく第8条の問題)の当事者である労働者は個別の労働者であって労働組合ではありませんし、就業規則の不利益変更(労働契約法第10条)の際に過半数組合が同意していることは有効性判断の一要素にはなりますが、決定的な要素でもありません。一体何をどう誤解・混同して書いているのかも不明ですが、過半数組合が賃金切り下げに同意したら組合員でもない労働者もそれを受け入れなければならないなどというとんでもなく使用者に有利な間違った見解を、労働者が「損せず」生活するためという本で書かれるのはまったく迷惑な話です。
 有期契約の雇止め(期間満了時の不更新)について、「その社員の契約期間が1年以上あって、過去に契約を1回でも更新したことがあるときは、会社側に雇止めをする客観的で合理的な理由があり、それが社会通念上相当と認められる場合を除き、社員が更新を望めば、会社は現在の契約と同一条件で契約を更新することを承諾したとみなされます」(203ページ。4~5ページの漫画、191ページにも同趣旨の記載があります)というのは、それが本当なら労働者側の弁護士にとってはとてもうれしいことですが、現実はそんなに甘くありません。厚生労働省の告示(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準)で、3回以上更新したか1年を超えて継続勤務している場合に労働者が請求すれば使用者は雇止め理由証明書を交付するものとされていて、その際の理由は期間満了以外の理由を書くこととされているので、それをもって使用者は期間満了以外の理由がないのに雇止めすべきでないと、交渉材料なり運動的には言ってもいいですが、法的に、あるいは裁判上、それで雇止めが無効になるわけではありません。裁判例上「契約更新の合理的期待」があるとして客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められなければ雇止めが無効とされる条件は、担当業務の性質、更新回数、通算勤続期間を中心とするさまざまな要素の総合判断ですが、契約期間が1年以上というだけで認められることはまずありません。
 労働者側のスタンスを示しながら、使用者が経営悪化を理由としたときへの諦めのよさ(200~201ページなど)は使用者側の弁護士が感激しそうなものだったり、契約更新の合理的期待を議論するときに塾講師については裁判例上簡単ではないのですがそのことにまったく触れてもいません(196~197ページ)。
 非正規労働者が損せずに闘えるようにという本を出版するなら、もう少し裁判所でも現場でも通じる内容のものを書いて欲しいところです。


飯野たから著、横山裕一監修 自由国民社 2020年12月24日発行
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