伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

ラストラン ランナー4

2021-11-14 17:06:14 | 小説
 一度無様に挫折したランナー加納碧李が天才ランナー三堂貢と走った地方の記録会で自己ベストの記録で復活し、その碧李の肉薄に何かを感じた貢が碧李との再戦を意識し…という展開をするシリーズ第4作完結編。
 「ランナー」が2007年、「スパイクス ランナー2」が2011年、「レーン ランナー3」が2013年で、この作品は2018年発表。単行本が出たときには気がつかず、文庫本が今年出たのに初めて気がついて、予約しました。11年越しのシリーズ完結、ではありますが…
 作者の出世作「バッテリー」と同様の、一見スポーツがテーマのように見せながら、スポーツではなくスポーツをする人(青年)を題材にして周囲との人間関係や自分(自意識)への鬱屈した感情とそのスポーツをする意味を自問する心理を描く青春小説です。世界一のランナーになれる(レーン ランナー3 文庫版29ページ)、日本記録まで塗り替えちまうかもしれない天才(同104ページ)、世界に挑む、挑んで勝ってみせる(同233ページ)なんていう天才アスリートを登場させながら、大舞台には立たせない、大きな試合を絶対に描かないというひねくれたスタイルが貫かれています。読者の期待を裏切るという狙いではなく(「バッテリー」を読んだ読者なら、この作者にその期待は最初から持たないでしょうから:私は、2013年7月3日の「レーン ランナー3」の記事で予想/予言していました)、「作風」なんでしょうね。
 前作(シリーズ第3作)から、主人公2人ではなく主人公の友人、碧李の所属する東部第一高校陸上部のマネージャー久遠信哉と貢の従兄弟の清都学園新聞部坂田光喜のおしゃべりで持たせる場面が多いのも、「バッテリー」同様です。
 私には、この作品のコンセプトは、ライバル力石徹の命を奪ってしまい挫折した矢吹丈が、天才ボクサーカーロス・リベラと出会って復活し、カーロスとの闘いはエキシビション・マッチで互いに打ち合う喜びに目覚めて試合の枠を踏み越えていく…というのを思い起こさせます。
 心理描写としては、青春小説としては、読ませる作品なんですが。


あさのあつこ 幻冬舎文庫 2021年6月10日発行(単行本は2018年10月)
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法医学者の使命 「人の死を生かす」ために

2021-11-13 23:34:17 | 人文・社会科学系
 解剖、死因鑑定の経験を通じて、死因究明の難しさと現在の日本の制度の問題点を解説し論じた本。
 多数のケースを取り上げて死因の判断を説明しています。読んでいて、医学知識の増加と、なんといっても検査技術の発展によって、検討すべき事項が飛躍的に増え、死因の判断というものがこんなにも複雑になっているのかと驚きました。率直に言うと、著者が死因を判断していく過程の文章が、流し読みしていると、私にはほとんど理解できませんでした。
 扼殺(腕や手で首を絞める)の場合の溢血点や鬱血、一酸化炭素中毒の場合の皮膚の色(鮮紅色)など、特徴があるケースは簡単に判断できるものと考えていた(習った)のですが、プロがその判断を誤ったケースを並べられると、戸惑います。
 著者は、刑事事件や民事事件(保険金請求で事故か病死かで保険金額が大きく異なるとか、医療過誤の損害賠償請求とか、労災かどうかとか)での裁判官の判断や弁護士の主張を、非科学的な素人判断と厳しく批判し続けています。挙げられている事例での誤判定の実例や、死因判定の説明を読んでも理解できない自分の力量を考えれば、素人には判断できないというのも納得してしまいますが、専門家の医師でも間違うことが指摘されているのを見たら、どうすればいいのかとも。著者は、専門家が情報を共有して議論することを確保すべきだというのですが、現在でも全死亡数の1.4%、異状死事例の11.5%しか法医解剖されていない(6ページ)日本の状況でどこまで望めるものでしょうか。


吉田謙一 岩波新書 2021年8月20日発行
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世界のふしぎなことわざ図鑑

2021-11-11 21:32:06 | 人文・社会科学系
 日本の80のことわざに、それぞれ3つずつ他国の類似のことわざを並べて紹介した本。
 並べられる外国は、韓国、中国、英語(アメリカかイギリスかは区別されず)、ロシア、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン等が多いですが、3つどれが出てくるかはランダムな感じです。「スワヒリ語のことわざ」(やはりどの国かどの民族・部族かは区別されず)も何度か登場し、トゥアレグ族のことわざなんてのも1回登場します。どういう基準で選択されているのかは興味深いですが、全然わかりません。
 他国のことわざは、日本のことわざそのまんまのもあり、ちょっと視点というか言い回しが違うのもあります。たぶん言い回しの違うのを比べてみる方が文化論として面白いのだと思います。もっとも、英語(と、まぁ一部フランス語…)以外は、訳がどれくらい正しいのか、違いのニュアンスとか、検討のしようもないですが。
 ことわざのテーマ別に6つの部門に分かれていて、本のページが色分けされているのですが、この色分けと項目分けが全然合致していません。ふつう色分けするなら項目ごとに色を変えると思うんですが。ことわざよりもそっちが「ふしぎな」本です。


北村孝一 株式会社KADOKAWA 2021年8月17日発行
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世界の奇習と奇祭

2021-11-10 22:28:54 | 人文・社会科学系
 世界各地の風変わりな風習、儀式、祭事、行事を紹介した本。
 健康を祈ったり魔除けのため、あるいは一人前になったことを証するためになされるさまざまな儀式・行事には苦痛や危険を伴うものがあり、しかしその社会に生まれた者はそれを避けて通ることができず、読んでいて痛々しく、読者としては、自分がそういう社会に生まれなくてよかったと無責任に思ってしまいます。
 コラムニストの筆になる本ということもあり、皮肉な揶揄的な語りで各地の習俗が紹介されますし、あくまでも風変わりな奇妙なものとして見ていますので、それぞれの文化を尊重し理解するという様子ではなく、他民族をからかうエスニックジョーク集のように感じます。実は、この本を読んで最初に感じたのが、「長くつ下のピッピ」でピッピが語るほら話です(私のサイトの「長くつ下のピッピ」の紹介はこちら)。
 日本からは金山神社(川崎市)のかなまら祭と即身仏がエントリー。即身仏のようなごく稀な人が自ら志して行うことも風習とか慣習と言えるのでしょうか。かなまら祭なら、コロナが開けたら行ってみてもいいかと思いますが。


原題:BIZARRE WORLD
E・リード・ロス 訳:小金輝彦
原書房 2021年8月23日発行(原書は2019年)
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白い薔薇の淵まで

2021-11-05 23:47:33 | 小説
 大学時代のサークル仲間だった高校の英語教師北井喜八郎とつかず離れずの関係にあった大手流通会社マーケティング部門所属の29歳キャリアウーマン川島とく子が、雨の夜の青山ブックセンターで遭遇した寡作の24歳作家山野辺塁と激しいセックスをしてのめり込んでゆくという恋愛小説。
 気まぐれで欲望にのみ忠実なジコチュウの塁を純粋で傷つきやすい存在と描き、けんかを繰り返しながら離れられず忘れられず、善良な夫を放置し傷つけながらとく子が塁を追い求めていく展開は、塁が男であればただの身勝手な夫とDVを直視できない愚かしい妻と評価されるでしょう。それなのに女同士だと、「めくるめく性愛の深淵」「究極の恋愛小説」(裏表紙の解説)と美化されてしまうのは、どうかなと思います。
 スタートでその終わりが語られているのに、その後思ったよりも執念深くとく子の塁に対する追跡が続き、最初に想定したのとは違うエンディングですが、それはそれで新鮮にもなるほどとも思えるのはストーリーテリングとしては巧いのだと思います。
 2001年の小説が2021年に文庫版で復刊したのですが、文庫版あとがきで作者が60歳になり恋愛の機会も情熱もなくなり「女×女の恋愛小説」を書くこともなくなっているのに、いまだに「レズビアン作家」のレッテルを貼られ続けていると嘆いているのが、少し驚きです。作家を生業とする以上、作品から特定のイメージを持たれるのは致し方なくその覚悟を持って作品を発表するのでしょうし、むしろそれが売り物になるものだろうと思っています。弁護士の場合でも、お金にならない分野で有名になっても営業上役に立たないとも言えますが、それでも何も特徴がないよりもこの分野ならこの弁護士といわれるものがあることは、やはり強みだろうと思います。客商売はそういうものだと思うのですが。


中山可穂 河出文庫 2021年9月20日発行(単行本は2001年)
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本能 遺伝子に刻まれた驚異の知恵

2021-11-04 00:07:39 | 自然科学・工学系
 さまざまな動物が生得的に持つ行動パターンについて説明し、動物が学習により習得したと考えられる行動もその多くは生得的な行動をより成熟させているだけではないかと、本能が果たしている役割はこれまで考えられてきたよりも重要で広汎だと指摘する本。
 第1章と第2章は、さまざまな動物・昆虫等が持つさまざまな能力、行動パターンが紹介され、動物の行動、特に採餌行動がエネルギー取得効率の観点から見ると驚くほど効率的であることが示されています。
 しかし、それを「動物たちの思わぬ『意図』が見えてくる」(44ページ)とか、「本能の底知れない知恵」(49ページ)などと表現することには違和感を持ちます。ましてや「動物が巧みに身を守り効率的に餌を食べて生き、そして成長するのは、その先に待ち構える生殖に備えるためです」(73ページ)など、それぞれの動物が意識的に自己の子孫を多数残すことを意識して行動を選択しているかのような記述は、動物行動学や進化論を説明する本でよく見られるものですが、進化論、自然淘汰・性淘汰の説明としておかしいと思います。採餌行動のエネルギー効率に関していえば、エネルギー効率を考えて採餌行動を選択しているのではなく、エネルギー効率のよい採餌行動パターンを持った個体が生き延びる確率が高く生殖して子孫を残す割合が高くなるため、次第にその行動パターンを取るものが多数派になったということのはずです。求愛・交尾等のパターンにおいても、自己の子孫を多数残そうとして選択しているのではなく、あるいは自分の子が育たないことが「損失」になるなどと考えて育児を選択しているのでもなく、生殖とその後の成長に有利な行動パターンを持つ個体が多数繁殖して成長しその後の生殖の機会を得やすいが故に多数派になっていくだけです。
 そして自然淘汰は、常時生じる遺伝子の再生ミス・突然変異等を含む多様性の幅の中で特定の環境では特定のものが多数派になるということで環境が変化すれば他のものが多数派になるという含みを持っているはずです。本来的に進化論はそういった多様性を前提とし尊重するものではなかったでしょうか。
 しかし、この本では、本能という言葉を用いて、一律の方向性を印象づけていきます。男性にとって最も魅力的な女性のウェスト/ヒップ比は0.7で、「異文化の下で生活してきた男に観察されたこの好まれる異性像は、これが文化に左右されない生得的性質、つまり本能的性質であることを示唆しています」(231ページ)とか、「男と女が結婚して子供が生まれると、子育て本能は早速、母親を適切な子育て行動に駆り立てます」(238~239ページ)というのは、今どきいかがなものかと思います。最後に男性が新生児のにおい(フェロモン)に惹かれるという研究結果を示し、男性の育児が本能であり父性がそのように進化している可能性があるとしている(248~251ページ)のは、性別役割分業的な記述を少しは是正しようという意図によるものでしょう。しかし、それも女性に一律に母性を強いる(乳幼児を好きになれない女性もいるし、ましてやLGBT等の多様な性指向への配慮を考えれば…)のと同様に男性に父性を求めるということではないのかという疑問を残します。
 今、本能というテーマを扱うのであれば、本能という言葉が個性や多様性を抑圧しがちなことにもう少し配慮した書き方があったのではないかという気がします。


小原嘉明 中公新書 2021年8月25日発行
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fishy

2021-11-01 00:17:31 | 小説
 5年前に飲み会で知り合ったがアクションを起こせないうちに別の女性と結婚したゼネコン勤務の新婚の松本がシンガポールに赴任する直前に誘いかけて不倫を始めた28歳フリーライターの美玖、13年前に結婚した夫との間に2子をなした後2年セックスレスで夫が年下女と社内不倫していることに苛立つ37歳雑誌編集者の弓子(氏は7ページでは「光岡」、116ページでは「尾長」。気が変わったのかテキトーなのか)、経歴・家族関係等不詳の謎の32歳インテリアデザイナーの若槻ユリの3人が、それぞれに持つ男との関係やその関係者とのトラブル等をめぐって話し、関わり合う様子を描いた小説。
 若さで突っ走りがちだが不倫相手の妻からの反撃を受けて痛い目に遭い萎縮したり比較的ふつうの反応をする美玖、キャリアウーマンではあるが最年長で夫と子どもを持つこともあって家庭を守りたい気持ちが強く他方で夫にはその気持ちを素直に示せないやや保守的な志向の弓子、自由に過ごしたいという気持ちが強く他人に自分を曝したくないユリの3者の掛け合いで微妙な関係、複線的な見方を描いています。ユリの台詞にやや観念的に過ぎる違和感を持つところはありますが、私が読んだ金原作品の中では(そんなにたくさん読んでいるわけではないですけど)一番いい感じに仕上がっているように思えました。


金原ひとみ 朝日新聞出版 2020年9月30日発行
「小説トリッパー」連載
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