Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

今月3回目の2万歩越え

2016年03月21日 22時49分40秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 14時過ぎからウォーキングに出かけた。気持ちの良い汗をかくことが出来た。気分的にずいぶんとスッキリとする。いつものコースであるが、畑の間などもとおり景色もいい。

 ようやくウォーキングに出かけることに決意をしなくても良くなってきた。風邪が治ったばかりの今月初めなどは、体が億劫がっていた。先週のウォーキングで気分的にも楽になったと思う。腰の痛みもすっかり消えた。
 本日は往復で2万歩あまり。2時間20分かかっただろうか。先ほど夜遅くまで営業しているスーパーへ買い物に付き合った結果、本日は合わせて2万3000歩余り。このペースが続けられるといいのだが‥。せめて週に2~3回したいと思っている。
 昨日もウォーキングに行きたかったが、一昨日の深酒が体を蝕んでいたようだ。無理は出来ない。本日は休肝日となった。

 明日は9時から組合の会館で退職者会の幹事会と、午後からはメール作業がある。送付文書はかなりある。朝9時に到着するためには家を8時に出なくてはいけない。普段8時過ぎに置きだしてくる生活なのでキツイ朝である。

「生誕300年記念若冲展」のチラシを見て‥

2016年03月21日 20時15分09秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 最近の美術展のチラシの多くはとても良くできている。人を多く集める美術展ではA3二つ折りのものも多くなり、情報が豊富である。しかも著作権や貸出元との関係からも作品名もキチンと明記されているし、それなりの解説もついている。事前の予備知識を整理するのに便利な作りにもなっている。
 来月開催される伊藤若冲展のチラシをゲットしたと18日に記載したが、チラシの裏表を掲載してみる。私はこのチラシを見て、製作者の力量に脱帽している。展示作品の着目すべきところをキチンと踏まえているのだな、と思った。さまざまな作品から「これを見ると面白いよ」というところ赤枠・黄色枠の中にちゃんと収めている。虫・鳥・魚などの小さな生物、子犬などから鶏、そして虎や巨象まで、ここまで書き込んでいるチラシは珍しい。また彩色画だけでなく、水墨画の魅力にも触れている。当然ではあるが、ちゃんと作品名も記している。その配置にも気配りとセンスを感じている。なかなか心憎いものがある。

 私は実はこの派手な黄や赤に囲まれた動植綵絵の鶏や白鳳を見て、若冲という画家の彩色の中でも赤に着目して鑑賞してみようという気になった。裏面を見ても他の動植綵絵にちりばめられた赤という色の効果的な配置に興味をそそられた。同時に展示される釈迦三尊像も赤がとても目立つ。こんなに派手で効果的な赤を使った絵画は、若冲以外にあったかなとあらためて考えて見たくなった。私の江戸絵画の知識は貧弱なので、そんなことも知らなかったのか、と当然云われるだろうが、無手勝流で見てきた私には新鮮な驚きである。そんなことを教えてくれたチラシであると思った。
 チラシの高価というのは大きいものである。若冲展が楽しみとなった。


ショパン「ピアノ協奏曲第1番」(ツィマーマン)

2016年03月21日 13時21分43秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 昨日に続いてショパンのピアノ協奏曲第1番を聴いている。演奏者はピアノと指揮がクリスティアン・ツィマーマン、オーケストラはポーランド祝祭管弦楽団で1999年の録音。ポーランド祝祭管弦楽団というのは、ツィマーマンがピアノソロと指揮者を兼ねて演奏するために編成された若いソリストや室内楽奏者からなるオーケストラ、とCDに添付された解説に記載がある。ツィマーマンは1956年ポーランド生まれのピアニスト。ピアノや演奏会場の音響効果、録音技術に対するこだわりは有名で、日本でも熱烈なファンを獲得していることは私も耳にしている。同時にポーランドでの戒厳令に対する抗議の亡命、アメリカのジョージ・ブッシュ大統領の東欧政策への抗議などでも名を馳せている。
 この政治的な運動には興味はそそられ、惹かれるものが大いにあったが、それと演奏の質とはイコールにはならないというのが私のいつもの判断なので、これらの行動をきっかけにCDをあえて購入するということはしていない。また当時はまだピアノという楽器には特に惹かれていもいなかった。実はこのCDを2000年頃に購入している。購入時に一度は聴いたと思うがそれ以降は聴いていない。手軽に一枚で二つの協奏曲を聴くことのできる昨日のエマニュエル・アックス盤を何回か聴いていただけである。
 昨日の夜中に音を小さくして聴いてみて、ビックリした。ピアノについては私は、曲や演奏家の差を聴き分ける力量は今でもピアノを習った方と比べて格段に劣るものと思っているが、このツィマーマン、出だしのフレーズを聴いただけで、アックス盤とはまったく違う印象に驚いた。ピアノのメロディーラインが明確に浮き出てくる。ずっと優雅で音に厚みがあり、丁寧な演奏ということを感じた。なるほどこれは「完璧」にこだわる演奏家の演奏なのかと思える。ファンが多いということに納得した。悪く言えば隙が無さすぎるという不満があるかもしれない。
 昨日オーケストレーションに単調さがあり、ショパンのオリジナリティではなく他のオーケストレーションの専門家の手になるらしいということを引用させてもらったが、そのようなことを感じさせない録音でもある。
 ベートーベンやブラームスなどでは確かにピアノとオーケストラの競い合う感じであり、ショパンのピアノ協奏曲はピアノが主でオーケストラは伴奏に近いといわれる。それでも私の耳にはピアノとオーケストラはいいバランスで聴こえる。
 再現部で静かに奏でられる主題の美しさに引き込まれるものがある。19歳というショパンの青年期の感情がたっぷりと詰められ、下手をすると演奏が甘い感傷に撒け、テンポが大きく揺れてしまいそうになりながら、厳格な拍子を確保することで踏みとどまっている印象を受けた。テンポの変化の代わりに強弱の差を大きくし、旋律と伴奏の差を明確にして曲の流れをコントロールしていると思える。
 第2楽章はアックスが10分を切っているが、ツィマーマンは実に12分35秒もかけている。テンポがゆったりしている。ここではオーケストラとピアノソロとの美しい絡み合いが存分に聴くことが出来る。そして第3楽章に流れていく直前の2分間の緊張感の持続は、ソロピアノも弦楽器もともに、高度な技術よりも強い精神力が必要かと思われる。
 フィナーレは再びピアノが大きなリードを占めている。第2楽章の緊張感を受けるフィナーレにしては出だしが少し重みに欠けるなというのが、この曲を初めて聴いた時からの感想である。最後に行くにしたがっての盛り上がりはなかなか楽しい。
 第2楽章を独立で演奏することもあると聞いているが、このフィナーレも独立性が高いのではないか、というのは素人の私だけだろうか?

      

爽やかな付き合いと爽やかな別れ

2016年03月21日 00時01分16秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は横浜駅近くのスーパーまで買い物に付き合った。しかし年度末の3連休のためか、多くの人出があった。レジもいつも以上に並んでいたらしい。地下街もいつもよりは大勢の人が行き来していたと思う。
 これだけ大勢の人がいる中で、あるいは大勢の人が出ていたからだろうか、2時間ほどの間に3人もの昔の職場の人に出会った。いづれも男性。3人とも仕事を一生懸命こなして職場ではとても仲良くしてもらった。3人とも5年前後で異動したが、印象に残っている後輩と先輩である。
 1人とはお互いにすれ違いざまに気がついて、同時に振り返って会釈をしただけだったが、目がやさしかった。咄嗟に名前が出てこなかったが、買い物をしているうちに思い出した。同じ局の他の職場に移動したので、さらに5年ほどは仕事でも時々顔を合わせたり、仕事の報告などをしたことがある。
 他の2人とは、立ちどまって「お元気ですか」「まだ再任用で働いています」「もう退職して遊んでます」程度の短い会話を交わして別れた。やはり5~6年ほど一緒に仕事をした。2~3歳年上であるので、もうとうに退職をしているはずである。
 3人とも1人で颯爽と歩いていた。3人とも年賀状のやり取りをしているわけでもないし、連絡先を知っているわけでもない。下手をするとこの先もう合うこともないかもしれないけれども、特に名刺交換をすることも、連絡先を聞くこともなかった。
 何万人もいる職員の奏で5年前後も同じ職場の空気を吸っていた人たちである。寂しいといえば寂しい。しかし何万人もいる職員の中で、それぞれに付き合う範囲もあり、40年前後の勤務年数の内5年ほどの付き合いは、特に長い方ではない。爽やかな付き合いと、さわやかな別れ方があってもいいだろうと、割り切っている。