第1番とあるが、実際は2番目に作られている。最初に書きあげたヘ短調協奏曲(第2番)を1830年3月にワルシャワでのプロデビュー演奏会で初演したのちに作曲に取り掛かった。そして同年の10月、ウィーンへ出発する直前に行われたワルシャワでの告別演奏会においてショパン自身のピアノ独奏により初演された。
ふたつのピアノ協奏曲は19歳という若いショパンのデビュー作とも云われる。そして双子のような曲でもある。
親しみやすい曲想であり、多くのファンがいる。
ピアノに対してオーケストレーションに単調さがあると云われているようだ。第2番も同様に他人のオーケストレーションの可能性が高いということになっている。一方で、第2楽章に弦に弱音器を付けたりするところなどは、ショパン独自のオーケストレーションを試みた形跡もあるとのことである。
このオーケストラの厚みがないということは、ヴィルトゥオーゾの傾向に随ったピアノ主導の曲であるのか、ショパンのピアノソロ重視の方向なのか、病弱のショパンにとって作曲上の困難の結果だったのか、さまざまな解釈もあるようだ。
若いショパンが意図したと思われるオーケストレーションを復元した「コンサート・バージョン」と、従来の楽譜を校訂した「ヒストリカル・バージョン」があるともいうが、このCDの演奏がどちらなのかは記載はない。。
演奏者はエマニュエル・アックスのピアノ、ユージン・オーマンディー指揮、フィラデルフィア管弦楽団による1982年の録音である。
実はもう一種類ショパンのピアノ協奏曲を持っている。クリスティアン・ツィマーマンのピアノと指揮、ポーランド祝祭管弦楽団による1999年の録音盤である。こちらはCD2枚組である。聴くときはいつも2曲まとめて聴きたいので、こちらを聴いたのは2000年頃に購入した時に一度だけのような気がする。本当はじっくりと聴き比べた方がいいと思う。
明日はこちらを聴いてみることにする。