Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「身の闇の頭巾も通る月見かな」(蕪村)

2017年03月02日 22時40分31秒 | 俳句・短歌・詩等関連
★身の闇の頭巾も通る月見かな     蕪村

 1768(明和五)年の作。先に取り上げた「おのが身の闇より吼えて夜半の秋」(蕪村)の「身の闇」は同じだが、こちらの「身の闇」はちょっとわかりにくい。「おのが身の闇より‥」の方は狗の「野生」のことと理解できる。そしてそれは人間が社会生活の中でいつの間にか持ってしまうどろどろとした情念の喩えにもなっている。
 一方この「身の闇の頭巾‥」の句では「身の闇」があまりに曖昧としている。句としては成功していない部類の句だとは思う。しかし1768年という江戸時代中期、明治維新の100年前の句として見ると現代的な句に思える。近代の波をかぶったような句ではないかな、と思う。あるいは私の江戸時代の理解の至らなさなのかもしれないが‥。
 同じ年に有名な「月天心貧しき町を通りけり」(蕪村)の方が、余程「身の闇」を感じる。こちらの方が俯いて、何かの強い思いを抱えた人間の姿が自然に浮かんでくる。

 現在横浜では雨は降っていない。夕方から出かける予定があったが、杖を突きながら傘をさして歩くという芸当はしたくないので、ずっと家にいた。そしてとても寒い。
 「シャセリオー展」の感想を書かなくてはいけないので、先ほどから図録を読んでいた。シャセリオーという画家、どんな闇を身の内に養っていたのだろうか。そんな切り口を見つけられたらいいのだが。
 この図録を読むのに、椅子にずっと座り続けるとまた神経痛の痛みが間違いなく出る。ベッドに寝転がったり、いろいろ工夫をしている。しかしベッドに横になるのは痛みを引き出す可能性の方が高い。特に俯せの姿勢はよくない。間違いなく痛みが出る。
 お昼に友人から整体の本を勧められた。さっそく購入しようと本屋を2件回ったが置いてなかった。ネットで購入するか、図書館から借りてくるか、どちらにしても一度手にして、やってみたいと思っている。早目の方がいいのだが‥。

「図書3月号」(岩波書店)から

2017年03月02日 17時16分52秒 | 読書
 本日の読書は「図書3月号」(岩波書店)からいくつか。

・「大洪水に向かって「ノー」と叫ぶ幼女の夢」(司修)

・「構成にのこす」(ちばかおり)

・「ルーカス・クラーナハと宗教改革」(宮田光雄)
 没後に(同名の)息子ルーカスの手によって完成した‥大祭壇画には、ルターの傍にクラーナハが洗礼者ヨハネと並んでイエスの十字架の下に立っている。十字架上のイエスの脇腹から迸り出る鮮血は、直接、クラーナハその人の頭上にそそがれている。それは宗教改革の信仰を生き抜いた父クラーナハのために、子ルーカスが刻んだ墓碑銘といってもよいであろう。」

・「森と水田が織りなす自然と食」(加藤真)

・「シモフリスズメの冒険」(多田多恵子)

・「百姓命助の「寺入り」について」(深谷克己)

・「「太平記」の世界を語る」(佐藤優)
 「現実が厳しく、血で血を洗う戦いが続き、信義にもとる人間がたくさんいるような状況においては、太平の世を強く願い、それを言語することが求められるのである。書くという行為によって、理念が現実となる。「太平記」はわれわれにどのような状況においても平和への希望を失ってはならず、かつ、太平を口にしなくてはならないと説いている。太平を口にすることで、言葉に生命が宿るのだ。」

・「新しいモニュメントの到来のために(下)」(新井卓)
 「忘却と消滅の危機に瀕して、わたしたち一人ひとりによる、わたしたち一人ひとりのための困難な闘いは始まったばかりである。」

・「心理学者の美術館散歩⑮「ピエロの謎」」(三浦佳世)
 「遠近法で整えられた世界は遠く離れた一点からのみ見ることを前提に描かれている。その場所から見える表層に満足しているうちは幸福なのだが、深層に分け入って、さらに知ろうとすると、得られる情報は何もない。そうした葛藤や距離感は現代の私たちにとって、それほどめずらしいものではない。一度忘れ去られたピエロ・デッラ・フランチェスカが今の時代によみがえり、わたしたちを惹きつけるのは、彼の絵のもつ明快さと不可解さが、私たちの日々の矛盾や不安定さと共鳴するからだろうか。」

雨の効用

2017年03月02日 10時47分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩は19時前から雨が降り出し本降りとなった。2月は雨が大変少なかったと気象予報の解説者が言っていた。

 乾燥した空気は尖っている。冬も夏も体に突き刺さるようだ。雨がもたらす湿度は空気を和らげてくれる。空気だけでなく雨は体も柔らかく包んでくれる。

 昨晩からの雨は次第に強くなり明け方まで降っていたようだ。今は降っていないが、しかし寒い。

 さて本日は昼前に友人と喫茶店で待ち合わせ。いつもは昼間から空いている居酒屋を探すのに苦労するのだが、二人共体調不良につき喫茶店で会うことにした。退職者会の会員で先輩である。友人と言ってしまっては失礼だが、楽しい時間が過ごせる。先日は、妻とともにお宅にうかがい、ご馳走になってしまった。
 約束した日が、よりによってこんなに寒く、しかも午後からは再び雨が降るかもしれないとは予想もしていなかった。
 退職してすぐの頃、崎陽軒のシュウマイ弁当とお酒をもって三渓園に二人で行ったら前日には雪が降り、とても寒くて震えながら半ば凍ったような弁当を二人で食べたことがある。お酒を飲んでも体は温まらなかった。
 還暦を過ぎた男が二人三渓園で震えながら酒を飲む姿は滑稽を通り越して、哀れに見えたかも知れない。

雛人形からの直感

2017年03月02日 09時29分17秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 妻が2月28日になって、雛人形を出して飾った。狭い家なので二体だけの雛人形である。子どもが小学生のときから使っていた勉強机を妻が譲り受けて使っている。本立て部分を除いた机の上にちょうど乗っかる大きさである。
 昨年は飾らなかった。どういう心境があるのかはわからない。娘が生まれたときに、妻の両親から贈られたものである。これを飾ったから娘に見に来るように伝えたわけでもない。妻は虫干ししないといけないから、といっている。娘は雛人形には興味は薄いと思うよ、というのが妻の言でもある。
 このような習慣にほとんど興味も思い入れもない私はただただ黙って見ているだけである。こういうときは、私は妻と娘の言動を前にしては常に無力である。
 日本の生活習慣から雛人形を飾ったり、贈ったりということは、まったくなくなるということは想定できないが、「家族」という枠が変化するにしたがい、しだいに希薄になるのではないか。そして社会の階層分化が進行すればするほど、関わる人は少なくなっていくのではないか。そんな直感がある。
 「家族」の中での生活習慣の記憶が薄れれば、希薄となり拡散してしまうか、地域や宗教といった場面に移行して規範化してしまうか、どちらかではないだろうか。私は後者の観念が肥大化して強い規範化となることが怖い。