Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

雨の区域は去った

2018年08月03日 23時26分24秒 | 天気と自然災害
 さいわいにも強い雨は降らずに済んだ。時間雨量換算で10ミリ程度の雨が短時間ふり、雷鳴が何度か聞こえた程度であった。しかし横浜市域でも狭いながら強い雨の区域が2か所、北から南に抜けて行った。私の住む地域はかすった程度であった。今は、二つの区域が一つに合体して鎌倉市域、三浦半島に至っている。横浜では泉・戸塚・港南・栄区あたりがひどかったようだ。

 横浜の本日の最高気温は36.1℃と横浜にしてはかなり高かった。明日も35℃をこえそうだとの予報である。

 明日は明後日の会議の資料作りを午前中に終えたいのだが、果たしてできるだろうか。


「図書8月号」(岩波書店)から 4

2018年08月03日 21時48分04秒 | 読書
・仮想と現実          齋藤亜矢
「触覚に結び付いた質感、作品に入り込んだような身体感覚、よびおこされる感覚の記憶、情動による身体の作用。作品に感じるリアリティは、「からだで感じる」という実感に深く関わっていそうだ。鑑賞体験を豊かにするには、やはり現実に「からだで感じる」体験を充実させることなのだと思う。」

 確かに美術鑑賞などを続けていると、身体感覚をつい忘れてしまっている自分に気がつく。頭で事前に仕入れた知識に頼ってしまって、その知識から外れた鑑賞をしなくなっている。これは不思議な体験でもある。いつの間にか「感動」から遠ざかっている自分にふと気がつ句ことが最近は多い。新鮮な感動がいつの間にか失われている。それは、感動の持続ともかかわる。自分の感覚で見て、自分なりに感動したものはながく記憶しているが、事前の記憶に頼ってその影響から外れない範囲の鑑賞しかできなかった作品はすぐに忘れていく。
 かといって事前の知識を仕入れる必要はない、とは言えない。事前の知識はあればあるほどいいに決まっている。ただしその知識に頼ってしまった鑑賞をしてはいけない。何かを自分なりの視点として獲得するか、あるいはその枠組みを解体して新しい視点を獲得するか、それが鑑賞者には常に求められているのではないか。
 

激しい雨の区域が迫っている

2018年08月03日 18時34分47秒 | 天気と自然災害
 本日の夕食後からは、明後日の団地の管理組合の会議の資料作り。その前にひと休みの予定。先ほどから雲が多くなりはじめ少し暗く感じるようになった、と思ったとたんに雷の音がした。雷鳴が二度ほど。そして「非常に激しい雨(時間換算50ミリ)というメールが配信され、もうすでに降り始めた。川崎市域から時間雨量80ミリの雨の区域が南下してきている。雨の区域は狭いが、激しい雨のようだ。埼玉県所沢市から東京都立川市にかけても強い雨の区域が南下してきている。私の住む地域も激しい雨に見舞われそうである。雷も怖いので、パソコンの電源を落とすことにした。【⇒http://raineye.city.yokohama.lg.jp/pweb/
カラスが不安げな声で鳴き始めた。
 

フリーメールの淘汰

2018年08月03日 13時35分33秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 エキサイト・メールがサービス終了の通知を送ってきている。私はそれなりに使っていた。現在は某新聞のメールニュースの配信などを受信するのに主に使っている程度だが、使いやすく、さらに転送サービスもあり重宝していた。
 動きが軽いので、サイズの小さいメールなどには便利である。スマホの写真などを自分のパソコンに送信するのには適さなくなったが、それでもときどきは、メモなどを自分のパソコンに送信するときには使っていた。

 フリーメールも淘汰が進んでいるようである。セキュリティの対策で費用がかかるのが一因であると聞いたことがある。
 今でもいくつかのフリーメールを使っている。以前は、複数の友人関係、講座の申し込み用、ニュースの配信用等使い分けていた。サービスが終了してしまったり、面倒になって統一したり、ひとつのフリーメールで複数のサブアドレスが利用できるものなどに変更したりしてきた。それでも、ニュースの配信や出版案内などでいくつかはそのまま今でも利用している。

 あまり淘汰が進み、寡占体制になってしまうのもあまり好ましいものではないと思う。

未明にも蝉の大音響

2018年08月03日 09時04分37秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 まだ暗い未明にも、もう一度ミンミンゼミが階段室に飛び込んできて、我が家の扉の前で大きく鳴き始めた。二声、三声という表現が正しいのかわからないが、ひとしきり鳴いてまたいなくなった。その間、鉄の扉に体をぶつける音が3度ほど。あの音の大きさからすると人間ならばかなり痛く、骨の数本は掘れていたり、気を失っていたのではないか。
 同じセミなのか、別の蝉なのかもわからない。もともと音が響く階段室であるが、あの大きな声は尋常ではない。しかも方向感覚が機能せず、重力も感知できず、やはり死と隣り合わせの様相であった。生きている証しとして全身でもがいているような具合に驚嘆した。

 本日は10時から団地のなかで、横浜市と立会。その後所用があり、横浜駅まで出かけることになっている。
 昨日と同様、35℃のよほうで、熱中症予防情報も出ている。昨日は光化学スモッグ注意報も出ていた。
 暑さに心が折れそうである。


蝉の大音響

2018年08月03日 01時41分53秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 先ほど突然我が玄関先の階段室で突然ミンミンゼミが大音響で鳴き始めた。我が家の扉の上の壁にやって来たようだ。一匹と言いながら、団地中の蝉の声に匹敵する大きな鳴き声であった。

 ひとしきり夜の闇を引き裂くように、そして断末魔のように鳴いた。さらに階段室の蛍光灯の周りを飛び回り、天井や壁に音を立ててぶつかりながら、階段室から飛び去った。地面に落ちたのだろうか、飛び去った後は鳴き声はしなくなった。

 一瞬の大音響のあとの静寂に驚いている。

★臨終に一際高き蝉の声         碓井幸枝
★乾坤のあわいを超えん夜の蝉      福井壮一
★天と地のあはひに充ちて蝉の声     長岡静子
★おいて来し子ほどに遠き蝉のあり    中村汀女
★落蝉の四肢まだ動く動かせよ      三輪閑蛙