Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

いなびかり

2018年08月28日 20時18分06秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 本日は結局は雷雨はなかった。予想が外れてよかった。しかし外に出るのをずっと控えていたのはもったいなかった。

 15時半過ぎに横浜駅までの往復を歩いてみることにした。陽射しはまったくなく、空は厚い雲で覆われていた。行きはちょっとだけだがポツリときた。ひょっとしたら本降りか、と心配したものの雨にあうこともなく横浜駅に到着。特に買い物があるわけではなく、有隣堂と家電量販店、スーパーをブラブラしたのみ。喫茶店ではそれなりに読書タイムをとることができた。
 帰りはとても蒸し暑く、家の近くまで来たところで背中から大量の汗が出てきた。ひょっとしたら熱中症の症状かと心配した。無事家にたどり着きシャワーを浴びたらすっきりとした。しかしお酒は控え目ということで、妻のワインを横取りして75ccほど飲ませてもらった。

 今も雷注意報は継続中。明日は雷雨がかなりひどいらしい。

★雷一閃輸液の管の青白し          庄司たけし
★稲妻のかきまぜて行く闇夜かな       去来
★いなびかり人と逢ひきし四肢てらす     桂信子


 雷鳴(かみなり、らいめい)ならば夏の季語、稲光(いなぴかり)ならば浮きの季語、何か強引なこじつけにも思えるのだが、稲光は稲の穂の出る季節からの連想という。雷(なみなり、らい)では夏の季語。

東京国立博物館「縄文展」 1

2018年08月28日 15時00分18秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 東京国立博物館で「縄文 一万年の美の鼓動」展を見てきた。チラシにある「ニッポンの、美の原点」というキャッチフレーズには違和感もあったが、縄文土器の持つ迫力はつまらないナショナルな思い入れを超えたものがある。国、国境とか、民族とかの政治的な枠組みにとらわれない鑑賞ができるのもまた魅力である。

 今回の展示は、
第1章 暮らしの美
第2章 美のうねり
第3章 美の競演
第4章 縄文美の最たるもの
第5章 祈りの美、祈りの形
第6章 新たに紡がれる美
の6つのコーナーに分かれている。

 第4章がいわゆる国宝6点の展示である。「火焔型土器」「縄文のビーナス」「縄文の女神」「仮面の女神」「合掌土偶」「中空土偶」はいづれもどこかでみたことがある。しかしやはり一堂に並べると突出した迫力を感じてしまう。
 だが、優れているのはこれらだけではない。このことを認識するだけでもこの展示を見た甲斐はあると思う。

 縄文土器というと地域の博物館などでその土地で出土した縄文土器と、そして典型的な火焔型土器などを書物で見て、その造形に不思議な思いを持つ程度である。年代や地域の特徴について概観できる展示というのはあまりない。国立博物館の使命としてこのような展示は必要かと思われる。実は弥生時代の土器をはじめとした器物などについても同じようなことは言える。地域差、時代差、相互影響などについては専門家の範疇に委ねられてしまっている。
 だからこそ「ニッポンの、美の原点」などといわれても私などはピンとこないのだが、ふだん接する機会のない人や、小中学生にとっては「日本の美の原点なんだ」と思ってしまう。
 肝心なのは「日本」という国家的枠組みも、文化的枠組みも、民族的範疇もそれは日本という国家が成立して作られたものである。あるいは時間軸と地域を広く取ったとしてもせいぜい国家にいたる胎動が始まった以降のことであろう。「日本語」の成立と国家の成立はまた別問題でもある。大陸との交流も北方と南方、朝鮮半島経由とオホーツク経由、南島経由と多方面であり、言語も地域ごとの言語が複雑に影響し合っていたのであり、統一はされていないはずだ。
 そんな中で縄文土器に共通の背景や、その時代の人びとの意識や規範、祈りの形、生活の形を知る手がかりが縄文土器に豊かにふくまれている。そしてそれは遂に国家形成に飛躍することなく、弥生文化にとってかわられていく。北海道は続縄文時代へと続くが、オホーツク文化などとの接触で別の発展過程に至る。
 先ほども述べたが、オホーツク沿岸から北海道、本州、四国、九州、琉球弧にいたる広範囲の地域と年代を概観する展示はこれからも機会あるごとに期待をしたいものである。ただし今回の展示では北海道に縄文土器への言及が少なかったのは残念な気がする。

 また縄文時代といわれる時代区分はまだまだ流動的な要素が多いのだが、同時に世界史的な位置付けもまた専門家でないとなかなかわからない。
 今回世界史的な観点からのコーナーは第3章「美の競演」である。縄文時代と同時代の世界各地の土器を中心とした展示である。各文明・各地域数点のみにかぎられた展示なので、これらを持って縄文時代と世界各地の比較検討はとてもできないのだが、試みは是としたいと思う。
 縄文時代が結果として「国家成立」へと向かわず、中期の火焔型土器という異端的な発現の後、その形も素材も用途も装飾も飛躍することなく衰退していく過程は、世界史的な比較の中で論じられることで研究成果も変わるのであろう。そのような期待を込めて評価をしたい。

      

雷注意報は継続中

2018年08月28日 10時25分56秒 | 天気と自然災害
 雷注意報は継続中。午前も午後も雷雨の恐れありとのこと。本日は来週の退職者会の会議の件で組合の会館に出かけるつもりであった。資料の整理だけをとりあえず終えて、様子を見るしかない。雷が激しい時に外に出るのは危険。わざわざ雷に打たれるために出歩くようなことはしたくない。特に私の住むところは丘の上なので、駅までの行き帰りは怖い。

 地下鉄で帰宅すると谷沿いに出入り口がある。ここで激しい雨や雷に出くわすと、喫茶店もないので、往生する。飲み屋も1階か、地下である。無理をすると団地まで約50メートルの肯定さを登ることになる。途中の道も、団地の中も身を隠すところがない。

 安全なのは横浜駅まで戻り、ビルの2~3階で雷雨がおさまるのを待つことなのだが、深夜にはそれも難しい。タクシー乗り場は雷のなっている中でも長蛇の列である。都会も中も意外と避難するところが少ない。