Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

上を向いて歩くと・・

2019年09月19日 23時22分16秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 本日は残念ながら夜のウォーキング中には月は顔を出してくれなかった。東の空の厚い雲が少し明るく見えたが、はたしてそこが月のあった場所なのか、断定はできなかった。

 最近は上を見ながら歩くとフラッとする。40代まではそのようなことはなかったと思うが、特に60代以降は、眩暈に似た症状が出てくる。
 複数の友人にそのことを話したら、全員がそれを肯定した。たぶん私の高血圧やその他の疾患が原因ではないと思われる。三半規管の問題なのか、そこからの情報を受け取る脳の問題なのかはわからないが、こういうところにも「老い」というものが現われるのだろうということで意見が一致した。

 目をつぶって立っているとすぐにふらついたり、まっすぐに歩くことのできる距離が極端に短くなったり、というのも同じ現象なのだろう。また、短い距離で方向転換を重ねる階段も急いで降りると途中で目が回ることもある。踊り場で立ちどまって辺りを確認する行為をつい繰り返してしまう。
 街の中は年寄りに不親切といわれるが、体力だけでなくこのようなバランス感覚の減退にも対処して見直すことも必要なのではなかろうか。

 中高年の山岳事故が報道されるが、体力の低下だけではなく、このようなバランスを確保する能力の減退も、山道から足をすべらす原因なのだろうと思う。


「坂本繁二郎展」 補足

2019年09月19日 20時45分00秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 坂本繁二郎展、取り上げた作品以外に気に入った作品はいくつもある。例えばモランディを思い出させるような「壜など」(1948)や「植木鉢」(1958)・「箱」(1959)など、能面を乗せる平面の赤茶色が特異な「能面」(1950)、うすい紫が印象的な「能面」(1954)、「鋏」(1964)、「達磨」(1964)、背骨の曲線が美しい「牛」(1919-65)、「八女の月」(1969)など数え出したら切りがない。



 今回の展示では「雲仙の春・阿蘇の秋」(1934-57、福岡銀行)という屏風絵をはじめて見ることができた。この屏風絵については大作にもかかわらずどう評していいか今のところわからない。


更待月

2019年09月19日 18時21分02秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 本日は実によく歩き回った。幾人かの仲間と会い、組合の会館に行き、市庁舎にも寄り、書店・家電量販店・ホームセンターも回り、百円ショップも訪れた。途中喫茶店で昼食も含めて3度ほど休憩。
 さすがにくたびれて帰りは横浜駅からバス。それも座るために1本次のバスに乗車した。既に1万7千歩を超えている。

 昨日の夜のウォーキングの帰り道は、更待月を正面に見ながら歩いた。更待月は旧暦八月二十日の月。名月から5日目の月である。昨晩の月の出は20時過ぎ。夜の更けるまで待たないと月が出て来ないという意味らしい。
 それまでの雨があがり、雲が高くなってわずかに雲の切れ目が出来ていた。歩き始めたのが遅く、折り返し点を過ぎたのが23時30分過ぎ。だいぶ高度が高くなっており、月を見るときは立ちどまらないと危なかった。

 いつもより1時間ほど遅いこの時間でも犬の散歩、ジョギング・ウォーキングの人がおり、さらにはスマホ歩きの若い女性もずいぶんいた。酔った歩行者も多い。車の通行は少ないものの、かなりの危険な歩行空間であると感じた。

★姨捨は更待月後苔ぼとけ        古沢太穂