東京五輪はとりあえず延期になったものの、しかし決断があまりに遅い。何度でもいうが、撤退するならばその決断は早ければ早いほど傷は小さくできる。愚図愚図すればするほど、傷は深くなる。優柔不断と無能力・無責任は紙一重である。特に司令塔にいる人の優柔不断は多くの犠牲を出す。
自ら決断して国際世論を動かすことなどとてもできないことがあらわになっている。
ある意味では小池都知事が漏らした「ホッとした」は本音にも聞こえる。新コロナウィルスの状況がいよいよまずい方向になりかけていたために、これ以上オリンピックのために無理を重ねることの厳しさを感じていたのであろう。
しかしタヌキである。新コロナの厳しい状況を発信するのが、「都民ファースト」であるはずなのだが、「オリンピックファースト」でしかなかった。それも「選手ファースト」でもなかった。政治家としてはとても評価できない、と思う。
またこの政権は小池都知事とタッグを組んで非常事態宣言を出せると踏んでいるのか。自らの政治的野望にコロナもオリンピックも利用しつくそうとしている。
再燃した森友疑惑=財務省「汚職」がうやむやになってはならない。安倍も麻生も再調査は拒否、よほどその疑惑を自覚しているのであろう。追求の手を緩めると「その恩を仇で返される」。
魯迅に「水に落ちた犬を打つ」という言葉がある。「『フェアプレイ』は早すぎる」(1925)に出てくる。この犬は愛玩犬ではない。「走狗」「権力にしがみついて保身を図るもの」「権力におもねるもの」の謂いである。また「それらのものを操る権力者」と理解も出来る。
このようなものが大手を振っていることはあまりに情けない。「物言わぬは腹ふくるるわざなり」である。おおいに「物言い」が必要である。