Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「兵は不祥の器」(老子)

2022年10月02日 23時29分17秒 | 読書

 本日「「海の民」の日本神話」と「画聖雪舟の素顔」を読む合間に、「現代語訳老子」(保立道久、ちくま新書)から「老子」の第31章の箇所を読んだ。

 読み下しは「夫れ兵は不祥の器にして、物或(つね)に之悪し。故に有道者は処(お)らず。‥兵は不祥の器にして、君子の器に非(あら)ず。已むを得ずして之を用うれば恬淡なるを上と為し、勝ちても美(うま)しとせず。もし之を美しとする者あらば、是れ人を殺すを楽しむなり。夫れ人を殺すを楽しむ者は、則ち以て志を天下に得べからず。‥人を殺すこと衆(おお)きには、悲哀を以て之に臨み、戦い勝てば、喪礼(そうれい)を以て之に処(お)る。

 次のように訳している。「兵器は不吉な道具であり、その物の気配は常に禍々しい。有道の士はその場にいないようにしたい。‥兵器は不吉なものであって、本来、君子が用いるべきものではない。やむを得ず用いる場合は淡々と薄暗い気持ちで、勝っても上手くいったとも感じない。上手くやったなどという者がいれば、それは殺人を楽しんだということである。殺人を楽しむような者は、世の中で自分の志を得ることはできない。‥敵を多く殺せば悲嘆の気が場に満ち、戦勝はまさに葬礼の場となる。

 「兵は不祥の器にして、君子の器に非ず」(兵者不祥之器、非君子之器)。よく心得ておきたい。

 


本日から「画聖 雪舟の素顔」

2022年10月02日 22時49分19秒 | 読書

   

 本日から読み始めたのは「画聖 雪舟の素顔 天橋立図に隠された謎」(島尾新、朝日新書)。
この本と合わせて美術関係の本を3冊購入したが、もう1冊「名画の生まれるとき 美術の力Ⅱ」(宮下規久朗、光文社新書)も1か月ほど前に購入していた。この4冊は少なくとも年内には読み終えたいものである。
 本日は「画聖 雪舟の素顔」の序章「なみだでねずみ」を読み終わった。明日からは第1章「天橋立図の謎」。


読了「「海の民」の日本神話」 4

2022年10月02日 18時34分39秒 | 読書

   

 「「海の民」の日本神話」(三浦祐之、新潮選書)を読み終えた。
 本日までに読んだのは、第6章「女神がつなぐ 高志と諏訪、そして出雲」、並びに終章「国家に向かう前に」、そして「あとがき」である。

律令国家が成立する以前、ヤポネシアの「表通り」は他の海に面してあった。その段階では裏通りは存在しなかった。ヤマト王権が律令国家となり、地勇往集権的な制作によって陸路を種とした表通りを作ったことで、こひの以前の海路を主としてた表通りは陸封され、裏通りになってしまった。しかも分断されるかたちで。‥古事記では、出雲が敗者の象徴として置かれた。外の地域も当然同じ道をたどり、表ヤポネシアの国々は、山陰道、北陸道という名の、ヤマトの都を起点とした道につながれた。山陰道の諸国と北陸道の諸国は直接行き来することさえできないかたちで分断されてしまった。そうすることで「日本」は生まれた。中央集権国家というのは、縦横無尽にネットワークを張りめぐらす世界ではなく、鵜匠が手にもつ紐に繋がれた鵜さながら、すべてが中心に集約された世界なのである。」(終章)

ヤポネシアの表通りを歩いてみると、筑紫にも出雲や八上にも、但馬・丹後、若狭にも、そして角鹿(敦賀)にも能登にも奴奈川にも、至るところに拠点といえる土地があり、それぞれが独自性を保っている‥。残された文献を追ってくると、それぞれの土地が対等なかたちで向き合っている痕跡を見出すことができた。‥少なくとも律令国家が介在する以前には、陸の未知の痕跡はほとんど存在しないとみていい。隔てられて存在する拠点と拠点は、支配と従属という関係ではなく、並列された関係のなかに置かれるしかなかったのではないか。」(終章)

核DNA研究は今後急速に進展し、日本人の起源に関しても今以上に解明されるのは間違いないが、古事記に見出せる水平的世界観と垂直的世界観の混在構造がよって来たる道筋も明らかになることを期待している。水平的な思考というのは、広々とした水平線に向き合った海の民の生活と切り離せない‥。」(終章)

 予定よりも時間がかかってしまったが、ようやく読み終えた。中央集権以前の列島の有り様は昔から興味があった。また網野義彦を引用したりするところもあり、私の興味と重なり合う。しかも最後に引用した核DNA研究などについても今後の著作に期待したいと感じた。