長野に住んでいたときのことである。
ある夏の暑い日、仕事で南信州の山中を車で走っていた。
長野は、驚くほど山が深く、険しく、その中にもぽつぽつと集落があり、
「よく、こんな山の中に人が住んでいるなあ」
と感心しながら走っていた。
しばらく人家もなく、人にも会わなかったが、やがて川にさしかかると、川原に複数の人影が見えた。
思わぬ所で人に出会ったので、車を止め、木立の影から眺めた。
そこには、二十歳くらいの若い女性が4~5人、全員水着姿で水と戯れていた。
私は一瞬、狐にでも化かされているのではないかと思い、じっと見つめた。
南信州の深い山々に囲まれた清冽な流れ、他に誰一人いないそのほとりで水と戯れる乙女たちのすらりと伸びた肢体は、神々しいまでに美しく、健康的で、私はしばし呆然と眺めていた。
あとになって冷静に考えると、近くの娘さんが夏休みに友達を連れて帰省し、水遊びをしていた、といったことなのかも知れなかった。
だが、そのときの私には、あまりに突然のことで、まるで久米の仙人のような心境であった。
ある夏の暑い日、仕事で南信州の山中を車で走っていた。
長野は、驚くほど山が深く、険しく、その中にもぽつぽつと集落があり、
「よく、こんな山の中に人が住んでいるなあ」
と感心しながら走っていた。
しばらく人家もなく、人にも会わなかったが、やがて川にさしかかると、川原に複数の人影が見えた。
思わぬ所で人に出会ったので、車を止め、木立の影から眺めた。
そこには、二十歳くらいの若い女性が4~5人、全員水着姿で水と戯れていた。
私は一瞬、狐にでも化かされているのではないかと思い、じっと見つめた。
南信州の深い山々に囲まれた清冽な流れ、他に誰一人いないそのほとりで水と戯れる乙女たちのすらりと伸びた肢体は、神々しいまでに美しく、健康的で、私はしばし呆然と眺めていた。
あとになって冷静に考えると、近くの娘さんが夏休みに友達を連れて帰省し、水遊びをしていた、といったことなのかも知れなかった。
だが、そのときの私には、あまりに突然のことで、まるで久米の仙人のような心境であった。