鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

川内川源流を訪ねて(6)平佐焼窯跡と戸田観音

2010-10-04 | 源流を訪ねて
香田樋門を後にして、川内川左岸を上流へ行きます。
県道脇に「平佐焼窯跡」の看板があったので寄ってみました。
県道から400mくらい山側へ行きます。


民家の裏山にある平佐焼窯跡。
二つの窯が並んでいます。
1780年代、本郷家家老・伊地知団右衛門が有田の陶工を呼び寄せ、天草から陶石を運んで磁器の生産を始めました。
日用品から美術品まで生産し、薩摩焼史上最大の規模を誇ったそうです。
昭和16年に廃業となりました。


向かって右の窯。
今でも使えそうです。


県道に戻って、左岸を上流へ行きます。


東郷まで来ました。
これは東郷橋。


東郷橋から下流を望む。


東郷橋から上流を望む。
左が東郷市街地です。


東郷橋の上流左岸に、戸田観音があります。
ここには悲しい歴史があります。

1459年4月、領主の祁答院徳重の娘が、この上流の宮之城で7人の侍女と舟遊びをしていて、藤の花を折ろうとして過って川に落ちました。
7人の侍女は、助けようとしたが見つけることが出来ず、責任を取って入水自殺しました。
そこを八女の瀬といいます。
3日後、姫の遺体は戸田の淵に浮かびました。
これは河童の仕業だとして、観音様を安置し、その足元に河童像を置いて悪さを閉じ込めました。


観音様。


観音様の足元にある河童の像。


境内にある石塔。
鎌倉時代末期から戦国時代の、入来院氏関係の石塔と考えられています。


戸田観音の近くから上流を望む。
樋脇川との合流地点で、右が樋脇川、左が川内川です。
この付近に、姫の遺体が浮いたのでしょう。
コメント (4)
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