さて、前回共感という幻想の危険性について書いたが、長く一緒に生活をした人々の親和性の高さ(※)やスタジアムの雰囲気の影響などと、「君が望む永遠」、「カラマーゾフの兄弟」、「ビギナー」が対照的であると述べ、その違いを敢えて書かずに終了した。今回そこから再開しよう。
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もっとも、長年連れ添った夫婦も離婚するのであり、長く付き合うこと自体が良いとか、それがそのまま共感に繋がるとは言うことはできない( . . . 本文を読む
前回の共感に関する記事で、「君が望む永遠」の色々なレビューを見て共感に対する疑問が顕在化したと書いた。しかし、共感という言葉を意識したのはその七年前、すなわち高校2年の時『追跡者(ストーカー)』という小説を読んでからである(※)。その後書きには「ストーカーの人間の書いた本を理解できた(共感ではない)」と書いてあった(※2)のだが、そうすると「理解」「共感」という言葉は別物であるらしい。では、一体ど . . . 本文を読む