石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

2008年8月9日は昭和55年庚申塔実見の旅

2008年08月10日 | Weblog
 2008年8月9日は宇都宮市等の石仏巡りです。目的は、宇都宮市の昭和五十五年庚申塔で実見されていないものの調査です。午前中に三基を確認できました。それもこれも、事前にありそうな場所を地図上で徹底的に絞り込んでいましたので、訪ねても石造物が何もないという外れ箇所もありましたが以外と簡単に出会うことが出来ました。
 朝から風が強めに吹いていたので、太陽の下では暑かったのですが木陰へ入ると快適な石仏調査が出来ました。お昼は、神社の境内で取ったのですが、余りにも風が気持ちよく30分ほど微睡んでしまい、「やはり、私にはフィールドが向いている」。
 さて、午後は引き続いて隣接する上三川町へ入ることにする。東汗地区の公民館の広間で昼寝をしている人達を起こしてまで、その地区の庚申塔等の所在地を聞いて向かったが、そこは一面の草むらとなっていて完全に碑塔は生い茂る草の中に埋没。探しようもなく退散です。こんどは目的地もなく適当に車を走らせていて、個人墓地内に重制石幢六地蔵の龕を発見。石文は何も分かりませんが、それでも暫くぶりに出会った石幢に嬉しくなりました。その後、せっかく上三川町にいるのだからと未訪問だった上郷地区の愛宕山神社へ行く。ここには嬉しいことに元文五年庚申塔が3基あり、加えて真新しい舟形光背石の青面金剛像が祀ってあった。余りにも新しいので、昭和五十五年庚申塔ではないことは確かだが、最近の造塔で青面金剛像容塔は珍しく興味津々。しかし、紀年銘がどこにもなく、少しばかり焦りましたが、土の中に埋もれた台座裏面を掘り返したところ、そこにしっかりと平成8年の造塔であることが記されていました。そんな時、急に空が曇って雨が降り出す。それでもなくても薄暗い神社境内の鬱蒼と繁った森の中。まるで陽が落ちたような暗さとなる。だがまだ、そこにある庚申塔の銘文は未調査。慌てて写真を撮ってから解読に入るが、その内の2基の銘文は半分ほど読み切れぬまま撤退する羽目になってしまった。
 雷雨とあらば仕方がないと簡単に諦め(暑さで体が少しまいっていたのも事実なので)、少し帰宅するには早い午後3時半に今日の石仏調査を止めて帰宅する。
 次回の石仏巡りは旧盆休み中。はてさて、どこへ行こうかと早くも思案中である。
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