今回は、本来なら初回に記すべきだった内容から始めましょう。それは、拓本を採る前の最初の仕事です。私の場合は、拓本を採ると決めた石造物は、何をさておいても徹底的に水洗いして綺麗にします。大きな石碑などは、バケツに満たした水を碑面全体に何度も掛け、碑面全体を湿らせます。それからがまた大変で、次に石質を確認してから大体は亀の子タワシの一番大きな物で、碑面にこびりついているノロを拭き取りします。と、一言で言ってしまいますが、石碑が背の丈を超える3メートル以上にもなると、最後のころは全身びしょぬれです(笑)。勿論これも一通り碑面全体を吹き終わったら、またしてもバケツで何杯も水をかけて表面のノロがなくなるまでタワシでゴシゴシと磨き上げます。要は、その石碑を建立した当時の状態に近い石面状態にします。問題はまだまだあり、年代ものですと亀の子タワシでは何としても落ちない厄介な石苔への対応です。無理に取り除こうとすると、剥離が進んでいるものは剥がれ落ちてしまいますし、江戸後期から明治にかけて、特に石工の廣羣鶴が愛用して日本全国に普及させた根府川石は注意が必要です。既に石質として耐用年数がきてしまい酷い状態の石碑が多いからです。いずれにせよ、その除去方法には悩まされますが、石碑そのものを痛めてしまうような状態の場合はもう諦めるしかありません。インターネット等では、そうした石碑の拓本の採り方はまずもって紹介していませんし、そんな石碑の拓本画像もまず目にすることはありません。だからというわけではありませんが、わたしもそれに見習って、自分なりに行っている石苔除去の方法は示さないことにしましょう。その方法を紹介して、大切な石碑が無神経な人々によって痛められるのを恐れてです。
それに比して、自然石などの今回の庚申塔のような石仏関係は気が楽なものです。特に河原石などは、亀の子タワシでほとんどの場合は綺麗に水洗いできるからです。いずれにせよ、拓本を採る碑面に泥気の水分が含まれなくなるまで磨き上げれば良いわけですから。この場合の石苔等も、かなりシツコイ石苔もブラシ等を併用すれば綺麗に取れるわけです。極端な話し、便器の汚れを落として新品状態にすれば良いわけですから(例が悪い!笑)。ここへ2回続けて掲載した拓本採り前のカラー写真も、最初の調査時に撮影した写真なのでかなり汚れている写真ですが(手拓作業に入ると途中で写真を撮る気がなくなる)、そうやって磨き上げてから手拓しています。
さて今回は、普通の方なら絶対に拓本など採ろうと思わない、四角柱が横に二つに割れている庚申塔です。最初に目にしたときは、半欠けの上部一つだけがあっただけでした。もう片方は、必ずこの周辺にあるはずだと探してみると、何と殆どが土中に埋まっている状態で見つかりました。それを抱えてきて、まず土台となる下部を少し掘ってぐらつかないように設置してから、上部を渾身の力を込めて転がしてきて、何とか上部に乗せた状態の写真を掲載しました。この時点では、まだ拓本を採るための水洗いはしていません。そしていよいよ拓本を採ろうとし、初めて三面に文字が刻まれているのでその3面を水洗いしました。これって、意外と時間がかかり、「私は一体、何をしに今日は来たのだろう」と、苦笑するばかりです。そして手拓するために、折角努力して組み立てた姿を、元のようにばらばらに横倒しにして最初に上部を採り、次に下部を位置合わせしながら手拓しました、それを三度繰り返すわけですから、この庚申塔一基の拓本を採るだけで水洗いから完成までには3時間ほど掛かりました。(今回の写真は水洗いした後なので、綺麗でしょう!)そして再び、その庚申塔を組み立てることになり、今回も体力勝負でギックリ腰を持病とする私としては、それこそ大汗と泣きべそをかきながらなんとか元の姿に設置し終えたのは、既に昼食時間を過ぎてしました。
今回の拓本をご覧になって、「それほどまでして拓本が必要なのか」と思うでしょうが、それが私の調査、記録の残し方なのです。考えてみてください。この先、50年いや百年が経ったとしても、この庚申塔は今以上の元の姿にはなりえないのです。それどころか、この場所からなくなっている可能性の方が大きいのです。ましてや、この庚申塔を拓本に採ろうという輩が現れるとは到底考えられないのです。だからこそ、今の現状姿を記録として、また拓本として私が残さなければならないと考え、実行しているのが私のヤリ方なのです。「拓本を採る」ということは、本当に悩みが深いのです。今のほとんどの拓本を採る人は、如何に美しい拓本を採るかが第一で、「なんのために拓本を採るのか」という本来の目的思考がどこかで食い違っているのかと苦笑しつつ…。そしてそんな考えだから、毎週毎週当地の庚申塔手拓を重ねていながら一向に進まずにいて、明日の土曜日も朝の7時頃には現地について一基一基の庚申塔の水洗いから始まる拓本採りを、ウグイスだけが美声で励ましてくれるのを糧に山の中で嬉々として行っていることでしょう。いわゆる、「言必信行必果」の実践を目指して!。別の見方では、「馬鹿らしい!」。また、コロナ禍で街中には行けないからだろうと、冷やかされながら…。
ところで原寸サイズでう。サイズ;高66.0×幅27.0×奥行19.0㎝。