一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『名も無い日』 ……真木よう子、今井美樹、岡崎紗絵、木内みどり……

2021年06月17日 | 映画


本作『名も無い日』は、
2021年6月11日公開(5月28日に東海三県先行公開)の映画であるが、
佐賀(イオンシネマ佐賀)では本作が公開されることの事前の情報はなかった。
さらに、
映画館のHPには、通常、
その週(の金曜日)公開の新作の場合はスケジュール表の上段に組み込まれ、
1日の上映回数も多いのだが、
『名も無い日』は、スケジュール表の中段に組み込まれていて、
上映回数もたった1日1回のみ。
新型コロナウィルスの感染拡大で、次々と新作が公開延期となり、
その穴埋めのために佐賀でも急遽公開されることになったのか、
最初から観客動員を期待されていない作品なのか、
その目立たなさがかえって私の興味を引いた。
調べてみると、
本作の監督であり、カメラマンでもある日比遊一に起きた実話を元に描かれた、
愛知県名古屋市を舞台にした、
永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキ演じる3兄弟の、
数奇な運命を描いた人間ドラマとのこと。


演技力の評価が高い永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキはさておき、(コラコラ)
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
出演女優が最も気になるところであるが、
私の好きな、
真木よう子(第37回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞と最優秀助演女優賞をW受賞)、
今井美樹、(13年ぶりの実写映画出演)
岡崎紗絵、(大好きな映画『mellow』のヒロイン)
木内みどり(2019年11月18日に亡くなっているので、これが本当の遺作になるのか?)
などが名を連ねており、この点では文句なし。
私の尊敬する川本三郎のコメントもあったことから、


〈映画『名も無い日』を見よう!〉
と決断する。
11:55からの1回のみの上映だったので、


私の公休日に映画館へ駆けつけたのだった。



名古屋市熱田区に生まれ育った自由奔放な長男の達也(永瀬正敏)は、
ニューヨークで暮らして25年。
自身の夢を追い、写真家として多忙な毎日を過ごしていた。


ある日突然、次男・章人(オダギリジョー)の訃報に名古屋へ戻る。
自ら破滅へ向かってゆく生活を選んだ弟に、いったい何が起きたのか。


圧倒的な現実にシャッターを切ることができない達也。
三男(金子ノブアキ)も現実を受け取められずにいた。


「何がアッくんをあんな風にしたんだろう?どう考えてもわからん」
「本人もわからんかったかもしれん。ずっとそばに、おったるべきだった」
達也はカメラを手に過去の記憶を探るように名古屋を巡り、
家族や周りの人々の想いを手繰りはじめる……




冒頭からイメージ映像が先行した展開に、ちょっと心配になる。
ぼやけた光の映像、スローモーション、
いかにもカメラマン出身の監督らしい映像の連続と、
唐突な大声や叫び声や音で驚かす演出にも不自然さを感じたし、
時折差し込まれる、かつてのATG映画のような前衛的・芸術的な映像にも、
少なからず辟易した。
一瞬一瞬の映像は素晴らしいのだが、
流れがスムーズではなく、ブツ切れしている感じがして、
見ている側としては居心地が悪かった。
監督の“思い込み”が先走っており、
ぎこちない演出ばかりが目立ち、
〈この映画を「見よう!」と決めた私の判断は、やはり間違っていたのか?〉
……序盤はそう思いながら見ていた。




ところが、このATGっぽい映画を見続けていると、
最近のスタイリッシュでこなれた感じの映画を見続けている所為か、
なんだか(次第に)新鮮に感じてしまった。
あまり演出に慣れていない監督の指示を忠実に演じている俳優たちの演技が、
これまで見てきた彼らの演技とは違っており、
そこにも新鮮さを感じたし、
中盤から終盤にかけては、グイグイと引き込まれるように見ていた。(見させられていた)
そして、鑑賞し終えると、不思議な感動に包まれていた。
〈見て良かった!〉
と思った。


テーマは限りなく重い。
主人公の弟の死。(孤独死)
主人公の同級生の死。(事故死)
死者の家族たちの思い。
死者の友人たちの思い。
死者と関わりがあった人たちの思い。
残された者の戸惑いとやるせなさが、
この映画全体に漂っていて、
“死”が重低音のように鑑賞者の内蔵にまで響いてくる。
後から知ったことだが、
映画に出てくる家は、監督の実家とのことで、
そこで実際に弟さんが亡くなっている。


そこで撮影されていることの重みも加わり、
なんだか死者の魂までもが写し撮られているような気がした。


当然監督は、映画を撮影するだけではなく、何か違うものも感じている。それが現場で痛いほど伝わってくる。普段の撮影のように「はい、カット」で、すぐに現実に戻るということはなかなか出来なかったですね。(「CINEMORE」インタビューより)

こう語るのは、永瀬正敏だ。
永瀬正敏が演じる達也は、日比遊一監督の分身でもあることから、
彼自身も、その“重み”を感じての演技であったらしい。


弟さんを孤独死で亡くされているという、今回の映画になったエピソードについて、映画よりもさらに率直な言葉で、監督から色々と話を聞きました。子どもの頃の話や大人になってからの関係性まで、映画で描かれてないところも含めて、包み隠さず話してもらいましたね。(「CINEMORE」インタビューより)

家族の一人の孤独死は、残された家族に限りない悲しみと後悔を与え、
喪失感、絶望感に陥らせる。
日比遊一監督から話を聞いた永瀬正敏は、
兄弟の過去の関係性までをも躰に染み込ませ、憶え込ませての演技であったろう。
その迫真の演技は、見る者の心を打ち、感動へと誘う。



孤独死する3兄弟の次男・小野章人を演じたオダギリジョー。


セリフは極端に少なく、動きも少なく、
ちょっとした仕草や後ろ姿や目の動きなどで表現しなければならず、
ある意味、達也(永瀬正敏)よりも難役であったかもしれない。
達也と章人が対峙するシーンは、
永瀬正敏とオダギリジョーなればこその名シーンになっており、
映画鑑賞者もその場にいるような緊迫した空気感を味わった。



3兄弟の三男・小野隆史を演じた金子ノブアキ。


映画でもTVドラマでも、ヤクザであったり殺し屋であったり、
危険な香りのする役が多い彼であるが、
本作では3兄弟の中では最も穏やかな性格の三男を演じており、
それがとても新鮮であった。
三男の隆史は、その穏やかな性格である故に、誰よりも深く傷つき、悲しむ。
金子ノブアキは、そんな隆史を、実に繊細に演じており、秀逸であった。



達也(永瀬正敏)のかつての同級生・明美を演じた今井美樹。


13年ぶり、4度目の実写映画出演であったが、
ブランクを感じさせない自然体の演技で、感心させられた。
モデル、歌手、女優など、多方面で活躍する彼女であるが、
女優としては1984年から1992年頃までのTVドラマでの活躍が印象に残っている。
中でも「想い出にかわるまで」(1990年、TBS)は、
当時、勤めていた会社の女性社員が帰宅を急ぐほどの人気だったのでよく憶えている。
トレンディドラマに出まくっていた時代の今井美樹も良かったが、
50代後半になった現在の今井美樹の方が、
私にとってはより魅力的に感じた。
久しぶりに再会した達也(永瀬正敏)と明美(今井美樹)が、
思い出話をしながらアーケード街を歩くシーンは素晴らしく、


アーケード街を出ようとしたときに突然に雨が降り出し、


雨の中に佇む今井美樹が切なかった。



隆史(金子ノブアキ)の妻・小野真希を演じた真木よう子。


エキセントリックな役が多い印象の真木よう子であるが、
実は、普通の女性を、普通に演じているときの彼女の方が、実は、より魅力的なのだ。
本作の小野真希という役も、明るい普通の女性であるが、
普通であるが故に、絶望感に打ちのめされている隆史(金子ノブアキ)を支えることができ、
普通であるが故に、この暗く重い映画の中で“光”となっていて、
彼女を見ているだけでホッとさせられた。
ラスト近くで、
駆け戻ってきて、達也(永瀬正敏)に耳打ちするシーンは本当に可愛かったし、
何を言ったかは想像できたので、この映画を後味の良いものにしていた。



小野家3兄弟の「はとこ」・稲葉奈々を演じた岡崎紗絵。


愛知県名古屋市を舞台とした映画なので、
愛知県名古屋市出身の彼女が選ばれたのだと思っていたら、
純粋にオーデションで選ばれたとのこと。
「名古屋出身だから選んだわけではありません! 迷いなく彼女がいいなと思いました」
と日比遊一監督は語っていたが、
同じ土地で育った者同士、血が呼んだのかもしれない。


名古屋が、仙台、水戸と共に「日本三大ブス」の産地と言われたりして、(コラコラ)
愛知県には美人が少ないように思っている人がいるかもしれないが、
愛知県には
我々世代の永遠のマドンナ・竹下景子を筆頭に、
清野菜名、武井咲、新妻聖子、浅田真央、須田亜香里、松井玲奈、森川葵、平手友梨奈など、
私の好きな女優やタレントやスポーツ選手などが目白押しで、
私の中では美人県として位置し、確立されている。
岡崎紗絵も愛知県が生んだ素晴らしき女優で、
本作では、地元が舞台ということもあってか、
実にのびのびと演じていて良かった。
ラスト近くで、達也(永瀬正敏)と言葉を交わすシーンは殊の外良く、
真木よう子と共に、暗くなりがちなこの映画を明るく印象良くしている。



達也(永瀬正敏)と明美(今井美樹)の、亡き同級生の母を演じた木内みどり。


2019年11月18日に亡くなっており、(享年69歳)
2019年にロケされた本作が、真の意味での遺作なのかもしれない。
木内みどりも愛知県名古屋市出身の女優で、
同じ愛知県名古屋市出身の日比遊一監督の前作『エリカ38』にも出演しているので、
その縁での本作への出演であったのだろう。
本作を誰よりも楽しみにしていたそうで、
「早く見たい!」
と監督に催促していたとも聞く。
本作を見ずに亡くなったようで、それが残念でならない。
過去の級友の事故から時間が止まったままの明美(今井美樹)と、
級友の母(木内みどり)が墓地で会話するシーンは素晴らしく、


本作を秀作に導く名シーンであったと思う。



本作のHPに、「愛知県名古屋市発信の映画」と書いてあり、
ロケ地マップも作成されているようだが、


名所旧跡を紹介するような“ご当地映画”という感じはまったくなくて、
日比遊一監督が自身の体験を映画にするに当たって、
必然の結果として愛知県名古屋市を舞台にしたのであって、
土地に合わせて物語を構築したのではなく、
物語がその土地を必要とし、
土地の磁場と言霊が物語をより際立たせているように感じた。
暗く、重く、武骨で、地味な映画ではあるが、
深く人生を考えさせてくれる良質の作品であった。

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