一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『殿、利息でござる!』 ……日本人の誰もが見ておかなければならない秀作……

2016年05月18日 | 映画
結論から先に言ってしまおう。
「日本人の誰もが見ておかなければならない秀作です」
「いますぐ映画館へ」

これでレビューを終えることができれば、
こんなに楽なことはないのだが、(笑)
そうもいかないので、
何故そうなのか……を、以下に書いていきたい。

まずは、予告編を見てもらいたい。


映画『殿、利息でござる!』を実際に見るまでの、
私の本作へのイメージは、
この予告編の由るところが大きかった。
●阿部サダヲ主演。
●ビンボー庶民が、殿さまにお金を貸し付ける話。
●銭戦(ゼニバトル)。
●爆笑が連続するコメディ。
●ソチオリンピック金メダリストの羽生結弦が友情出演している。
●実は、実話。
とまあ、こんな感じ。


ところが……である。
これが、まったく違うのである。
あの予告編を見て、
軽い感じの痛快エンターテインメント作品をイメージして映画館へ出掛けたのだが、
完全に裏切られたのである。(笑)
期待外れということではない。
見事に騙されたのだ。
たしかに、ユーモアあふれる作品ではある。
コミカルなシーンもある。
だが、
見る者の目には、じんわりと涙がにじみ出てくるのである。
感動で、心が震えるのである。
〈こんなはずではなかった……〉
と、思うのである。
〈中村義洋監督にしてやられた〉
と、(いい意味で)裏切られたことに快感をおぼえるのである。

江戸中期、
財政難のため民衆に重税を課す仙台藩では、破産や夜逃げが相次いでいた。
寂れ果てた宿場町の吉岡宿でも年貢の取り立てや労役で人々が困窮し、
造り酒屋を営む穀田屋十三郎(阿部サダヲ)は、町の行く末を案じていた。
そんなある日、
十三郎は、町一番の知恵者である茶師・菅原屋篤平治(瑛太)から、
「藩に大金を貸し付けて利息を巻き上げる」
という、宿場復興のための秘策を打ち明けられる。


計画が明るみになれば打ち首は免れないという企てであったが、
十三郎と篤平治は、
町内の比較的裕福な商人を一軒一軒訪ねて出資を募る。
門前払いを受けることもしばしばであったが、
居酒屋を営む、とき(竹内結子)の応援などもあり、
一人、また一人と同志は増えていった。


そして、
穀田屋十三郎(阿部サダヲ)、
菅原屋篤平治(瑛太)、
浅野屋甚内(妻夫木聡)
遠藤幾右衛門(寺脇康文)
千坂仲内(千葉雄大)
穀田屋十兵衛(きたろう)
早坂屋新四郎(橋本一郎)
穀田屋善八(中本賢)
遠藤寿内(西村雅彦)
の九人は、
町を守るために私財を投げ打ち、
前代未聞の金貸し事業を成功させるべく、
計画を推し進めるのであった……



このようにストーリーを紹介したが、
この表面的なあらすじの裏には、
隠された物語がある。
それは、予告編でも知ることはできないし、
映画を見てもらうしかないのだが、
その秘話には本当に感動させられる。

現代よりももっと貧しく、悲惨だった時代に、
〈こんな日本人が本当にいたんだ~〉
という驚きは、ちょっと衝撃的でさえあった。

だが、ひねくれ者の私は、
ストーリーに感動し、
登場人物たちの考え方や生き方にも共感したにもかかわらず、
〈こんな「うまい話」が本当にあったのか?〉
とも思ってしまった。
多少の「出来過ぎ」感も否めなかったからだ。
そこで、
実話ということなので、
原作本『無私の日本人』(磯田道史/文春文庫)を読んでみることにした。


「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」の3編が収められた360頁ほどの本で、
原作となった「穀田屋十三郎」は、その半分を占める180頁ほどの中編であった。

著者の磯田道史は、“あとがき”でこう記している。

……ある日、わたしのもとに一通の手紙が舞い込んだ。差出人は三橋正穎となっていたが、心あたりはなかった。こんなことが書いてあった。
「自分は、東北は仙台の近く『吉岡』というところに住んでいる者である。先生の『武士の家計簿』を読み映画もみた。実は、自分の住む吉岡には、こんな話が伝わっている。昔、吉岡は貧しい町であった。藩の助けもない。民家が潰れはじめた。このままでは滅ぶと絶望した住人が自ら動き、金を藩に貸し付けて千両の福祉基金をつくり、基金の利子を、全住民に配る仕組みを考えついた。九人の篤志家が身売り覚悟で千両をこしらえ、藩と交渉した。藩はあれこれいって金を多めに吸い取ろうとしたが、なんとか基金はできた。この九人の篤志家は見上げた人たちで、基金ができた後、藩からの褒美の金をもらっても、それさえ住民にすべて配ってしまった。おかげで町は江戸時代を通じて人口も減らず、今に至っている。涙なくしては語れない話である。吉田勝吉という人がこの話を調べて『国恩記覚』という資料集にまとめている。磯田先生に頼みたい。どうかこの話を本に書いて、後世につたえてくれないか」
その文面は、ほんとうに実のこもったもので、わたしは心を打たれた。三橋さんのいう吉岡の九人のことを調べずにはいられなくなり、あちこち走り回って資料をあつめた。調べてみると驚いたことに、この九人は武士が百姓から米を獲うだけの世の中に疑問を抱き、逆に、百姓が武士から金を取るあべこべの仕組みを作ろうとしていた。この九人については吉田勝吉氏の調査のほか、詳細な古文書の記録が残されていることもわかった。やがて忘れ去られるであろう九人のことを書き記さねばと思った一人の僧侶がこつこつと書きためた記録であった。読んで、泣いた。古文書を読みながら涙が出てくることなど、これまでなかったが、とめどもなかった。それから、というもの、わたしは憑かれたように、この九人の話を書きはじめた。


『国恩記』(仙台叢書第11巻所収)、宝文堂出版販売、1972年
『大和町史』穴沢吉太郎編、大和町、1977年
『国恩記覚』吉田勝吉編著、2001年
などを主要参考文献として、「穀田屋十三郎」を書き上げたとのこと。

原作本を読んで、
やはり、実話であることを実感させられた。
映画と同じくらい、いやそれ以上に感動した。
たとえば、この記述。

その日から、十三郎は覚悟を決めた。まず風呂に入らないことにした。吉岡宿には銭湯があり、暑い日には、そこで汗を流すのを楽しみにしていたが、これをやめ、毎日、水垢離をとることにしたのである。菅原屋も、おなじように、そうしてくれたことがうれしかった。
『国恩記』にはこう記されている。
――かねて、入り馴れていた洗湯へは入らず。朝暮、行水をいたし、その間には、飲食を絶ち、祈願。



銭湯代を切りつめ、断食までして小銭を貯めるのである。
その他にも、(ネタバレになるので)書けないことが山ほどあり、
映画に感動した方は、
原作本もぜひ読んでもらいたいと思った。

映画の方は、原作そのままではないが、
基本的なものは違っていなかった。
ただ、居酒屋を営む、とき(竹内結子)は、原作本にはなく、
映画のみの登場人物であった。
男ばかりの原作本は、やや重苦しい面もあり、
映画では、マドンナ的な役割の女性・ときを登場させたのだと思うが、
これは大成功だったと思う。
ときを演じた竹内結子の好演もあり、
彼女が登場するだけで、なんだか「ほっ」とさせられた。


菅原屋篤平治(瑛太)の妻・なつ(山本舞香)も、
原作本ではほんの少ししか記述がないが、
映画では比較的重要な役柄に設定してあり、
この山本舞香の美しさ、無邪気さも、
作品に明るさを添えていた。


男性俳優陣では、
穀田屋十三郎を演じた阿部サダヲ、


菅原屋篤平治を演じた瑛太ももちろん良かったが、


さらに良かったのは、
浅野屋甚内を演じた妻夫木聡。


いろんな役を演じられる巧い男優であるが、
この映画における“静かなる演技”は、特筆ものであった。
妻夫木聡ファンの方には、ぜひ見てもらいたい。


千坂仲内を演じた千葉雄大も良かった。
いま注目の若手俳優だが、
“大肝煎”という、町をまとめる重要な役であったが、
様々なことに悩みながらも、
爽やかに颯爽と行動する若者を上手く演じていた。


この他では、
脇役ではあったが、
代官・橋本権右衛門を演じた堀部圭亮が印象に残った。


というか、
堀部圭亮が演ずるところの橋本権右衛門が印象に残ったと言い直すべきか。
橋本権右衛門は、藩に金を貸し付ける際の窓口になる男であるが、
藩ではもっとも立場が弱い代官である。
一度却下された申請をくつがえすために、彼は仙台まで行くのである。
そして、仙台藩の財務の実験を握る出入司・萱場杢(松田龍平)に直談判するのである。
蛮勇としか言いようのない(ありえない)行為なのだが、
この彼の行為なくして、穀田屋十三郎たちの企みの成功はありえなかったのだ。
原作本の著者・磯田道史は、こう記している。

このような代官がいたことは、ほとんど奇跡に近い。この男は、古めかしい六十二万石の大藩をつかまえて、これをひきずり、近代の福祉国家のごとき、ふるまいをさせようとした。

この男が、これほどまでに吉岡の民に同情をよせたかは、わからない。無名に死んだこの代官について、今日、何ほどの記録も残っていない。


友情出演の羽生結弦の演技も悪くなかったし、


萱場杢役の松田龍平の演技も素晴らしかった。(最近ますます松田優作に似てきたね)


このような“無私の日本人”がいたことを、
ぜひ知ってもらいたい。
それは、きっと、
あなたの希望となり、
明るい未来へとつながっていくと思うからだ。
映画館へ、ぜひぜひ。


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