昨日(2016年5月21日)の夜、
映画『海街diary』のTVでの放映(地上波初)があり、
映画館で見て(2015年6月13日の公開初日に鑑賞)以来、
久しぶり(約一年ぶり)に見て、
今さらながら、
〈傑作だな〉
と思った。
そして、
是枝裕和監督作品の質の高さを、あらためて再確認した(させられた)。
明けて、翌日の今日、
昨日(2016年5月21日)より公開されている是枝裕和監督作品
『海よりもまだ深く』を見に行った。
是枝裕和監督の、これまでの、
『誰も知らない』(2004年)
『歩いても 歩いても』(2008年)
『奇跡』(2011年)
『そして父になる』(2013年)
『海街diary』(2015年)
など、“家族”を題材とした作品群に連なる一作で、
楽しみにしていた作品なのだ。
団地に一人住まいの母・淑子(樹木希林)。
苦労させられた夫を突然の病で亡くしてからは、気楽な独り暮らしを送っている。
長男の良多(阿部寛)は、
15年前に文学賞を一度とったきりの売れない作家で、
「小説のための取材」と称して興信所で働いている。
そんな良多に愛想を尽かして離婚した元嫁、響子(真木よう子)。
11歳の息子・真悟(吉澤太陽)の養育費も満足に払えないくせに、
未練たらたらの良多は、
興信所の探偵技で響子を“張り込み”し、
彼女に新しい恋人(小澤征悦)ができたことに一人ショックを受けている。
そんなある日、
たまたま母・淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、
台風のため翌朝まで帰れなくなり、
一つ屋根の下で一晩を過ごすことに。
こうして、
偶然取り戻した、夜が明けるまでの束の間の“家族”が始まるが……
樹木希林と阿部寛が、母と子を演じるのは、
『歩いても 歩いても』(2008年)以来、2作目で、
この『歩いても 歩いても』と、
今回紹介する『海よりもまだ深く』は、
構図がとてもよく似ている。
是枝裕和監督も「続編ではないが、姉妹編のようなもの」とどこかで語っていたが、
『歩いても 歩いても』を見たことのある人は、
特別な感慨を抱くに違いない。
『歩いても 歩いても』は、
家族の何でもない会話や日常を、絶妙な間合いで表現した傑作で、
是枝裕和監督作品では、
『海街diary』と同じくらい私の好きな作品である。
『海よりもまだ深く』を語る上でも欠かせない作品であるので、
『歩いても 歩いても』のあらすじも簡単に紹介しておく。
夏のある日、
横山良多(阿部寛)は妻のゆかり(夏川結衣)と、
息子のあつし(田中祥平)とともに、
実家に帰省した。
この日は、15年前に他界した兄の命日。
姉のちなみ(YOU)一家も帰省して、
家族みんなで食卓を囲む。
しかし、失業していることを口に出せない良多にとって、
両親(原田芳雄、樹木希林)との再会は苦痛でしかなかった。
そして、両親が未だ良多の兄の死を引きずっていることに、
次第に気づまりを感じていく……
樹木希林と阿部寛が、
母と子を演じるという共通点だけでなく、
阿部寛の名は、どちらも“良多”であり、
だらしないダメ息子であることも共通点である。
そして
良多が、妻(元妻)と息子を伴って、実家に行き、
一夜を過ごすというストーリーも同じ。
『歩いても 歩いても』というタイトルは、
いしだあゆみが歌った歌謡曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」の中の一節からきているし、
一方、『海よりもまだ深く』というタイトルは、
テレサ・テンが歌った「別れの予感」という曲の歌詞から採られている。
どちらの曲も、それぞれの映画の中の重要な場面で流れるというのも共通している。
違うのは、
『歩いても 歩いても』の方は、良多の父親が医師であったため、
実家が医院で、比較的大きな家だったということもあり、
小津(安二郎)調な映画になっているのに対し、
『海よりもまだ深く』の方は良多の母親が住んでいるのは昔ながらの団地で、
あまり裕福な感じがせず、
こちらは小津調ではなく、
成瀬(巳喜男)調な作品となっていることだ。
このように、
『海よりもまだ深く』は、『歩いても 歩いても』と対になっているような作品なので、
『歩いても 歩いても』をまだ見たことのない方は、
レンタルDVDなどでぜひ鑑賞して頂きたい。
『海よりもまだ深く』が、より“深く”楽しめると思うので……
さて、ここまでは、
『歩いても 歩いても』との比較を書いてきたので、
ここからが本題。
『海よりもまだ深く』について語ろうと思う。
是枝裕和監督が、『海よりもまだ深く』の脚本を書きはじめた時、
最初に書いた言葉は、
「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」
だったとのこと。
舞台は、母親の住む団地。
昔はたくさんあった団地も、
今は、取り壊されたり、違う建物に建て替わったりして、
次第に姿を消しつつある。
いつかは団地を出て、一戸建てへと夢見たが、
「こんなはずじゃなかった」と、
今も団地に暮らす人々も多いことと思う。
そうした団地のありようと、
いつまでも大人になりきれず、
これまた「こんなはずじゃなかった」と思っている主人公の姿が重なり、
大きな屋敷が舞台だった『歩いても 歩いても』や『海街diary』とは違い、
一種独特の雰囲気を醸し出している。
小津調ではなく、成瀬調という言う所以である。
良多も、
良多の母・淑子も、
良多の元嫁、響子も、
それほど裕福ではなく、
己の人生に対し、
「こんなはずじゃなかった」
と思っているフシがある。
映画『海よりもまだ深く』は、
なにかドラマチックなことが起きるわけでもなく、
日常生活が淡々と描かれ、
日常会話も何気なく交わされる。
時には、クスッと笑わされたりもする。
そんなありふれた日常会話の中に、
「誰かの過去になる勇気を持つのが、大人の男ってもんだよ」
「幸せって、何かを諦めないと手にできないものなんだ」
「花も実もつかないんだけど、なにかの役には立っている」
「愛だけじゃ生きていけないのよ、大人は」
「海よりも深く人を好きになったことなんてないから生きていける」
「男はなぜ今を愛せないの?」
「ちゃんと私の死を傍で見ておくんだよ」
というような、
名言とも呼ぶべき言葉が差し込まれる。
それが、見る者の心に沁みてくる。
あまりにも自然体の演技、
あまりにも自然な言葉、
あまりにも自然な日常風景に、
刺激的な映画ばかり見ているような人は、
〈はたしてこれが映画なのか……〉
と思わされるかもしれない。
もし、これが、不特定多数が観るTVドラマなら、
視聴率はそれほどよくないだろう。
事実、是枝裕和監督が手掛けたTVドラマ
『ゴーイング マイ ホーム』(2012年10月9日~12月18日)は、
視聴率がそれほどよくなかった。
だが、是枝裕和監督作品の良さが解る人も(世界中に)少なからずいて、
『海よりもまだ深く』もまた多くの鑑賞者を楽しませることであろう。
この映画は、そういう映画なのである。
まずは
良多を演じた阿部寛。
是枝裕和監督とは、
映画の『歩いても 歩いても』、『奇跡』と、
TVドラマ『ゴーイング マイ ホーム』に続く、
四作目のタッグであるが、
(そういえば、『ゴーイング マイ ホーム』の役名も“良多”であった)
大人になりきれない男を実に巧く演じていた。
『歩いても 歩いても』の良多は、
失業中なのに、親には虚勢を張るダメ男であったが、
『海よりもまだ深く』の良多は、それに輪をかけて、(笑)
夢を追って現実が見えず、
妻からは愛想を尽かされ(離婚され)、
母親の隠しているお金を盗んだり、
姉に借金を申し込んだり、
その金でギャンブルにはしり、
養育費も満足に払えず、
それでいて、元妻には未練たらたらで、
息子には良いところを見せようと、これまた虚勢を張る男なのである。
こんな情けない男を、
見ているこちらも呆れるくらいの演技で、
時にはコミカルさも交えて楽しませてくれた。
良多の母・淑子を演じた樹木希林。
是枝裕和監督作品には、
『歩いても 歩いても』、『奇跡』、『そして父になる』、『海街diary』に続く出演であるが、
もはや常連と言ってよく、
是枝裕和監督作品には欠かせない女優である。
その演技は、もう、言わずもがなで、
文句のつけようがない。
是枝裕和監督作品に限らず、
ここ数年の充実ぶりは目を瞠るものがある。
本作の(良多の母・淑子役の)樹木希林を見ていたら、
私は、私の亡き母を思い出してしまった。
もう何度も樹木希林は見ているのに、
こんな思いは初めての経験であった。
それほどのリアルさで老いた母親を演じていたのだ。
スゴイの一言。
良多と離婚した元嫁、響子を演じた真木よう子。
大好きな女優なので、
スクリーンでまた逢えて嬉しかった。
『歩いても 歩いても』での良多(阿部寛)の妻・ゆかりを演じた夏川結衣も良かったが、
『海よりもまだ深く』の真木よう子も素晴らしかった。
是枝裕和監督は、
「『そして父になる』を撮影して、もっと真木さんを撮ってみたいという気持ちが残ったんです」
と語っていたが、
本作で見せた好演技で、
これからも是枝裕和監督作品に多く出演することが予想される。
良多の姉・中島千奈津を演じた小林聡美。
是枝裕和監督作品は初参加ながら、
昔から参加しているような安定感、安心感があった。
是枝裕和監督が、
「こちらが言葉にしなくても、いろいろなものを感じとってくれる人」
と語っていたが、
監督の期待以上の演技をしていたのではないだろうか……
良多の部下・町田健斗を演じた池松壮亮。
彼も、是枝裕和監督作品初参加であるが、
「あの役は、池松君になってふくらんだんです。この話は基本的にホームドラマなんだけど、阿部さんと池松君の二人の時間は、そこはそこでひとつの親子になっている。疑似親子があそこにできているんです」
と是枝裕和監督が語るように、
演技力のある池松壮亮の配役が決まり、
セリフも出演シーンも増えたようだ。
阿部寛とのセリフのやりとりが素晴らしく、
彼も、これから、是枝裕和監督作品への出演が増えていくことだろう。
良多が調査した対象者であり、その後、依頼者にもなる客を演じた松岡依都美。
出演シーンは少ないし、
映画の公式ホームページのキャスト欄にも名がないが、
本作でも、素晴らしい演技で私を魅了してくれた。
彼女の出演作では、
『凶悪』(2013年)が強く印象に残っているが、
官能的なしぐさや、やさぐれ感が、秀逸であった。
この他、
興信所所長・山辺康一郎を演じたリリー・フランキー、
良多の姉・中島千奈津(小林聡美)の夫を演じた高橋和也、
質屋の主人を演じたミッキー・カーチスなどが、
確かな演技で作品をしっかり支えていた。
台風が去った翌朝、
ふりそそぐ優しい光に、
すべてが輝いて見える瞬間がある。
そんなことに、ふと気づかされる“歓び”というものもある。
映画『海街diary』を見て感動したあなたなら、
本作『海よりもまだ深く』もきっと楽しめるハズ。
映画館へ、ぜひ。
映画『海街diary』のTVでの放映(地上波初)があり、
映画館で見て(2015年6月13日の公開初日に鑑賞)以来、
久しぶり(約一年ぶり)に見て、
今さらながら、
〈傑作だな〉
と思った。
そして、
是枝裕和監督作品の質の高さを、あらためて再確認した(させられた)。
明けて、翌日の今日、
昨日(2016年5月21日)より公開されている是枝裕和監督作品
『海よりもまだ深く』を見に行った。
是枝裕和監督の、これまでの、
『誰も知らない』(2004年)
『歩いても 歩いても』(2008年)
『奇跡』(2011年)
『そして父になる』(2013年)
『海街diary』(2015年)
など、“家族”を題材とした作品群に連なる一作で、
楽しみにしていた作品なのだ。
団地に一人住まいの母・淑子(樹木希林)。
苦労させられた夫を突然の病で亡くしてからは、気楽な独り暮らしを送っている。
長男の良多(阿部寛)は、
15年前に文学賞を一度とったきりの売れない作家で、
「小説のための取材」と称して興信所で働いている。
そんな良多に愛想を尽かして離婚した元嫁、響子(真木よう子)。
11歳の息子・真悟(吉澤太陽)の養育費も満足に払えないくせに、
未練たらたらの良多は、
興信所の探偵技で響子を“張り込み”し、
彼女に新しい恋人(小澤征悦)ができたことに一人ショックを受けている。
そんなある日、
たまたま母・淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、
台風のため翌朝まで帰れなくなり、
一つ屋根の下で一晩を過ごすことに。
こうして、
偶然取り戻した、夜が明けるまでの束の間の“家族”が始まるが……
樹木希林と阿部寛が、母と子を演じるのは、
『歩いても 歩いても』(2008年)以来、2作目で、
この『歩いても 歩いても』と、
今回紹介する『海よりもまだ深く』は、
構図がとてもよく似ている。
是枝裕和監督も「続編ではないが、姉妹編のようなもの」とどこかで語っていたが、
『歩いても 歩いても』を見たことのある人は、
特別な感慨を抱くに違いない。
『歩いても 歩いても』は、
家族の何でもない会話や日常を、絶妙な間合いで表現した傑作で、
是枝裕和監督作品では、
『海街diary』と同じくらい私の好きな作品である。
『海よりもまだ深く』を語る上でも欠かせない作品であるので、
『歩いても 歩いても』のあらすじも簡単に紹介しておく。
夏のある日、
横山良多(阿部寛)は妻のゆかり(夏川結衣)と、
息子のあつし(田中祥平)とともに、
実家に帰省した。
この日は、15年前に他界した兄の命日。
姉のちなみ(YOU)一家も帰省して、
家族みんなで食卓を囲む。
しかし、失業していることを口に出せない良多にとって、
両親(原田芳雄、樹木希林)との再会は苦痛でしかなかった。
そして、両親が未だ良多の兄の死を引きずっていることに、
次第に気づまりを感じていく……
樹木希林と阿部寛が、
母と子を演じるという共通点だけでなく、
阿部寛の名は、どちらも“良多”であり、
だらしないダメ息子であることも共通点である。
そして
良多が、妻(元妻)と息子を伴って、実家に行き、
一夜を過ごすというストーリーも同じ。
『歩いても 歩いても』というタイトルは、
いしだあゆみが歌った歌謡曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」の中の一節からきているし、
一方、『海よりもまだ深く』というタイトルは、
テレサ・テンが歌った「別れの予感」という曲の歌詞から採られている。
どちらの曲も、それぞれの映画の中の重要な場面で流れるというのも共通している。
違うのは、
『歩いても 歩いても』の方は、良多の父親が医師であったため、
実家が医院で、比較的大きな家だったということもあり、
小津(安二郎)調な映画になっているのに対し、
『海よりもまだ深く』の方は良多の母親が住んでいるのは昔ながらの団地で、
あまり裕福な感じがせず、
こちらは小津調ではなく、
成瀬(巳喜男)調な作品となっていることだ。
このように、
『海よりもまだ深く』は、『歩いても 歩いても』と対になっているような作品なので、
『歩いても 歩いても』をまだ見たことのない方は、
レンタルDVDなどでぜひ鑑賞して頂きたい。
『海よりもまだ深く』が、より“深く”楽しめると思うので……
さて、ここまでは、
『歩いても 歩いても』との比較を書いてきたので、
ここからが本題。
『海よりもまだ深く』について語ろうと思う。
是枝裕和監督が、『海よりもまだ深く』の脚本を書きはじめた時、
最初に書いた言葉は、
「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」
だったとのこと。
舞台は、母親の住む団地。
昔はたくさんあった団地も、
今は、取り壊されたり、違う建物に建て替わったりして、
次第に姿を消しつつある。
いつかは団地を出て、一戸建てへと夢見たが、
「こんなはずじゃなかった」と、
今も団地に暮らす人々も多いことと思う。
そうした団地のありようと、
いつまでも大人になりきれず、
これまた「こんなはずじゃなかった」と思っている主人公の姿が重なり、
大きな屋敷が舞台だった『歩いても 歩いても』や『海街diary』とは違い、
一種独特の雰囲気を醸し出している。
小津調ではなく、成瀬調という言う所以である。
良多も、
良多の母・淑子も、
良多の元嫁、響子も、
それほど裕福ではなく、
己の人生に対し、
「こんなはずじゃなかった」
と思っているフシがある。
映画『海よりもまだ深く』は、
なにかドラマチックなことが起きるわけでもなく、
日常生活が淡々と描かれ、
日常会話も何気なく交わされる。
時には、クスッと笑わされたりもする。
そんなありふれた日常会話の中に、
「誰かの過去になる勇気を持つのが、大人の男ってもんだよ」
「幸せって、何かを諦めないと手にできないものなんだ」
「花も実もつかないんだけど、なにかの役には立っている」
「愛だけじゃ生きていけないのよ、大人は」
「海よりも深く人を好きになったことなんてないから生きていける」
「男はなぜ今を愛せないの?」
「ちゃんと私の死を傍で見ておくんだよ」
というような、
名言とも呼ぶべき言葉が差し込まれる。
それが、見る者の心に沁みてくる。
あまりにも自然体の演技、
あまりにも自然な言葉、
あまりにも自然な日常風景に、
刺激的な映画ばかり見ているような人は、
〈はたしてこれが映画なのか……〉
と思わされるかもしれない。
もし、これが、不特定多数が観るTVドラマなら、
視聴率はそれほどよくないだろう。
事実、是枝裕和監督が手掛けたTVドラマ
『ゴーイング マイ ホーム』(2012年10月9日~12月18日)は、
視聴率がそれほどよくなかった。
だが、是枝裕和監督作品の良さが解る人も(世界中に)少なからずいて、
『海よりもまだ深く』もまた多くの鑑賞者を楽しませることであろう。
この映画は、そういう映画なのである。
まずは
良多を演じた阿部寛。
是枝裕和監督とは、
映画の『歩いても 歩いても』、『奇跡』と、
TVドラマ『ゴーイング マイ ホーム』に続く、
四作目のタッグであるが、
(そういえば、『ゴーイング マイ ホーム』の役名も“良多”であった)
大人になりきれない男を実に巧く演じていた。
『歩いても 歩いても』の良多は、
失業中なのに、親には虚勢を張るダメ男であったが、
『海よりもまだ深く』の良多は、それに輪をかけて、(笑)
夢を追って現実が見えず、
妻からは愛想を尽かされ(離婚され)、
母親の隠しているお金を盗んだり、
姉に借金を申し込んだり、
その金でギャンブルにはしり、
養育費も満足に払えず、
それでいて、元妻には未練たらたらで、
息子には良いところを見せようと、これまた虚勢を張る男なのである。
こんな情けない男を、
見ているこちらも呆れるくらいの演技で、
時にはコミカルさも交えて楽しませてくれた。
良多の母・淑子を演じた樹木希林。
是枝裕和監督作品には、
『歩いても 歩いても』、『奇跡』、『そして父になる』、『海街diary』に続く出演であるが、
もはや常連と言ってよく、
是枝裕和監督作品には欠かせない女優である。
その演技は、もう、言わずもがなで、
文句のつけようがない。
是枝裕和監督作品に限らず、
ここ数年の充実ぶりは目を瞠るものがある。
本作の(良多の母・淑子役の)樹木希林を見ていたら、
私は、私の亡き母を思い出してしまった。
もう何度も樹木希林は見ているのに、
こんな思いは初めての経験であった。
それほどのリアルさで老いた母親を演じていたのだ。
スゴイの一言。
良多と離婚した元嫁、響子を演じた真木よう子。
大好きな女優なので、
スクリーンでまた逢えて嬉しかった。
『歩いても 歩いても』での良多(阿部寛)の妻・ゆかりを演じた夏川結衣も良かったが、
『海よりもまだ深く』の真木よう子も素晴らしかった。
是枝裕和監督は、
「『そして父になる』を撮影して、もっと真木さんを撮ってみたいという気持ちが残ったんです」
と語っていたが、
本作で見せた好演技で、
これからも是枝裕和監督作品に多く出演することが予想される。
良多の姉・中島千奈津を演じた小林聡美。
是枝裕和監督作品は初参加ながら、
昔から参加しているような安定感、安心感があった。
是枝裕和監督が、
「こちらが言葉にしなくても、いろいろなものを感じとってくれる人」
と語っていたが、
監督の期待以上の演技をしていたのではないだろうか……
良多の部下・町田健斗を演じた池松壮亮。
彼も、是枝裕和監督作品初参加であるが、
「あの役は、池松君になってふくらんだんです。この話は基本的にホームドラマなんだけど、阿部さんと池松君の二人の時間は、そこはそこでひとつの親子になっている。疑似親子があそこにできているんです」
と是枝裕和監督が語るように、
演技力のある池松壮亮の配役が決まり、
セリフも出演シーンも増えたようだ。
阿部寛とのセリフのやりとりが素晴らしく、
彼も、これから、是枝裕和監督作品への出演が増えていくことだろう。
良多が調査した対象者であり、その後、依頼者にもなる客を演じた松岡依都美。
出演シーンは少ないし、
映画の公式ホームページのキャスト欄にも名がないが、
本作でも、素晴らしい演技で私を魅了してくれた。
彼女の出演作では、
『凶悪』(2013年)が強く印象に残っているが、
官能的なしぐさや、やさぐれ感が、秀逸であった。
この他、
興信所所長・山辺康一郎を演じたリリー・フランキー、
良多の姉・中島千奈津(小林聡美)の夫を演じた高橋和也、
質屋の主人を演じたミッキー・カーチスなどが、
確かな演技で作品をしっかり支えていた。
台風が去った翌朝、
ふりそそぐ優しい光に、
すべてが輝いて見える瞬間がある。
そんなことに、ふと気づかされる“歓び”というものもある。
映画『海街diary』を見て感動したあなたなら、
本作『海よりもまだ深く』もきっと楽しめるハズ。
映画館へ、ぜひ。